Webという媒体に可能性を感じて,開業を目指す人がいる。勤務先での適性,対人関係,健康上の理由,出産・育児や介護,家族の転勤等でやむなくSOHOとなり,Webを手がける人がいる。フリーターから一発逆転を狙って開業を決意する人がいる。今回は転職・転向したい人たちに,助言&苦言。

未経験者は,Webプランナーになれるのか?

 これまで本稿では,システム・エンジニア,Webプログラマ,Webデザイナー出身者がWebプランナーを兼務するか転向するケースについて助言してきた。

 これ以外にも,Webプランナーにいたる道はいくつもある。一番容易なのは,Web以外の媒体のプランナーから転向するケースだ。すでに企画についてはノウハウを持っているので,技術を学ぶだけで済む。むしろ映像畑の人なら,Flashコンテンツに絞り込めば,シナリオや絵コンテに慣れているぶん,静的なWebサイト専門のプランナーより能力を発揮できるはずだ。

 逆に困難なのは,パソコンのスキルは比較的高くても,企画書を見たことがなく,かつIT業界での経験が皆無に等しいケースだ。この中には,数年以上の職務経験があるケースと,他の業種の職務経験も少ないケースがある。実は,SOHO予備軍には,これらの人がかなり多い。

 もっとも,困難だからといって,不可能だというわけではない。むしろ,困難を乗り越えた先には,大きな成功が待っている。だが,全員が成功するわけでもない。失敗しても元の職場に戻ることができず,仕事へのチャレンジ意欲すら萎えてしまっては,元も子もない。いま一度足元を見つめ,覚悟のうえで踏み出すべきだろう。逆に本稿が,自信を深めて一歩を踏み出すための後押しとなるかもしれない。今回は,このようなIT業界外からの参入について取り上げる。

キャリアパスが「開かれたIT」を作る

 IT業界未経験者でも,何か一つの仕事を極めていれば,それはキャリアパスになる。

 XMLの世界でいえば,ここ7~8年の間に医療・地理・不動産・金融など,各業界特有の言語が次々策定された。これらの作業は,各業界の業務とデータの活用方法に通じていることが必要条件となる。例えば「MML」という電子カルテ用の言語がある。策定したのは,もちろん医療関係者だ。特定業界について素人同然のWebプランナーは,体験や取材を通して理解することから始めねばならず,深く立ち入ることも難しい。

 広告宣伝や商品販売や情報公開目的ではなく,特定業界内で使う言語やアプリケーション開発は,当事者がリードすることにより現場で真に役に立つものとなる。各業界に何割かはいる,アイデアが豊富でパソコンのスキルの高い人たちが,本業をベースとしてWebプランナーになれば,ITはもっと人にやさしくなるだろう。

 また,宣伝や販売目的であっても,特定業界出身のWebプランナーがIT業界のWebプランナーとタッグを組めば鬼に金棒だ。これは,企業の広告宣伝部と,外部の広告代理店の関係に似ているかもしれない。前者は,特定の業界事情や商品特性を熟知している。そして後者は,媒体の使い方を熟知している。

 このような,Webプランナー同士のコラボレーションは,面白い結果を生むだろう。とりわけ,販売業,販売まで視野に入れた農林水産業,製造業など,現場経験者ならではのノウハウが必要なケースでは有効だと思われる。

 また,今後増加が見込まれるものに,団塊の世代の定年退職後の再出発がある。年配者は,Webサイト制作自体が目的ではなく,Webサイトをあくまで道具としてとらえているので,Webに使われず,Webを使いこなす企画を立案できる。長年の職務経験を生かしてコンサルティングにまで踏み込める。顧客への助言と訓示を区別できれば,信頼を勝ち取れるだろう。

 SOHOでは,専業主婦からの参入も多い。職場が家庭であるというだけで,料理や掃除や育児という業務のプロだ。例えば,熟年男性の家事能力向上ポータルサイトや,家計圧縮システムなど,「主婦業」という業界に絞った企画なら,主婦未経験のWebプランナーよりも実力を発揮できる。家計管理の腕を生かして,ローリスク・ローリターンの健全経営も可能だろう。

 ただ,職務経験が豊富であっても,転向の難しいケースがある。公務員,特に教職員だ。顧客の要求に対して,受注,サービス,後日実装,不可能を見分け,作業時間や設備投資と売上の関係に融通を利かせなければならない。ビジネス自体が初体験なのだから,難しくて当然だ。

 なお,筆者が,Web以外の媒体のプランナーの次に転向が容易だと思うのは,ハードウエア,メカトロニクス,建築業界の設計・製図の経験者だ。なぜなら,回路図や建築・配管・機械設計の全体図は画面遷移図に酷似しており,脳が画面遷移をイメージしやすいように鍛えられているからだ。筆者自身,初めての遷移図はCADで引いた。詳しくは次々回以降にゆずるが,これらの経験者で転職を考えている人は,画面遷移の多い任意のWebサイトを例に,リンク関係とページ内の処理を,自分が専門とする方法で図面に落とし込んでみればよい。簡単に引けるようなら,Webプランナーとしてやっていける素地は十分にあると思う。

人生の回り道は,決してムダにならない

 現時点で職務経験を生かせるほどの勤続年数がない人の場合は,どうだろう?「アルバイトや派遣をつないで生活しているけど,発想力にはちょっと自信があるんだよね。ブログのアクセス数も多いし」という人だ。たしかに,小規模事業の自営なら,実績と成果が第一で,学歴や職歴や資格は,まず問われない。実績は,元勤務先や知人友人のサイトを無償あるいは安価で手がけることから積み上げる方法もあるから,やる気次第で道がひらけないとも限らない。

 ただ,成功するには一つだけ条件があるように思う。それは,短期間のバイトであっても,目の前の仕事に一生懸命取り組む姿勢を持ち続けているかどうかだ。ここでいう「一生懸命」とは,与えられたことをこなすという意味ではない。

 例えばレジ打ちのアルバイトをするなら,店内の光や色や商品のレイアウトからお客様の動き,客層・価格・曜日・時間帯と売れ筋商品を,どんなささいなことも見逃さないつもりでつぶさに観察し,職場の良い点と問題点を洗い出してみる。ぼんやり考えるだけでは身に付かないので,自己流でいいから文章や図にしてみる。自分の知らない作業については,その意義や方法や問題点を先輩社員の邪魔にならない程度に尋ねてみる。仕入れから販売までの処理を把握する。1枚のレシートにも何がしかの発見はあるだろう。

 休日には同業の他店に出向き,同じように観察して比較してみる。何か気づく点があるはずだ。それらの情報を反すうして噛み砕き,文書化して整理する。こういった現場体験の情報蓄積は,ショッピングサイトや販売システム構築のWebプランナーには非常に有利だ。それから人気のあるショッピングサイトを見て気づいた点をピックアップしてみる。そして,もし,勤務先のサイトがなければ,練習台として実際に企画して作ってみる。

 Webプランナーは,教えてもらわないと何もできなかったり,1から10まで指示がないと動けないのでは務まらない。どんな仕事であっても,自ら何かをつかみとる気持ちで「石の上にも3年」だ。創意工夫の姿勢を保って勤め,その業界のノウハウを身に付けてから転向しても遅くはない。

 若いうちは,なぜ自分がこんな仕事をしなければならないのか,と思い続けることがある。自分にはもっと能力があるはずなのに。こんな面白くもない仕事を,と思いがちになるものだ。しかし,「一生懸命」取り組んだうえでの回り道は,決してムダにはならない。職務体験とWebプランニングを切り離すのではなく,経験を企画に役立てよう。経験者にとっては当たり前の情報が,未経験者のエンドユーザーにとっては新鮮で役に立つことも多いのだから(表1)。

表1●仕事で得た情報やノウハウが,転向の可能性を作る
表1●仕事で得た情報やノウハウが,転向の可能性を作る
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 目の前の状況が「今」の自分にとって快適か不快かではなく,「将来の」自分にとって役立つに違いない,いや,必ず役立ててみせるぞ!―――そういった気持ちで,日々を生き抜くことだ。目の前のことを精一杯頑張り,「一生懸命」をつなげていけば,どこかの段階で必ずツジツマが合う。天職は見つけるものではなく,目の前に現れるものだ。人生は,そういうふうに出来ているみたいだ。

 ただし,中にはその3年すらガマンできないような環境の悪い職場もある。就業規定が拡大解釈されたり,何人ものバイトが次々と雇用されては数週間で辞めていくような職場だ。その場合は前向きな姿勢は逆効果で,健康を損う恐れがあるから,職場を変えたほうがいい。

 Webプランナーは,職務経験の年数自体よりも職務経験の深さ,また,人生経験への積極性こそが成功を保証する職業だ。5年10年と創意工夫なく漫然と定時間勤務を続けるよりも,例えば各地を放浪し,いろいろな立場の人と触れ合い,社会を見聞してきた人のほうが可能性がある。生活費を親に頼っていたとしても,積極的にボランティアに携わり,自ら企画を立てて実施している人のほうが可能性がある。社会を,自分自身を,他者を知ろうとする積極的な姿勢は,顧客の会社や商品を知ろうとする積極的な姿勢につながるからだ。

 Webサイトは,開設やリメイクよりも,新しい発想で改良する時代に突入している。ユニークな体験を持つ人の発想は,顧客とエンドユーザーを動かす力を秘めている。

趣味と仕事の違いを理解してから,踏み出そう

 IT業界以外からの参入を考えている人は,開業前の段階では,いわば趣味でWebプランニングをとらえている。何を載せようか,どう表現しようかと考えている時間が楽しいので,それで食べていければと考えているはずだ。

 だが,趣味と仕事は全く別物だ。一言でいえば「仕事には責任が伴う」。最後に,その違いを書いておこう。

 まず,趣味なら「制作者」の視点でよいが,仕事となると「顧客」の視点で,企画しなければならない。趣味で作るWebサイトは,自分自身を表現する作品だ。ところが,仕事では,対象(顧客の企業や商品や情報)を表現する,Webという形の商品を作らなければならない。ごくまれに,ファッションなどビジュアル・デザインを重視するサイトでは,アーティストの要素が必要になることもあるが,基本的には自由意志による創作とヒアリングありきの企画は違う。このことを理解していなければ,自分のセンスをわからない顧客ばかりだ!と嘆くことになるだろう。

 また,趣味なら自分のペースでスケジューリングできるが,仕事では顧客との調整になる。決められた期間の中で,顧客に成功を保証する企画を立案しなければならない。その企画を実施した結果―――制作・開発物の社会的役割と製造者責任は大きい。万が一の不具合も,一人だけの小規模事業者は全責任を負うことになるから,それ相応の覚悟が必要だ。

 そして,趣味と最も異なるのは,仕事では,常に顧客の支払う対価に等しいかそれ以上の結果を求められることだ。

 センスの良い人は,趣味でも,まれに場外ホームランを放つ。すごくユニークな企画を思いつくことがある。だから仕事になるかといえばそうでもない。顧客は,当たり外れの大きい人には怖くて依頼できないからだ。コンスタントに確実なヒットを打ち,たまにホームランを放つ人のほうが安心できる。どんな条件でもプロとして受注した以上は,最低限のレベルの結果は出し続けなければならない。問い合わせ件数,受注率,ヒット数といった数値目標が設定されている場合は,そのプレッシャーに耐えられる精神力も必要だ。

 アイデアを考えるのが好きだからという理由だけで,その後の生活設計に関する準備も計画もなく独立開業することはお奨めしない。Webは社会的な意味を持つものだ。事業を継続する覚悟がなければ,更新・バージョンアップ対応や,徐々に機能を追加したりユーザーを増やすような企画に対しても責任がとれなくなってしまう。

 小規模事業所は,事業者乱立・オフショア化・大口顧客の経営事情に左右され,仕様やプラットフォームのバージョンアップに伴う頻繁な設備投資も必要であって,運営は容易ではない。覚悟を決めかねているのであれば,思いとどまり,独立計画を練り直すほうが賢明だ。

 筆者たちは,適性や技術のある開業希望者から相談を受けた場合でも,初期設備投資以外に,最低1年分の生活費を準備してから踏み切るよう奨めていることを付け加えておこう。資質のある人なら,1年あれば,なんとか離陸できるだろうからだ。