■コミュニケーションにおいては、「人」そのものへのアプローチだけでなく 、「場」に対するアプローチも大切です。「場」には盛り上がりの波だけでなく、「思考の波」があります。これにいかにうまく同調するかが重要です。

(吉岡 英幸=ナレッジサイン代表取締役)


 前回のコラムで、場には盛り上がりの波があり、それに上手に乗ることが大切だと書いた。しかし、「場」には、盛り上がりの波とは異なるもう一つの波、「思考の波」というものがある。

 時の流れに応じて、人間の思考は波を描く。

 たとえば会議であれば、前半はアイデアをたくさん出してイマジネーションを広げる創造的思考の状態にある。やがて、アイデアについて評価したり、取捨選択したりするなどの論理的思考になる。そして、会議後半になるとだんだん疲れてきて論理的ではなくなり、「やりたい」、「やりたくない」という感情的思考になっていく。

 議論の現場を見ていてかみ合わっていないと感じるとき、論点や利害が異なる場合も多いが、この思考モードが参加者の間でずれている場合がとても多い。

 みんなが論理的思考になっているのに、いつまでたっても創造的思考でイマジネーション全開だったりすると、なんだか浮いて見える。また、みんなが感情的思考になっているときに、一人理路整然とした論理的思考で来られると、こちらも違和感を覚える。

論理的思考ゆえの「場」とのギャップ

 頭が良く、あまり思考の波の少ない人というのがいる。常に論理的思考を維持し続ける人だ。こういう人は、全員が論理的思考になっている状態では、うまくかみ合った有効なパフォーマンスを発揮するが、みんが感情的になっているときにも、一人論理的なアプローチをするため、徐々に場のエネルギーを奪ってしまう。

 「みんな、そこのところはなあなあにせず、本質論に戻ろう」などとちゃぶ台返しのようなことをやってのけ、正論を吐いているにも関わらず、悪者扱いされてしまうことさえある。だから、頭の良い人ほどそんな「場」とのギャップに悩むことが多い。「なんでみんなそんなにいい加減になれるんだ?」と。

思考の波を見切る

 もし、あなたがそんな存在だったらどうすればよいか。答えは、「長いものには巻かれろ」だ。そう、場の流れに必要以上に抵抗してはいけない。たとえ場全体が非論理的になってしまっていたとしても、何か致命的な問題を見過ごしている場合は別として、あっさりと周りに同調してしまうのがいい。

 ヘラヘラと周りに合わせるのだ。多少の問題を残しているぐらいなら、後で仕切り直しすればいい。賢明で几帳面なあなたにとっては、小さな問題を見過ごすことさえ大きな抵抗があるだろうが、そこは割り切ろう。

 なぜなら、創造的思考、論理的思考、感情的思考は基本的に相容れないからだ。場というものは、あなた一人が論理的であっても仕方がない。みんなが論理的思考モードでなければ、論理的な結論など出ない。それぞれ思考モードが違う人同士が意見を戦わせてもよい結論は出ないのだ。

 商談でもそうである。相手の思考モードと同調していると感じるときに、肝心な話を済ませておくべきだ。そうしないと、せっかくのチャンスも思考の波の狭間で消えてしまうかも知れない。思考の波を見切れるか、これが大事なのである。


著者プロフィール
1986年、神戸大学経営学部卒業。株式会社リクルートを経て2003年ナレッジサイン設立。プロの仕切り屋(ファシリテーター)として、議論をしながらナレッジを共有する独自の手法、ナレッジワークショップを開発。IT業界を中心に、この手法を活用した販促セミナーの企画・運営やコミュニケーションスキルの研修などを提供している。著書に「会議でヒーローになれる人、バカに見られる人」(技術評論社刊)、「人見知りは案外うまくいく」(技術評論社刊)。ITコーディネータ。