放送と通信の融合というのは様々なレベル(注1)で論じられています。少なくともインターネットが一般化した頃から論じられている問題であり,ある意味,古い議論と言えるでしょう。

 ところが現実には,動画共有配信サービスのときにも言及したように,テレビ番組のネット配信はあまり進んでおらず,放送と通信が融合していると言える状態ではありません。

 その理由の1つが,著作権法における放送とネットでの著作権その他の権利の取り扱いの違いです。この点に関しては,平成18年の著作権法改正でいわゆるIPマルチキャストに関する改正がなされ,著作権の分野における放送と通信の部分的な融合が図られました。

 IPマルチキャストに関する改正を見る前に,法改正以前の放送とネットでの著作権等の違いをおさらいしてみましょう。

放送と通信には著作権法上で明確に違いがある

 まず,平成18年の改正に先立つ平成9年の著作権法改正では,インターネットの普及を踏まえ,有線・無線を問わずに公衆によって直接受信されることを目的とする送信を,「公衆送信」として整理しました。この改正で,放送やインターネットによる送信は「公衆送信」の中に位置付けられることとなりました。

 図1を見ればわかるように,放送(有線放送)と通信(自動公衆送信)は,概念としては「公衆送信」のカテゴリに含まれます。放送と有線放送は,無線か有線かという違いはありますが,「公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として」行われる送信であるところは全く同じです。

図1●放送と通信は「公衆送信」のカテゴリに含まれる
図1●放送と通信は「公衆送信」のカテゴリに含まれる

 特に,視聴者(ユーザー)が動画コンテンツを見る場合を想定すると,放送と通信で大きな違いはありません。特にCATVと通信を比較した場合,ユーザーにとっては「端末が違う」という程度の違いしか認識されていない場合も多いのではないかと思います。

 ところが,著作権法上は,両者に明確な違いがあります。

 まず事業者,プレイヤー(実演家など)に認められる権利の違いです。放送・有線放送の事業者は著作隣接権者であるのに対し,通信事業者は著作隣接権者ではありません。

 著作隣接権というのは,著作物の創作者ではないが,著作物の社会への伝達に重要な役割を果たし,また,著作物の創作に準じた準創作的な役割を果たしている組織や人物に対して,法的に保護されている権利です。著作権法では,「実演家(注2)」,「レコード製作者」「放送事業者」「有線放送事業者」が著作隣接権者として保護されているのですが,通信事業者はこれに含まれていないわけです。

 さらに,放送される実演を有線放送で同時再送信する場合には,実演家に対して権利制限があるのに対し,自動公衆送信については権利制限がありません。

 実演(注3)というのは,例えば,歌唱や演奏,演技がこれにあたります。歌手がテレビ放送で歌った場合,有線放送事業者がその放送を同時再送信する場合には実演家である歌手の許諾は不要です。ところが,ネット配信(自動公衆送信)の場合には同時再送信であっても実演家に対する権利制限がない,すなわち,歌手(実演家)の許諾がないと送信できないという違いがあります。

 また,商業用レコードを用いた放送・有線放送については,実演家・レコード製作者に対し報酬請求権しか認められていませんが,商業用レコードを用いた自動公衆送信を行うためには,実演家・レコード製作者の許諾が必要となっています。

 これを放送の同時再送信の場合で,「有線放送」と「自動公衆送信(送信可能化を含む)」の規定がどのようになっているかを比較したものが表1です。

表1●「有線放送」と「自動公衆送信(送信可能化を含む)」の同時再放送における著作隣接権者の許諾の必要性
表1●「有線放送」と「自動公衆送信(送信可能化を含む)」の同時再放送における著作隣接権者の許諾の必要性
出典:著作権分科会(IPマルチキャスト放送及び罰則・取締り関係)報告書
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 表1の○となっているところが,許諾権,すなわち,著作権者や著作隣接権者(実演家,レコード製作者)の許諾がないと送信できない部分,×のところが許諾権が働かず,著作権者や著作隣接権者の許諾なしに送信が可能な部分です。

 細かい部分の解説は省略しますが,有線放送の場合には著作隣接権者の許諾を得ないで放送することが可能な場合が多い。これに対して,ネットでの配信の場合には,著作権者だけでなく著作隣接権者の許諾も必要となってくるため,権利処理がより複雑で,許諾を得にくい側面があるわけです。

 次回はこの点を踏まえて,平成18年の著作権法改正で,IPマルチキャストに関してどのような改正がなされたのかを見ていきたいと思います。

(注1)端末の融合,伝送路の融合,事業体の融合,コンテンツの融合など,さまざまなレベルで融合の問題は論じられています。また,法律の側面から見ても,放送については放送法で,インターネットは電気通信事業法でそれぞれ規制されているといった問題点があります
(注2)実演家とは「俳優,舞踏家,演奏家,歌手,その他実演を行う者及び実演を指揮し,又は演出する者」(著作権法2条1項4号)と定義されています
(注3)実演とは「著作物を演劇的に演じ,舞い,演奏し,歌い,口演し,朗詠し,又はその他の方法により演ずること(これらに類する行為で,著作物を演じないが芸能的な性質を有するものを含む)」(著作権法2条1項3号)とされています


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。