「新庄(剛志)さんのオーラはすごかった。彼の周囲だけ光り輝いているように見えて、誰もが見とれてしまう。ひと目会ったときから、この宣伝はうまくいく、そう確信していました」(ダイドードリンコの松浦真吾マーケティング部プロダクトマネージャー)

 プロ野球日本シリーズの優勝で電撃的な引退劇を演じた新庄氏のテレビコマーシャル(CM)が印象的なダイドードリンコの新ブランド「D-1 COFFEE」。2006年3月に発売されたこのブランドは、2007年1月末までに1003万ケース(1ケースは30本)を売り上げる大ヒットとなった。

 飲料総研(東京・新宿区)の調査によると、D-1は2006年の飲料の新商品ランキングで第1位を獲得。「ダイドーブレンドコーヒー」「デミタスコーヒー」に並ぶダイドードリンコの缶コーヒー事業の柱に早くも育った感がある。

このままだと缶コーヒーはきびしい


ダイドードリンコの2006年度のヒット商品「D-1 COFFEE」のマーケティングを担当した松浦真吾マーケティング部プロダクトマネージャー
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 D-1 は、商品開発から広告宣伝までマーケティング全般を担当する松浦氏の危機意識から誕生した。主力の2つの缶コーヒー・ブランドは、発売開始から約15~30年と商品の歴史が古くなり、固定客が年齢を重ね、若い消費者が減少傾向にあった。カロリーや甘さを気にする人が増え、缶コーヒーを飲むことを止めて緑茶などの健康志向の飲料にシフトしていく人も気になった。

 松浦氏は他の飲料のマーケティング担当だった時から、「若い層を開拓できるブランドを育てないと、缶コーヒーのシェアは将来的に下がってしまう」と感じていた。そう危機感を募らせていた2004年9月、コーヒー担当になったのである。

 松浦氏は異動の内示が出るとすぐネーミングを考え始め、「D-1」を思いついた。もっとも異動後にいきなりこの名前を押しつけると、商品開発チームの士気にかかわる。自由な意見が活発に出る雰囲気にしたい。そこで広告代理店数社にも相談して計200~300案を集めた。それでも残ったのが「D-1」なのである。Dは「ダイドードリンコ」を意味し、「1」は「ナンバー1の缶コーヒーにしたい」という願いを込めたものだ。

 こうして「特に30代男性が何かに挑戦するときに飲んでほしい」と考えて開発に着手したD-1だが、商品化までの道のりは平坦ではなかった。「第3の柱を作ろうとすると、既存の2つの柱と食い合う。そのうえ、発売当初だけ調子が良くてもすぐ飽きられると、結果的にお客様が減ってしまうのではないか」といった保守的な意見が、社内に意外なほど多かったのである。缶コーヒーは飲料事業の売り上げの6割近くを占める屋台骨。改革に慎重な姿勢を取ろうとするのは仕方ない面がある。

 そこで松浦氏は、上司に熱い思いをぶつけ続け、営業部門に根回ししてもらった。D-1の商品化をためらう経営陣には、松浦氏が自ら説得に何度も足を運んだ。「これまでの2つの柱をさらに育成することももちろん大切。でも、歴史があり、誰もが知っているからこそ逆に手を出さない人が必ずいます。そんな層にD-1を売りたい」と、松浦氏は切々と語り続けた。

 こうして経営陣の合意を得て、2005年3月にD-1の商品化が正式に決まった。その後も営業部門の士気を維持すべく、販売促進活動を決めるプロジェクトチームを結成。頻繁に会合を行った。ここから「D-1バッチを作って全社員が着けよう」というアイデアも出てきた。

バイラルムービーなど口コミ戦略も徹底

 一方、D-1の宣伝戦略。消費者を調査したら、認知度の高い缶コーヒーブランドは最初のCMキャラクターの印象が強いことが分かった。そこで松浦氏は、広告代理店と検討を重ね、D-1の商品コンセプトに合致するのは新庄氏が最適だと考え着いた。


D-1 COFFEEの専用サイト。バイラルムービーや電子掲示板、ブログ、ゲーム、商品情報などを提供している
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 幸いにして、広告への出演依頼を打診したところ、新庄氏は二つ返事で承諾してくれた。毎日10本くらい飲むほどの大の缶コーヒー好きだったのだ。しかも2006年1月に実施したCM発表会で新庄氏に初めて会った高松富博社長も、一発で惚れ込んだ。会見で「僕の血は缶コーヒーでできてます」と言ってくれた新庄氏に、松浦氏は強い感動を覚えた。

 また偶然だが、新庄氏が2006年4月に電撃的な引退発表をしたことも、D-1の話題作りに大いに貢献した。

 もっとも松浦氏は新庄人気にあやかっていただけではない。D-1は「無香料(人工的に作られた香料を使用していない)」を売りにしたこともあって、詳細な商品説明が重要な商品である。そこで、インターネット上で商品への口コミが広がるよう、様々な仕掛けを施してきた。特徴的な戦術は2つある。バイラルムービーと電子掲示板「D-1ボード」だ。

 まずはバイラルムービーである。ウェブサイト限定の動画コマーシャルをD-1専用サイト上で上映しているだけでなく、個人のブログ上でもこれを直接再生できるようにソースを公開している。「2006年9月下旬に公開を始めたところ、サイトの月間アクセス数が2倍になったんです。缶コーヒー全体の売り上げも10月は前年比105.4%になり、確実にバイラルムービーなどの販促効果を見て取れました」(松浦氏)。ネット上では各社がいろんな宣伝手法を試みているので、斬新なことをして話題になり、サイトに消費者を引き込もうと考えたのである。

 それから自社サイトでの電子掲示板。消費者から書き込みがあると、できる限り翌日までに回答しており、ここにはネガティブな意見もそのまま掲載している。例えば、「微糖タイプは変に甘さが口に残ります。スーパーブレンドは感じないのですが」「○○さん、貴重なご意見ありがとうございます。開発担当に伝えて、今後の参考にさせていただきますね」といった具合だ。

 消費者の生の声を自社サイトに掲載すれば、多くのブロガーの共感を得やすく、口コミが広がりやすい。ネガティブな意見にどう返事を書くかについては万全の注意が必要だが、ダイドードリンコの場合は広報担当者数人と松浦氏などマーケティングチームが対処する運用体制を採る。

 実はこの電子掲示板の仕組みは同社の他の商品でも採用している。「1日平均30~40件の意見が来ますが、心持ち軽快な感じで言葉のキャッチボールができるよう心がけています。嘘がないよう、軽くても真摯な対応が大切です。特に商品開発担当者はみんな、何かヒントがないかと毎日のようにチェックしてます」

 松浦氏は、頻度は高くはないもののサイト上で自らブログも書いている。また、口コミ専門のマーケティング会社に依頼し、100人の消費者にD-1への素直な意見や周囲の評判をブログに書いてもらったこともある。「販売にどのくらい結びついたかは測定しづらいが、2年目の宣伝活動のヒントはブログから得られました」という。