店頭に並ぶ「1円」の端末は,販売奨励金やSIMロックといった既存のビジネスモデルを見直すと完全になくなるのだろうか。

 総務省が打ち出す規制が「販売奨励金の完全廃止」だとすれば,確実に「1円」端末は姿を消す。販売代理店幹部は,「販売奨励金を完全に無くすなら,販売店は仕入れ価格に相応の利益を乗せる形にせざるを得ない。端末の多くは仕入れ値が4~5万円程度で,高機能端末のなかには8万円近くするものもある。販売奨励金が完全廃止になれば,店頭価格が『10万円』になる端末も出現する」という。

 端末価格は値上がりするが,通信料金は今よりも安いプランが登場する可能性は高い。販売奨励金の負担から,携帯電話事業者が解放されるからだ。「端末価格は安いが通信料は高い」という現行のモデルから,「端末価格は高いが通信料は安い」というモデルへと変わる。

携帯電話業界が懸念する“負の連鎖”

 ただ,こうした販売奨励金の完全廃止は,“負の連鎖”を生むとの懸念が携帯電話業界内に根強くある(図1)。懸念のなかでユーザーに特に不利益がありそうなことは,事業者間の料金競争が起こりづらくなることと,新サービスが登場しにくくなることだ。

図1 ユーザーにとっても不利益の多い販売奨励金廃止の“負の連鎖”
図1 ユーザーにとっても不利益の多い販売奨励金廃止の“負の連鎖”
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 現状,ユーザーが携帯電話事業者を乗り換えると,ほとんどの場合,同時に端末を買い替えなければならない。端末価格が上昇して端末を買い替えづらくなるということは,同時に携帯電話事業者間の乗り換えをしづらくなるということを意味する。せっかく携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)が導入されたのに,携帯電話事業者の乗り換えが起こりにくくなるのだ。その結果,事業者間の料金競争などが進展しなくなる可能性がある。

 端末をそのままで他事業者に乗り換えることができれば問題は起こりにくいが,現状では難しい。現行の端末には,他事業者の回線サービスを利用できないようにする「SIMロック」がかかっているからだ。SIMロックが解除されたとしても,事業者の乗り換えが難しい状況は続く。事業者間でメールやWebなどの仕様が異なるからだ。端末を買い替えずに事業者を乗り換えると,通話と電話番号を利用したショート・メール(SMS)しか利用できなくなる(関連記事)。

 また端末の買い替えサイクルが伸びることで,最新端末を保有するユーザーの割合は下がる。その結果,携帯電話事業者やコンテンツ・プロバイダは新サービスを投入しづらくなる。ユーザーにとってデメリットになるうえ,「中長期で見て,携帯電話事業者だけでなく周辺企業を含めた産業全体が成長できなくなる恐れもある」(野村総合研究所 情報・通信コンサルティング一部グループマネージャーの北俊一・上級コンサルタント)。

販売奨励金あり/なし選択制の導入が落としどころ?

 ユーザーにとってもあまりメリットを見いだせない“負の連鎖”を避けるとすると,販売奨励金の完全廃止は手段として取りにくい。現実的な解決策は,前回紹介した欧州での販売モデルのような,端末の値引き額と料金プランをユーザーが選択できる仕組みの導入だろう。(第4回の記事)。

 こうした販売モデルは,携帯電話事業者からも提示され始めている。2月15日に開催された第3回のモバイルビジネス研究会では,販売奨励金によらない販売モデルの導入策として,KDDIが現行の販売奨励金モデルと販売奨励金なしの分離モデルの併用を例示した。課金システムや約款を見直すことで,「端末価格は安いが通信料は高い」というプランと,「端末価格は高いが通信料は安い」というプランの両方を用意するというアイデアだ。

 ただし,こうした分離モデルの導入には,端末価格と料金プラン,契約期間をそれぞれリンクさせた契約形態が必要だ。「販売奨励金ありで端末を購入したユーザーに対しては,奨励金なしの料金プランへの移行を制限する必要がある。そうでないと,奨励金なしで端末を購入したユーザーとの間に不公平が生じる」(KDDIの大山俊介・執行役員渉外・広報本部長)ためである。

 KDDIの大山執行役員は,実際に運用しようとすれば(1)端末価格,料金プラン,契約期間をパッケージ化する契約,(2)ユーザー間の公平性を担保するために端末価格を携帯電話事業者がコントロールできる仕組み--が必要という。ただし,これらの実現には,行政による規制の壁がある可能性があるとの見解をKDDIの大山執行役員は示した。

分離プラン導入には販売奨励金の仕組みの変革が必須

 これに対して総務省は,(1)のような契約期間を設定したプランを作ることは「問題はない」とコメント。規制の存在を否定した。実際,2月19日に携帯電話サービスを発表したイー・モバイルは,契約期間をユーザーに確約させ,その拘束期間に応じて端末価格を変える料金体系を打ち出している(関連記事)。

 問題は(2)だ。現状,販売代理店が受け取る販売奨励金は,新規契約や機種変更を受け付けることで得られるものに加え,一定期間で獲得した新規契約数に応じて上乗せされる「ボリューム・インセンティブ」と呼ばれるものがある。このボリューム・インセンティブが大きいことが,ときに過剰な値下げを生む原因になっており,ユーザー間の不公平さを助長する恐れがある。

 具体的には2006年末,一部のディスカウントストアや家電量販店でNTTドコモの最新シリーズ「903i」が1円で販売された。当時,多くの販売店で903iシリーズは3万円程度で売られていた。販売代理店幹部は「1円で売ると,端末販売と新規契約への販売奨励金をもらっても赤字になる」と証言する。なぜ1円になったのか。ある業界関係者は「おそらくボリューム・インセンティブが狙いだったのだろう」という。ボリューム・インセンティブは,一定台数以上を販売すると跳ね上げることがあるからだ。

 販売奨励金あり/なしの分離モデルが登場しても,販売代理店に支払う販売奨励金の仕組みがそのままでは同様のことが起こる。販売代理店のビジネスでは,販売実績全体で利益の最大化を狙う。そのため販売代理店が利益が見込めると判断すれば,市価数万円の「販売奨励金なし」の料金プラン向け端末を,1円で販売する可能性がある。これでは,数万円で端末を購入したユーザーにとって大きな不公平感につながる。

 とはいえ,携帯電話事業者が決めた価格を販売店に強制することは,独占禁止法違反に当たる「再販売価格維持行為」になる恐れがある。携帯電話事業者は,過剰な値下げを防ぐ“指導”を販売代理店にしたことで,過去何回も公正取引委員会から注意を受けている。

 こうした状況を作り出したのは携帯電話事業者の責任。分離モデルを実現しつつユーザー間の公平性を保つには,販売代理店への分配方法などにメスを入れて販売奨励金を改革することが必須となる。本来ならば,携帯電話事業者自身が解決策を示すべきものだ。しかし事業者間の競争環境やこれまでのしがらみなどで難しいのであれば,総務省が一押しする手を打つ必要がある。事業者など関係各社の幹部も参加する総務省のモバイルビジネス研究会で,“有効な一手”が見つかることを期待したい。