日本では,販売奨励金をはじめとした携帯電話のビジネスモデルの見直しが進んでいる。では,欧米など海外諸国のビジネスモデルはどうなっているのか。実は販売奨励金やSIMロック自体は海外でも一般的に見られるもの。日本の特殊性は,流通にかかわるビジネスモデルよりもメーカーと携帯電話事業者の関係性にある(岸田重行,八田恵子,三本松憲生=情報通信総合研究所グローバル研究グループ)。
総務省のビジネスモデル研究会で是非が議論されている「SIMロック」や「販売奨励金」は,実は欧米など海外諸国でも日本とほぼ同様に存在する。
SIMロックとは,携帯電話事業者が自社以外のSIMカードを挿した時には端末が機能しないように設定すること。初めて導入されたのは,欧州の携帯電話事業者においてである。GSM(global system for mobile communications)方式と呼ぶ欧州統一規格(事実上の世界標準)でサービスを提供してきたため,事業者間の乗り換えを制限したい場合はSIMロックで技術的に防ぐ必要があったからだ。現在,その欧州では,SIMロックのかかっている端末,かかっていない端末どちらも一般的な存在となっている。
SIMロックの状況を説明する前に,欧州は端末の流通構造が日本とやや異なるので,まずこの点を整理したい。欧州では一般的に,(1)メーカーが携帯電話事業者を経由しないで販売店へ卸す流通ルート,(2)携帯電話事業者がメーカーから端末を仕入れ,端末に携帯電話事業者のブランドを付けて販売店へ卸す流通ルート──の二つがある。
(1)のメーカーが直接販売店に卸す形態は,携帯電話の通信規格にGSM方式を利用する商圏特有の流通ルートである。GSM方式のもともとのコンセプトでは,端末はメーカーが,SIMカードは携帯電話事業者が担当するといった棲み分けがある。端末は販売店で購入し,SIMカードは端末とは別に携帯電話事業者から購入する買い方も珍しくない。この場合,ユーザーはSIMロックのかかっていない(SIMフリー)端末を購入することになる。
もっとも,現在では携帯電話事業者系列の販売店に行けば,端末の購入から回線の契約まで一括でできる。また,大手の携帯電話販売店(併売店)では,端末購入時に複数の携帯電話事業者から契約したい1社を選ぶことも普通だ。
携帯電話事業者がいったん端末を仕入れる(2)の形態は,日本の流通ルートと似ている。この場合,携帯電話事業者は端末にSIMロックをかけることができる。特にユーザーが先に通信料を支払う「プリペイド型」契約とセットで販売される端末は,多くの場合SIMロックがかけられている。このケースでは,ローエンドからミドルエンドの端末がその対象となる。
また,ユーザーが料金を月決めで支払う「ポストペイ型」契約で販売する端末に,携帯電話事業者がSIMロックをかけるケースもある。ただし,これは事業者ごとに対応が異なる。欧米主要国でも,独T-Mobileや仏Orangeのようにすべての端末にSIMロックをかける事業者もあれば,英O2のようにプリペイド型以外はSIMロックをかけない事業者もある。ボーダフォンのように,同一事業者ながら国ごとで対応が異なる場合もある。英国では原則としてSIMロックをかけているが,ドイツではプリペイド型以外はSIMロックをかけていない。
なお,SIMロックがユーザーにとって携帯電話事業者の乗り換えの障壁となっているのでは,という議論は欧州でも過去にあった。具体例として英国での経緯を説明する。
まずEUの行政機関である欧州委員会が1996年,SIMロックに関するガイドラインを作成した。これは,SIMロックが消費者の自由を阻害しないようにすべきという考え方を示したもの。これを踏まえて1998年,英国の規制機関であるOftel(現Ofcom:Office of Communication)は,SIMロックに関するガイダンス(ガイドライン)を発表した。
そして2001年ごろから,このガイドラインの効果などについて検証された。この際,Oftelは「規制によるSIMロック解除の有効性には疑問が残る」,「規制でSIMロック解除をしても,その影響はわずかであろうと考えられる」とする結論を出し,2002年11月にはSIMロック規制に関するガイドラインを撤廃。SIMロックにかかわる判断は携帯電話事業者に委ねることにした。
販売奨励金の提供は海外でも一般的
また,販売奨励金の仕組みは日本特有のものではない。携帯電話事業者の負担で端末価格を値引きする施策は,海外でもごく普通にある。
例えば,同じ端末であっても,SIMロックの有無や契約する携帯電話事業者で販売価格が異なるケースがある(表1,表2)。まずSIMフリー端末と,特定事業者との契約が前提となるSIMロックのかかっている端末では価格が異なる。携帯電話事業者が,ユーザーの端末購入価格の一部を負担して値引きしているためだ。ユーザーは端末の値引きを受ける場合,12カ月や18カ月など一定期間以上の利用を拘束する料金プランを選択する必要がある。
表1●英国におけるソニーエリクソン製端末「W810i」の料金プラン別販売価格の例 1ポンド=250円で換算。2007年2月21日時点。 |
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表2●英国におけるノキア製端末「N73」の料金プラン別販売価格の例 1ポンド=250円で換算。2007年2月21日時点。 |
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表1にあるように携帯電話事業者で端末価格が異なるのは,事業者ごとに端末価格の値引き額が異なるためだ。また表2にあるように,同じ事業者と契約する場合でも,選択する料金プランで端末販売価格が異なる場合もある。高利用型の料金プランに契約するユーザーには,端末価格の値引きを通じてより多く還元する格好だ。
奨励金を規制中の韓国とフィンランドも緩和に動く
海外では,販売奨励金の提供は基本的に規制されていない。韓国とフィンランドでは例外的に規制があるが,両国とも規制を緩和して販売奨励金を認める方向に動いている。
韓国では,販売奨励金による競争が後発事業者の経営を圧迫するという理由などから,2000年以降は販売奨励金を禁じてきた。だが,最近はこれを緩和する方向に動いている。その理由の一つは,W-CDMA方式の普及促進。韓国はCDMA2000方式の携帯電話サービスが最も普及しているが,第3世代携帯電話(3G)の免許としては3免許中2免許をW-CDMA方式で付与している。そのW-CDMAの普及を促すため,韓国の規制当局である情報通信部は2004年からW-CDMA対応端末価格の40%までの販売奨励金を認めた。
もう一つは,高機能端末の普及促進である。PDA(携帯情報端末)型のスマートフォンについても,端末価格の25%までの販売奨励金を認めた。また2006年4月からは,CDMA2000方式の端末についても,同一事業者と長期契約しているユーザーを対象に端末買い替え時の販売奨励金を認めた。
一方,フィンランドにおいても1997年以降,端末購入価格はユーザーが携帯電話サービスに加入するかどうかに依存してはならない,という理由から販売奨励金が禁止されてきた。その結果,携帯電話事業者各社は基本料金内に無料通話時間を含めたり,契約とセットでデジタルカメラやDVDプレイヤーなどの景品を提供するなど,端末価格以外の面で事業者間の差異化を図ってきた。しかし,2004年に導入した3Gの普及がなかなか進まないことから,2006年には3G端末に対して販売奨励金を認める方向に動いた。
確かに,フィンランドはノキア,韓国はサムスン電子やLG電子といった世界市場で活躍する携帯電話大手メーカーを輩出している。しかし,販売奨励金にかかわる規制の有無がメーカーの海外進出に影響を与えたと解釈するのは飛躍しすぎだろう。
日本だけ特殊なメーカーと携帯電話事業者の密接な関係
今まで見てきたように,SIMロックも販売奨励金のシステムも日本だけが特殊なわけではない。むしろ,(1)販売奨励金が欧米よりも多額,(2)長期契約の確約など契約期間についての拘束が緩い,(3)携帯電話事業者とメーカーのつながりが深い──といった点が日本市場特有の事情になっている。
販売奨励金の額は,携帯電話事業者が激しい競争を繰り広げる中で決定されてきた。そのため,将来的には競争環境の変化で大きく変動する可能性もある。事業者の立場では,負担の大きい販売奨励金をなるべく抑えたいが,端末の店頭価格の変動に対して販売台数は敏感に反応する。かつて日本のボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)が販売奨励金を大幅に抑えた結果,短期的な財務改善にはなったものの長期にわたるシェアの低下を招いたことがあった。そうした過去もあり,携帯電話事業者は販売奨励金をなかなか抑制しづらい状況にある。
(2)の長期契約によるユーザーの拘束は,販売奨励金と直結はしていない。だがユーザーの解約防止策は,携帯電話事業者が販売奨励金を支払う頻度を左右するため,間接的な影響は大きい。日本でもNTTドコモの「いちねん割引」など長期利用を前提とした割引サービスがあり,似たサービスは海外でも一般的。違いは,サービスを中途解約する際の違約金に相当するものが,日本は海外に比べ少額であることだ。海外では契約期間内に中途解約した場合,残った契約期間の基本料相当分を解約時に支払う必要があることも珍しくない。
(3)の携帯電話事業者とメーカーの関係は,日本市場が海外市場と大きく異なる点である。日本では,携帯電話事業者が端末の設計に深く関与している。携帯電話事業者とメーカー各社が共同で開発を進め,複数機種をラインナップ化して発表する。付加価値の高いサービスを実現して市場を開拓するには,端末が極めて重要な要素となるからだ。こうした携帯電話事業者とメーカーの協調関係が「iモード」や「着うたフル」を成功に導き,ユーザー・メリットを非常に大きなものにした。端末メーカーが,携帯電話事業者のサービスの差異化に貢献しているとも言える。
海外でも最近,端末メーカーが携帯電話事業者仕様の端末を製造することが増えてきた。とはいえ,日本ほどではない。依然として,メーカーが携帯電話事業者とは関係なく新端末を発表し,それを事業者にアピールして端末を出荷する形態が基本だ。例えば,2007年2月にスペイン・バルセロナで開催された「3GSM World Congress」は,メーカーが製品やコンセプトをアピールする代表的な場だ。
日本メーカーの端末シェアは日本市場重視の結果
海外大手メーカーの端末戦略は,世界市場またはアジアなどの地域市場向けが前提となっている。大手メーカーの人気機種は世界各地で販売され,携帯電話事業者も人気端末の採用に動く。そのためメーカーは,人気機種になれば1機種当たり数百万台単位の大量出荷が見込める。
しかし携帯電話事業者の立場では,こうした大手メーカーの端末を採用しても他事業者との差異化にならない。そのため,携帯電話事業者は自社仕様端末の開発に乗り出す。こうした場合の開発は,海外でも日本における端末開発に近い手法が取られる。メーカーにとっては,端末の開発段階で事業者からの一定量の受注が見込めるため,事業リスクを抑える点ではメリットがある。
だが一方で,携帯電話事業者ごとに仕様が大きく異なるため,メーカーは同じ端末を他事業者向けに転用しづらいというデメリットがある。しかも携帯電話事業者が開発に深く関与しているため,端末の転用を事業者が嫌う。そのため特定事業者向けにせざるを得なくなり,1端末当たり数十万台程度の出荷しか見込めない。
日本の携帯電話事業者は,他事業者との差異化を重視して自社仕様の端末に注力している。日本の端末メーカーも,そうした携帯電話事業者の戦略をサポートする端末の開発に力を入れてきた。最近,日本メーカーの端末出荷台数シェアが世界的に低いことを問題視する声がある。これは,海外大手メーカーと日本メーカーとでは,戦略が異なることから生じているものと見るべきだろう。
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