「投資額を極力抑えながら重要業務を継続させる」――アサヒビールが2006年末に実行に移した事業継続計画(BCP)のコンセプトだ。実際、災害時に継続を維持すべき業務を「受注」および「出荷」と定め、それを実現するために投資した金額は1000万円以下である。どこまでをBCP関連と定義するかは難しいところだが、同社の事業規模から考えると、かなり抑えた金額だ。

基幹システムがなくても業務が維持できればいい

 同社がBCPを検討し始めたのは2002年末である。30年間利用してきた販売・物流システムの刷新に併せて、IT部門から経営陣に対してBCPの必要性を説明。了承を得、新システム「SPIRIT」のカットオーバーを挟んで、リスク部門や物流・工場など社内の他部門とともにBCPの策定と実施に取り組んできた(図1)。

図1●アサヒビールは2002年末からBCPの策定を開始した
図1●アサヒビールは2002年末からBCPの策定を開始した
基幹系システムの刷新を終了した2005年以降、取り組みを本格化させている

 SPIRITはモジュール化を進めることなどで、新機能の追加や、機能・データ構造の変更などを柔軟かつ迅速に行えるようにしたシステム。同時に災害などへの耐障害性を強化した。データセンターは免震構造だったが、SPIRITのサーバーをクラスタリング構成にして冗長化。「数台のサーバーがダウンしても処理能力を落として運用できるようにした」(業務システム部の引場一仁プロデューサー)。

 サーバーの冗長化自体は、さほど珍しくはない。アサヒビールのBCPが特徴的なのは、基幹システムであるSPIRITが完全に止まっても、重要業務が継続できるようにしたことである。SPIRITを完全に止めないようにするには、バックアップ・システムを遠隔地に用意し、データを引き継ぐなど膨大なコストがかかってしまう。そこで、「業務が継続できるならSPIRITが動かなくても構わない」と、逆転の発想をしたのだ。

 災害時に継続すべき業務は、コールセンターに入ってくる小売店など取引先からの「受注」と、物流センターからの商品の「出荷」と定義した。受注センターと物流センターが、SPIRITなしでも最小限の受注情報をやり取りできれば、業務を継続できる。その作業を手動でやるという選択肢もあったが、「今の社員のほとんどは手作業を経験していない世代。いざというときに手作業では対応できない」(業務システム部長の奥山博理事)と考え、ITで支援することにした。

使い勝手は通常時と同じにする

 具体的には、受注情報の伝達に特化した「簡易アプリケーション」を開発した。表計算ソフトExcelとデスクトップ・データベースのAccessを組み合わせたもので、社員のノート・パソコンなどにインストールし、顧客や商品のマスター情報など業務を遂行できる最小限のデータをローカルに蓄積しておけば使える(図2)。

図2●アサヒビールは非常時でも受注と発送のプロセスを継続させるため、専用アプリケーションを開発した
図2●アサヒビールは非常時でも受注と発送のプロセスを継続させるため、専用アプリケーションを開発した
点線は災害時に使えなくなると想定する拠点やシステム

 業務のフローは、こうだ。受注センターにいるスタッフが簡易アプリケーションに受注情報を入力すると、その結果が物流センターにいるスタッフの簡易アプリケーション上に発送指示として表示される。情報の交換は、基本的にネットワークを利用する。このため非常時でも使えるように災害対策用のネットワーク・サービスを別途契約。メインのネットワークが完全に止まっても継続できる。

 簡易アプリケーションの開発では、ユーザー・インタフェースの設計にこだわった。「SPIRITとできるだけ似せて、非常時でも同じ使い勝手にした」(奥山理事)のである。緊急時に、現場の負荷をできるだけ下げるための配慮だ。さらに、BCP体制への切り替えの判断は、「まず部長クラス、だめならリーダー・クラス」というように代理を何重にも設定している。「判断に時間をかけていると、取引先や顧客に迷惑をかけてしまう」(業務システム部の長濱直樹課長補佐)からである。