SOA(サービス指向アーキテクチャ)が語られるようになって数年,当事者が意識しているかどうかは別として,SOA的なITソリューションを導入する企業は増えてきている。しかし「SOAの重要性はわかったが,どのように始めればいいのか」というのが,一般的な企業の体温だろう。

 先日,東京で開かれた開発者向けカンファレンス「Developers Summit 2007」で興味深い話を聞いた。日本IBMでソフトウェア事業技術理事を務める清水敏正氏による「間違いだらけのSOA」というタイトルの講演である。

 まず清水氏は,数年にわたって企業へのSOA導入に取り組んできた経験から,ユーザー企業がSOAに取り組むときに「間違いやすいポイント」を10カ条にまとめて紹介した。
 
一つ「SOAは新しい技術であり,理解できるIT技術者がいないため,すぐに適用できない」
一つ「投資効果を出すためには,ある程度大きなプロジェクトで一気に行うべきである」
一つ「SOAは,IT部門だけでも出来る」
一つ「SOAは,古いアプリケーションや基盤を再構築する場合に適用するのが一番である」
一つ「SOAは,アプリケーション連携が本質である」
一つ「SOAは,アプリケーションをコンポーネント化して再利用できるようにすることで,これまでもやってきたことである」
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 上記のような「思いこみ」を,ユーザー企業は多かれ少なかれ持っているというわけである。なぜこれらが間違いなのかは,「SOAへの誤解を解く」などを参照いただくとして,筆者がなるほど思ったのは清水氏の次の言葉である。

 「真のSOAの時代,日本のIT技術者の地位は高まり,その未来は明るいものになる」。

IT技術の国際競争力が下がり続ける

 90年代後半,多くの企業はIT部門をコアなものではないとして子会社化したり,アウトソーシングを加速した。優秀なIT技術者の中には,企業の情報システム部門から,SI企業やベンダーに移った人も少なくない。

 こうした流れが,ある意味,インドや中国など新興国に比べ,日本のIT技術者のスキルが相対的に低下した一因になったことは,周知の通りである。ユーザー企業の要求レベルが高ければ,ベンダー側の対応レベルも上がるが,要求レベルが上がらない,あるいはベンダーに任せっきりの状態であれば,業界全体のスキルが低下することは避けられない。

 しかし,SOAを指向する時代にあっては,企業のIT部門は,業務改善(BPM)を担い,新規ビジネスの業務アーキテクチャの設計やプロセス・フローの導出に,継続的に取り組んでいくことになる。それには,IT技術の専門知識を持つITアーキテクトや,業務プロセスを分析してシステムに落とし込むビジネスアナリストなどの専門家を社内で育成することが必要だ。

 実際,SOAで成果を上げている企業の中には,IT部門の組織改革に先行して取り組んでいるところが多い。というのも,SOAの本質は,ビジネス環境の変化に対応できるシステムを作り続けることにあり,その中核部隊であるIT部門を整備することは「本気でやるぞ」という意思表示を内外に示すことに他ならないのである。

IT部門の改革を先行させた日産自動車

 90年代後半の経営危機からV字回復を果たした日産自動車は,2006年4月からSOAを指向した新情報化戦略「BESTプログラム」を推進しているが,実施に先立って情報システム部門の組織改革を行った。その一連の取り組みが,日本IBMの技術広報誌『ProVISION No.51』に紹介されている。

 「BESTプログラム」とは,Business Alignment,Enterprise Architecture,Selective Sourcing,Technology Simplificationの4テーマに取り組むことを意味する。具体的には,ユーザー部門との関係を強化し,業務アプリケーションのコンポーネント化を進めながら情報システムをグローバルに最適化する。またコスト削減が主眼だった従来のアウトソーシングから,複数ベンダーによるマルチソーシングに切り替え,採用する技術やソフトウエア/ハードウエア製品の標準化と簡素化に取り組んでいく。

 情報システム部門の組織改革は,BESTのうちの「B」,すなわちユーザー部門との関係を強化し,ユーザー部門から見てわかりやすい組織にすることを目的に行った。そしてもう1つ,情報システム部員が専門性を高めていくための新しいキャリアパスを設けることも大きな狙いだった。

 新しい組織では,ビジネスユニット(ユーザー部門)ごと,すなわち資材調達,製造,販売,一般管理の各部門に対応する形で,それぞれSCMシステム部,エンジニアリングシステム部,M&Sシステム部,一般管理システム部という4つの部を置いた。またこれらに並列する形で,IS資源統括部やIT企画運用部,Enterprise Architecture部を置いた。

 システム部員には,ユーザー部門の要件を理解し,明確にベンダーに伝え,マネジメントしていくスキルが求められる。具体的には,IT技術を専門とするITアーキテクト,資産統括やデータ定義を理解するISアーキテクト,業務分析を専門とするビジネスアナリストの3つのキャリアパスを用意し,それぞれの分野で専門家を育てていくことにした。

 「日本ではシステムを構築する場合,システムインテグレータに丸投げしてしまう傾向にあるが,それではベンダーをうまくマネジメントできない。やはり情報システム部門が自らを鍛えることが大切」と,同社グローバル情報システム本部長の行徳セルソ氏は,社内スタッフのスキル向上の必要性を強調する(ProVISION誌より引用)。

優秀なIT技術者の囲い込みが始まる?

 グローバル化の進む自動車業界や電機業界,業界再編が活発な通信業界や金融業界など,事業環境の変化が激しい企業ほど,SOAの重要性をいち早く理解し,導入に積極的な傾向がある。ベンダーが提供するモデリング・ツールやESBなどのSOA関連製品も充実しつつあり,今後,導入企業のすそ野は広がっていくだろう。

 そうした中,なだたる企業が,優秀なIT技術者を囲い込むべく,社内における地位や待遇の向上に努めるようになれば,自ずとIT技術者を取り巻く環境は改善する。これがIBMの清水氏が思い描くシナリオだ。

 アウトソーシングによって放出された技術者たちが,SOAの波に乗って企業に還る。こうした動きが産業界に広く波及し,技術者の流動化が進むことによって,日本のIT技術の国際競争力が高まる。今後10年の間にそういう時代が来ればいいと思う。