言葉遣いがおかしい…。日本語に関する本がこれだけ売れるというのは,日常会話において「何か変だな?」と思う人が増えている証しだろう。敬語や言い回しなどを再度見直し,互いに注意し合うことでさらに「言葉力」を上げていきたい。

田中 淳子/グローバル ナレッジ ネットワーク 人材教育コンサルタント

 20歳~30歳代のエンジニアには,敬語などの言葉遣いで損をしている人が少なからずいる。単純な人間関係であれば,ある程度正しい言葉遣いで話せるのだが,関係が複雑になってくると,「誰に尊敬語を使い,どの局面で謙譲語を使う」といった区別が,瞬時につかないのだろう。

 ある時,30歳代のITエンジニアから届いたメールに,「当日は,当社の鈴木部長も同席なさいますので,よろしくお願いします」と書いてあり,ものすごく驚いたことがある。

 確かに,部長は彼にとっては「尊敬語」を使う相手だろうが,社外の人間に出すメールであれば,「部長の鈴木も同席いたしますので」と書くのが正しい。敬語の使い方は,「メールなどをやりとりする当事者同士の関係性で変化する」という基本を知らないために,こんなミスをするのだ。

 また,新入社員にレポートを書かせると,「私的(わたしてき)には」という表現が目に付く。「私は」と書くより「私的」と書いた方がより丁寧だ,と勘違いしているようなのだ。

 「今回のセキュリティ対策のほうの提案のほうは,営業のほうよりご説明します」と,「ほう」を多用するケースも見受けられる。この場合も,「ほう」を多用する方がより「丁寧」と思い込んでいる節がある。

 どうもこうした間違った表現の多くは,学生時代のアルバイトで身に付けてしまっているらしい。ファミリーレストランやコンビニエンスストアで使う用語を「ファミコン用語」と言うそうだが,そこで学んだ「間違った敬語」を社会人になっても使い続ける。しかも,周りが注意しないと,30歳代になっても直らない,というわけなのだろう。

 敬語は使えばよい,というものでもない。二重三重に使って,何を言いたいのか余計分からなくなるケースもある。「御社にご説明にうかがわさせて頂きたいと思いますが,ご都合はいかがでしょうか」といったたぐいだ。これなどは,「ご説明に上がりたいのですが,ご都合はいかがですか?」でも十分丁寧で,意味も通じる。

 ところで,敬語には大きく3種類ある。「丁寧語」,「尊敬語」,「謙譲語」である。この区別がつかない若手エンジニアが案外多いので,図1に念のため,その違いを示しておく。

図1●丁寧語,尊敬語,謙譲語の意味と例
図1●丁寧語,尊敬語,謙譲語の意味と例
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若者言葉やタメ口を注意する

 ある企業の人事部の方から聞いた話だ。20歳代の社員が書類を社内便で送ってきた。書類に「○○さん,なんかまずかったら,言ってください」と書いた付箋紙が付いていた。その方は,「書類に添えるメモがなぜ“話し言葉”で書かれているんだ?」と憤慨していた。ここは「何か問題があれば,ご指摘ください」,「不備があれば,お知らせください」などと書くのが筋というものだろう。

 ほかにも「若者言葉」,「タメ口」に関する苦言はアチコチから漏れてくる。

 ある部長は,隣の席の部下が電話で話しているのを聞いて,驚愕したそうだ。その部下は「当日ボクは留守しているんでぇ,何かあったら○○さんに連絡くれますか? 問題はないはずなんすけどね」と話していた。

 部長は,部下が電話を切るとすかさず,「今,お客様と話していた?」と尋ねた。肯いたので,「自分の身内に,『○○さん』はおかしいだろ?『ボク』も変だし,『はずなんすけど』って何だ?」と指摘したそうだ。すると,「よく知っているお客さんだし,○○さんは年長者だから,親しみを込めて話したんすけど」と答えた。その部長は「いくら親しいお客様でも,丁寧な言葉遣いは必要だし,敬語自体は正しく使いなさい」と注意したという。

 周囲の上司や先輩,同僚は,変な言葉遣いに気付いたら,遠慮せずに指摘しよう。本人のためでもあるし,その人が所属する企業や組織のためでもある。自分たちの評価が言葉遣い1つで変わってしまってはもったいない。1人ひとりが,自らの言葉遣いにもっと注意を払うことも必要だ。誰かと言葉を交わす際に相手の言葉遣いにもよく耳をそばだてて,「美しい言葉」,「素敵な言い回し」を見つけたら,すかさず自分もまねしてみるとよい。そうやって,自助努力して「言葉力」を維持していこう。

●質問の答え
●質問の答え

「クッション言葉」を活用しよう

 先日,ベテランのITエンジニアがこんなことを言っていた。「僕は“技術屋”なので,お客様と話すときも事実関係だけを話してしまう。相手は必ずしもITに詳しいわけじゃないので,イライラさせてしまうこともあるようだ」。理詰めで事実だけを確認したり,説明したりすると,相手には「冷たい」と思われることがある。そんな時,便利なのは「クッション言葉」である。「恐れ入りますが」,「お手数ですが」といった表現がこれに当たる。例えば「画面がどんな状態か教えてください」ではなく,「恐れ入りますが,画面はどのような状態になっていますか?」。「エラーが出力されている用紙をFAXしてください」ではなく,「お手数ですが,エラーが出力されている用紙をFAXしていただけますか」と言う。ちょっとした言葉を付け足すだけでも,随分と表現が軟らかくなる


今月のポイント
1.丁寧語,尊敬語,謙譲語の違いと使い方を今一度確認する。
2.当たり前だが,社外の人に話す際,身内は,社長といえども呼び捨てである。
3.間違った言葉遣いに気がついたら,すかさず注意しよう。自社の人間だけでなく,協力会社の人にも指摘することが,結果的には親切な行為だ。

今月のお薦め本:上品な話し方   今月のお薦め本:
上品な話し方
人をひきつけ自分を活かす
塩月 弥栄子著
智恵の森文庫

マナーの大家である著者は「ことばの根本は真心です」と言い,小手先だけの美しい言葉ではなく,まずは心が大切と説いている。気持ちが引き締まり,背筋がピンと伸びるような本だ。

田中 淳子(たなか じゅんこ)
1986年,上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタルイクイップメントを経て,現在はグローバル ナレッジ ネットワークでコミュニケーション,リーダーシップ,トレーニングスキルなどの研修企画,開発,実施に当たっている。著書に「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社),「速効!SEのための部下と後輩を育てる20のテクニック」(日経BP社),「はじめての後輩指導」(日本経団連出版)がある。ブログ「ヒューマン・スキルの道具箱 ~ タナカ La ジュンコ ~」を連載中。