ITエンジニアはシステムを利用するユーザーの問題を整理・分析し,本質的な問題を探り当て,解決する必要がある。この連載では,現場ですぐに適用できる「問題解決の体系的手法」を基本から解説する。
土井 哲/インヴィニオ 代表取締役
経営とITが一体化してきたことによって,企業情報システムはユーザー企業の経営課題に深くかかわるようになった。このため,ITエンジニアはユーザーが抱える問題を浮きぼりにしたうえで,それを解決し事業価値を向上させるITソリューションを提供することが求められている。つまり,「問題解決」の能力が必要になってきた。
実は,問題解決には体系的なアプローチがある。優秀なコンサルタントは,だいたいその方法論を習得している。これを知っていると知らないとでは,問題解決の現場で雲泥の差が出てくる。
しかし多くのITエンジニアは,問題解決の方法論を体系的に学んでいないようだ。方法論を知らずに現場に出て,途方にくれるITエンジニアをときどき見かける。何も知らされていないITエンジニアがコンサルティングや提案,要件定義の段階で,いきなり「問題を解決せよ」と言われて戸惑うのも無理はない。
この連載では,多くのコンサルタントが身に付けている問題解決の体系的なアプローチの方法を解説していく。問題解決の方法を全く知らない人でも分かるように,初歩から説明する。ただし,問題解決の流れは,読んだだけではスキルとして身に付かないので,ここで学んだ方法論はユーザーの実際の問題にどんどん適用することが望ましい。また,この方法論はユーザー企業の問題だけでなく,ITベンダー内のさまざまなプロジェクトの問題解決にも役立てることができる。プロジェクトの改善活動にも適用してほしい。
今回はまず,そもそも問題解決とは何か,を説明する。次に問題解決はどのようなプロセスで進めればよいのか,概要を示す。
「問題」は理想と現実のギャップ
読者のみなさんが仕事を進めていく上で,あるいはプライベートなことで「問題」と考えていることは何だろうか?
「問題」とは広辞苑によれば「研究・議論し解決されるべきこと」である(図1)。もっと平たく言えば,「理想的な姿と現実とのギャップ」と言ってよいだろう。
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図1●問題とは何か |
例えば,みなさんが資格をとるために勉強しようと思い立ち,セミナーを受講しようと考えたとする。受講料は10万円だが,今は手元に8万円しか余裕資金がない。自分の将来のためにそのセミナーを受講することが理想であるのに対して,お金が足りなくて受けられないという現実がある。この理想と現実とのギャップが問題である。そして,親や知人からお金を借りるなどして,何とかあと2万円を調達して受講できるようにすることが「問題解決」だ。
問題解決というと何か大ごとと思うかもしれないが,このようにごく日常的に行っていることである。全社的に問題解決に取り組み好業績をあげているトヨタ自動車では,「ムリ,ムダ,ムラの存在」を問題ととらえている,というのは有名な話だ。ムリ,ムダ,ムラを,改善の繰り返しによって少しずつ排除することによって,トヨタ自動車はゆるぎない地位を確立したのである。
問題解決は価値創造の源泉
問題解決力は,もともとビジネスパーソンすべてが身に付けておくべきスキルと言える。問題解決によって仕事の質を高められるからだ。
仕事は「PDCA」の連続だ,とよく言われる(図2)。Pは計画,Dは実行,Cはチェック(確認・反省),Aは次のアクション(軌道修正)である。
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図2●問題解決でPDCAサイクルの品質を上げる 現状のやり方に満足することなく問題を見つけ,やり方を改善することで仕事の品質を上げ,付加価値を生み出す |
例えば何かプログラムを組むときに,まずどのようなプログラムにするか考え,いつまでにどこまで作るのか計画(P)を立てる。計画ができたら,コーディングを進める。これがDだ。ある程度モジュールができ上がったら,テストを行って問題がないか確認する。これがC。問題があれば修正を加えて次に進むし,なければ次の作業に移る。これがAである。この一連のサイクルをきちんと回すことで質のよい仕事が行える。Pが甘いと,Dの段階で手戻りややり直しが発生する。Cが甘いと,後で大きな問題が発生する。
ただし,PDCAをきちんと回すのは容易ではなく,実行しているといっても残念ながら漫然と回している場合が目立つ。本来は個々人がPDCAの各フェーズに潜む問題点を感度よく発見し,その問題に主体的に取り組み,解決していく必要がある。こうした取り組みが「問題解決」であり,よりよい物やサービスをより早く,より安く提供する「付加価値創造の源泉」になる。
顧客も問題解決を欲している
問題解決のスキルを学ぶことの意義を簡単に説明したが,ここで大事なのは,ユーザー企業も同業他社との競争に勝つために,自社の顧客に対して常に付加価値の高い商品,サービスを提供しようと奮闘しているということだ。すなわちユーザー企業は今の事業のやり方に問題があれば解決し,よりよい商品・サービスを提供することで企業としての生き残りを模索している(図3)。もしみなさんが問題解決のスキルをマスターして,ユーザー企業の問題解決に力を貸すことができれば,非常に頼りになるビジネス・パートナーとして認知される。
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図3●顧客の問題を理解するための5C 顧客企業の「想い」実現や問題解決を支援する際は,5Cを理解しておく必要がある |
これまでコンサルティング会社は,問題解決を専門に請け負うことで多くの企業をクライアントとして開拓してきた。コンサルティング会社は体系的な問題解決のアプローチを持っている。ただし,決して複雑なものではなく,手順を踏んで順番にやっていけば誰でもできるものなので,みなさんも身に付けてほしい。