「販売奨励金は経営上の重大なリスクにもなっている。2~3年前ころから,どの事業者も行き過ぎた販売奨励金をやめたいというのが本音だ」――。ある携帯電話事業者の元幹部は,販売奨励金に対する事業者の気持ちをこう証言する。

 というのも,携帯電話事業者にとってかつては将来の利益が期待できる投資だった販売奨励金が,市場の成熟とともに今や単なるコストになってしまったからだ。販売奨励金のもともとの狙いは,端末を入手しやすくして加入者を増やす「顧客獲得」というものだった。だが最近は,新規加入者数の伸びが鈍化してきたことで,ユーザーの解約を防ぐ「顧客維持」という面が強くなり始めている。

 かといって,「携帯電話各社の競争を考えると,1社だけ端末価格を上げるとユーザーに逃げられてしまう」(NTTドコモの中村維夫社長)。携帯3社の三すくみ状態で,やめるにやめられなくなっているのが実態だ。

高額な販売奨励金が料金高止まりを生み出す

 その結果起きているのが,通信料金の高止まりだ。特に,確実な収入が見込める基本料金は手を入れられない聖域となりつつある。なぜ高止まりが起こるのか。携帯電話事業者のビジネスモデルを分析すると,販売奨励金が高額な現状では,通信料収入の減少に事業者が耐えられないという構図が見えてくる。

図1 携帯電話事業者から見たユーザーの契約期間に応じた累計の損益
図1 携帯電話事業者から見たユーザーの契約期間に応じた累計の損益
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 携帯電話事業者の立場に立って販売奨励金を見てみると,その構図がよく分かる。図1は,1人の加入者から携帯電話事業者が得られる累計の損益を示したものだ。新規加入の時点では,販売奨励金の影響で数万円程度のマイナスで始まる。その後,通信料収入で徐々に損益が改善し,ある程度たつと収支がプラスに転じる――はずだ。しかし,実際には機種変更があり,そこでも販売奨励金の投入が発生する。そのため,月々の通信料収入が少ないユーザーでは,なかなか累計損益がプラスに転じない。それどころか,いつまでたってもマイナスのままという場合すらある。

 前出の携帯電話事業者元幹部は「実は全体の半分ほどのユーザーは累計の損益がマイナス。利益の大部分は上位2~3割のユーザーから得ている」と明かす。月々の利用額が少ないユーザーの赤字分を,利用額が多いユーザーが負担する格好だ。前回,端末の買い替え頻度の多いユーザーと少ないユーザーで“不公平”が生じていると説明したが,実は月々の利用額の多いユーザーと少ないユーザーの間でも“不公平”は存在していたのだ。

 基本料金を値下げすると月々の利用の少ないユーザーからの収入がさらに減り,そのユーザーに対する損失幅が大きくなる。かといって通話料やデータ通信料の単価を値下げすると,上位2~3割から得られていた利益が減る。データ通信料は定額制の導入で収入の大幅な伸びを期待できず,長期割引制度の導入で基本料収入も頭打ちという現状。安易な値下げは経営そのものを揺るがしかねない。これが,料金高止まりの正体だ。

開発コスト削減で販売奨励金の縮小を

 こうした状況を打開すべく,携帯電話事業者は販売奨励金を減らす取り組みを始めている。まず着手したのは,端末の調達コストの低減。これにより,販売価格を据え置いて販売奨励金を段階的に減額していく。

 調達コストの低減は,基板やソフトウエアなどの端末プラットフォームの共通化を進めて新規開発を最小限にすることで実現する。最も早く動いたのはKDDIだ。「KCP」(KDDI Common Platform)という名称で,米クアルコムのチップセットをベースにプラットフォームを共通化。それを端末メーカーに提供することで,開発コストを抑える工夫を進めている。「共通化する範囲を徐々に広げていて,今秋以降はさらに調達コストが下がる見込みだ」(KDDI広報)。

 NTTドコモも1月26日,米モトローラや韓国サムスン電子など6社とLinuxベースの携帯電話機向けソフトウエア基盤を標準化する「LiMo Foundation」を立ち上げた。その狙いは,世界規模のソフトウエアの共通化だ(関連記事)。

 ただし,この効果は限定的との見方もある。「プラットフォームの開発コストがある程度下がったところで,今度はメーカー間の差異化競争が始まる。そのため,再度開発コストは上がるのではないか」(野村総合研究所 情報・通信コンサルティング一部グループマネージャーの北俊一・上級コンサルタント)。

 端末の調達コストの低減だけでなく,さらに一歩踏み出す事業者も出てきた。2006月10月にボーダフォンから社名変更して誕生したソフトバンクモバイルだ。同社は販売奨励金のユーザーへの分配方法を見直すことで,顧客獲得にかかわるコストを効率化。2007年1月から基本料金980円の「ホワイトプラン」を投入し,低料金を望むユーザーに応えられるプランの実現に道を開いた(ソフトバンクモバイルの取り組みは次回に詳しく述べる)。

 新規事業者となるイー・モバイルもまた,販売奨励金の在り方に一石を投じる販売モデルを導入した。契約期間に応じて,販売奨励金の額を増減させるというものである(関連記事)。

 ソフトバンクモバイルに続きイー・モバイルも従来型とは異なる販売モデルを採用した。残るNTTドコモやKDDIはどう動くか。携帯電話ユーザーの8割近くがこの2社を使う。今のところは静観の構えだが,両社の動きが市場の方向性を決定することになりそうだ。