さまざまなインフラの裏側を見てきたこのコラムも今回が最終回。締めを飾るのは国際ケーブル・シップ(KCS)が保有する海底ケーブル敷設船だ。

 海底ケーブル敷設船とは、その名の通り海底ケーブルを敷設するための船のこと。島国である日本では、電話にしろインターネットにしろ海外と通信するときは海底ケーブルを使う。海底ケーブルの中には光ファイバが通っている。この海底ケーブルを海に沈めて敷設したり、何かのトラブルで切断されたときに修理したりする船が海底ケーブル敷設船なのだ。過去にはNHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」で取り上げられたり、ITproの記事(関連記事)でも紹介したことがあるので知っている人もいるかもしれない。ただ、実際に中を見たことがある人は少ないはず。そこでKCSとKCSの親会社であるKDDIにお願いして、船内を見せてもらうことにした。

 現在、KCSには2隻の海底ケーブル敷設船がある。横浜の専用埠頭に停泊している「KDDオーシャンリンク」(写真1)と門司港に停泊している「KDDパシフィックリンク」だ。今回はオーシャンリンクの中をKCS営業部次長の皆田高志さんとKDDI広報部の寺井奈美さんに案内していただいた。実は海底ケーブル敷設船の船内取材というのはタイミングが難しいらしい。最近はほとんどのエリアに海底ケーブルが敷かれているため、敷設するために出航する機会はほとんどなくなっている。ただし、投網に引っかかったり地震の影響を受けたりしてケーブルが切断されるケースはしばしばある。ひとたびそんなトラブルが起こるとすぐに修理に出動しなければならない。取材を設定していても急遽キャンセルすることがあるそうだ。ちなみにKDDIの社員でも見学したことがある人は少ないらしく「私も初めてでちょっとドキドキしています」と寺井さんが言っていた。

写真1●KDDオーシャンリンクは全長133.5m、幅19.6m、作業甲板から船底までの深さは11.6m、総トン数約9600トン。大きすぎて普通のカメラでは全景が入らない。写真は出航時に再度出向いて埠頭を離れるところを撮影した。ちなみに、KDDは2000年に第二電電(DDI)、日本移動通信(IDO)と合併してKDDIとなったが、船の登録名称は合併、改称以前の「KDDオーシャンリンク」のまま。
写真1●KDDオーシャンリンクは全長133.5m、幅19.6m、作業甲板から船底までの深さは11.6m、総トン数約9600トン。大きすぎて普通のカメラでは全景が入らない。写真は出航時に再度出向いて埠頭を離れるところを撮影した。ちなみに、KDDは2000年に第二電電(DDI)、日本移動通信(IDO)と合併してKDDIとなったが、船の登録名称は合併、改称以前の「KDDオーシャンリンク」のまま。  [画像のクリックで拡大表示]

自動操縦装置で船の位置を維持

 オーシャンリンクは普段、JR京浜東北線新子安駅からタクシーで約5分の専用埠頭に停泊している。私たちがオーシャンリンクを訪れた日は出航準備の真っ最中だった。2週間後に、房総沖へケーブルの修理に向かうことになっていたからだ。船に入ってすぐのところでは、港にある倉庫からケーブルをベルト・コンベアのようなもので船内に送り込み(写真2)、地下のケーブル・タンクに積み込んでいた。オーシャンリンクの船底にはケーブルタンクが三つあって、合わせると4000キロメートル以上のケーブルを積載できる。船内の作業用スペースから船底のケーブル・タンクが見えたのでのぞき込んでみると、乗務員がタンクの中に入って作業していた(写真3)。ケーブルは、よれたり絡んだりしないように、人間の手で整えながら積まないといけないらしい。「ケーブルがよれていると、上に重なったケーブルの重さで内部の光ファイバーが切れるんですよ」と皆田さんが教えてくれた。

写真2-1●港にある倉庫から船の中へケーブルを引き込む様子。左の写真で赤で囲った地点から→方向に見たのが右の写真。写真ではわかりにくいが、奥から手前に向かってケーブルが引き込まれている。 写真2-2●港にある倉庫から船の中へケーブルを引き込む様子。左の写真で赤で囲った地点から→方向に見たのが右の写真。写真ではわかりにくいが、奥から手前に向かってケーブルが引き込まれている。
写真2●港にある倉庫から船の中へケーブルを引き込む様子。左の写真で赤で囲った地点から→方向に見たのが右の写真。写真ではわかりにくいが、奥から手前に向かってケーブルが引き込まれている。  [画像のクリックで拡大表示]

写真3●船内の作業用スペースからは地下にあるケーブル・タンクがのぞけた。船の中に引き込まれたケーブルは、中央の円筒形の部分を中心に円形に巻かれ、順に上へと積み上げられていく。その際ケーブルがよれたり崩れたりしないように、作業員がタンクの中に入って形を整えながら積む。ケーブルタンクの中に入るとケーブルが整然と収納されているのがわかる。 写真3●船内の作業用スペースからは地下にあるケーブル・タンクがのぞけた。船の中に引き込まれたケーブルは、中央の円筒形の部分を中心に円形に巻かれ、順に上へと積み上げられていく。その際ケーブルがよれたり崩れたりしないように、作業員がタンクの中に入って形を整えながら積む。ケーブルタンクの中に入るとケーブルが整然と収納されているのがわかる。
写真3●船内の作業用スペースからは地下にあるケーブル・タンクがのぞけた。船の中に引き込まれたケーブルは、中央の円筒形の部分を中心に円形に巻かれ、順に上へと積み上げられていく。その際ケーブルがよれたり崩れたりしないように、作業員がタンクの中に入って形を整えながら積む。ケーブルタンクの中に入るとケーブルが整然と収納されているのがわかる。
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 次に私たちは操舵室に向かった。操舵室で私たちを迎えてくれたのは沖敏男船長だ(写真4)。沖船長は船長歴12年。さすがの貫禄である。私たちは船長の説明で操舵室の装備を見て回った。最初に見せてもらったのが「DPS(自動船位保持装置)」と呼ばれる自動操縦システムだ(写真5)。DPSは、船が海上に停止する際、一定の位置に船を止めておくためのシステムのこと。外海では波が大きいので、停止していても船は少しずつ動いてしまう。そこで、DPSが風や波、潮流の影響を考慮し、プロペラなどを制御して船の位置を維持する。大型船には不可欠のシステムだ。このほかに、オーシャンリンクには「動揺減速装置」といった装備も搭載されている。これは、停止中の船の横揺れを抑えて、海面状況がよくないときも甲板上の作業をやりやすくするものだそうだ。「ケーブルの修理の現場では船が安定していることが大切。こういった装備があるからこそ、安心して作業に集中できるわけです」と沖船長は話してくれた。

写真4●取材時のオーシャンリンクの船長、沖敏男さん。まさに“海の男”にふさわしい名字と密かに感心してしまった。ケーブル敷設船には、沖さんのほかに坂本武則さんと小野下英さんという船長がいて、3人がオーシャンリンクとパシフィックリンクの船長を持ち回りで務める。
写真4●取材時のオーシャンリンクの船長、沖敏男さん。まさに“海の男”にふさわしい名字と密かに感心してしまった。ケーブル敷設船には、沖さんのほかに坂本武則さんと小野下英さんという船長がいて、3人がオーシャンリンクとパシフィックリンクの船長を持ち回りで務める。

写真5●DPSと呼ばれる自動操縦システム。プロペラの出力や方向などが示されている。自動操縦ができないときはマニュアルで位置を調整する。その際は、手前のジョイスティックのようなものを使う。
写真5●DPSと呼ばれる自動操縦システム。プロペラの出力や方向などが示されている。自動操縦ができないときはマニュアルで位置を調整する。その際は、手前のジョイスティックのようなものを使う。  [画像のクリックで拡大表示]

GPSは微妙な誤差も修正

 また、GPSもケーブル敷設船に欠かせない装備だ(写真6)。ただし、ケーブル敷設船のGPSは普通の船に乗っているものと少し違う。GPSの細かい誤差を修正するシステムが搭載されているのだ。

写真6●右上の四角い機械がGPS本体。かなり大がかりな装置だ。GPSの測定結果を左側のモニターに映す。
写真6●右上の四角い機械がGPS本体。かなり大がかりな装置だ。GPSの測定結果を左側のモニターに映す。  [画像のクリックで拡大表示]

 GPSは米国防総省が提供しているシステムで、人工衛星を利用して自分が今地球上のどこにいるのかを示すものだ。最近はカー・ナビゲーション・システムや携帯電話にも搭載されているから知っている人は多いだろう。GPSが示す位置情報と実際の位置には数メートルの誤差がある。普通の船ならこの程度の誤差は問題にならないが、ケーブル敷設船ではそうはいかない。ケーブルを修理するときは、広い海の底に沈む太さ数センチのケーブルを見つけ出し、引き上げる。ケーブルの位置と自分の位置を正確に知ることが不可欠だ。そのため、オーシャンリンクではGPSの誤差を割り出す機関と契約し、誤差を修正するシステムを導入している。この機関はシンガポールにあり、随時GPSで示される緯度、経度などと実際の緯度、経度などを比較してその差をオーシャンリンクに送信してくる。オーシャンリンク内のコンピュータはGPSの情報からこの誤差を差し引いて正確な位置を割り出すのだという。

 「高度なシステムなんですね」と感心しながら聞いていると、皆田さんが言った。「でも、これらのシステムを装備している船はほかにもあります。次は、ケーブル敷設船ならではの装備を見てみましょう」。