写真 2月15日に開催された総務省のモバイルビジネス研究会(第3回)の風景
写真 2月15日に開催された総務省のモバイルビジネス研究会(第3回)の風景

 携帯電話ビジネスに大きな変革の波が訪れている。一つは,前回の日経コミュニケーションOnline スペシャル・リポートで紹介した携帯電話網開放によるMVNO(仮想移動体通信事業者)の促進。そしてもう一つの“大物”が,「販売奨励金」の改革だ。最も象徴的な動きが,総務省が1月22日に立ち上げた「モバイルビジネス研究会」(写真)。第1回会合では,菅義偉(すが・よしひで)総務大臣が「販売奨励金やMVNOなどについて,役所としてもう一度基本に立ち返って考える」と現状のビジネスモデルに変革を促す考えを表明した。

 総務省は,2006年夏に実施した「携帯電話の国際戦略に関する勉強会」の報告書でも「販売奨励金に代表される市場成長期のモデルからの脱却が必要」とするなど問題意識をあらわにしていたが,ついに改革を実行するための具体的な検討に移り始めた格好だ。総務省幹部は「2007年は携帯電話事業が大きく変わる年になるだろう」と,規制を含めた携帯電話を取り巻く環境に手を加えることを示唆する。

 こうした改革の動きは,ユーザーにも大きな影響を及ぼす。仮に販売奨励金を廃止するような規制ができると,通信料の値下げが期待できる一方で,端末価格が大幅に上昇する可能性があるからだ。企業ユーザーも他人事ではない。法人向けの端末価格も,市価の上昇の影響を受ける。改革の着地点によっては,新規導入や買い替えの計画を根本的に見直す必要に迫られるかもしれない。

通信料収入の1/4を占める販促コスト

 販売奨励金とは,携帯電話事業者が販売代理店に支払う支援金のことを指す。販売代理店は,これを値引き原資に使うことで端末価格をユーザーが購入しやすい値段にしている。店頭で見ると,3万円を上回る端末はほとんどなく,「1円」の値札が付いた端末も珍しくない。

 しかし,この店頭価格では実際はどれも原価割れだ。日本の携帯電話業界では,通信事業者がメーカーから端末を仕入れ,それを販売代理店に卸す。代理店の仕入れ価格は,「平均で4万~5万円程度。高機能端末では8万円程度している」(ある販売代理店の幹部)。店頭価格との差額は,携帯電話事業者からの販売奨励金で埋めているのだ。

 原価割れをしてでも端末を販売する背景には,安価に端末を販売してその後の通話料収入で利益を上げるという日本型ビジネスモデルがある。つまり販売奨励金は,携帯電話サービスの販促費に当たる。新規契約,機種変更時に投入される販売奨励金は1契約当たりおよそ4万円。端末の平均利用期間はおよそ2年間なので,1カ月当たりに換算すると約1600円になる。携帯電話事業者各社の1契約当たりの月間平均収入(ARPU)が6000円弱~7000円弱であることを考えると,販売奨励金の占める割合は約4分の1にも及ぶ。

 ユーザーから見ると,端末を安く買う代わりに,その代金が分割されて基本料や通話料などの通信料金に上乗せされている格好だ。

 この販売モデルでは,短い期間で端末を買い替えるユーザーは販売奨励金の恩恵をより多く受けられる。一方,1台の端末を長く使い続けるユーザーにはあまりメリットがない。それどころか,短期間で買い替えるユーザー向けの販売奨励金を,長期利用ユーザーが負担する“不公平”な仕組みになっている。

 モバイルビジネス研究会でも,「携帯電話事業者はヘビー・ユーザーの方を向いて商売している。その分,お年寄りなどのライト・ユーザーにしわ寄せがきている。しかも,こうした構図が説明されていない」(生活経済ジャーナリストの高橋伸子構成員)と問題視する声が上がっている。

MVNOが販売奨励金廃止論の急先鋒

 ビジネス上の都合から,販売奨励金を問題視する勢力もある。携帯電話事業者のネットワークを借り受けて,携帯電話サービスを提供するMVNOがそうだ。MVNOの業界団体であるMVNO協議会の福田尚久幹事会議長は,2月2日に開催された第2回のモバイルビジネス研究会において,「過度に低価格な端末の販売を可能とする販売奨励金を禁止すべき」と主張した。

 この“廃止論”の根拠は,「MVNOで参入する新しい事業者は,携帯電話事業者ほどの財務力を持たない。端末の大幅な値下げはできないため,1000円や1万円で端末を売られると競争にならない」(福田議長)というもの。販売現場の競争で,巨大資本が一方的に有利になる展開は避けてほしいということだ。

 実はMVNOにとって,販売奨励金が及ぼす影響はこれだけではない。携帯電話網を借りるためのコストをも左右するのだ。MVNOに網を貸し出す携帯電話事業者は,MVNOによる単純な“安売り”を危惧している。そのため,MVNOへのネットワーク貸し出し料金は,現行通信料よりも大幅に安い料金を設定できる値段にはしたくない。しかし現行の通信料を基準にネットワークの貸し出し価格を決めると,MVNOが携帯電話事業者の販促コストを負担する格好になる。こうした背景もあり,福田議長は「ネットワーク貸し出し料金は,販売奨励金を抜いて通信部分だけで算出すべき」としている。

問題視しつつも改革には慎重な携帯事業者

 販売奨励金の見直し論を受ける側の携帯電話事業者の反応はどうか。第2回のモバイルビジネス研究会でプレゼンテーションを行ったNTTドコモは,「成長期ならともかく,今となっては必ずしも良いモデルではない」(伊東則昭・取締役執行役員経営企画部長)とするものの,「それに代わる良い案がない。現行のモデルは非常にバランスが良い」(同)と見直しには慎重な姿勢を示している。KDDIやソフトバンクモバイルも,モバイルビジネス研究会の場では規制などで急激にビジネスモデルを変えることには消極的な立場を取る。

 だが携帯電話事業者には,こうした表向きの意見とは異なる本音も見え隠れする。ある事業者の元幹部によると,「2~3年前ころから,どの事業者も行き過ぎた販売奨励金をやめたいというのが本音」なのだと言う。それはなぜか。実は販売奨励金は,携帯電話事業者にとって経営上の重大なリスクにもなっているからだ。