一般的にWeb制作・開発に携わるベテランは,「後進の育成」という役割のもと,第一線の現場から離れることが求められるようになる。しかし,IT業務といえど,すべてをナレッジ化できるわけではない。「生涯一実務者」が消えた現場では,後進には学べないことが山ほどある。実務にやりがいを感じているベテランほど,現場に留まるべきではないだろうか。

実務者を育てられるのは,実務者だけ

 Webプランニングは,それ単独で成立する業務ではなく,制作・開発実務と切り離して考えることはできない。本稿も,Webデザイナーやプログラマ出身の小規模事業者に対して,Webプランニングのヒントを示すものであり,全く実務に携わらないWebプランナーは想定していない。

 なぜなら,企画と実務は,相互に影響し合っているからだ。独創的な企画を実現するために制作・開発技術が磨かれる。逆に,手持ちの技術やノウハウの用途を考えることから,企画が生まれる。企画と実務が遊離すると,実装不可能だったり,焼き直しをしたような発想しか生まれなくなる。

 Web制作・開発は,れっきとした「モノ作り」の仕事である。だから,後進育成についても,他のモノ作りの仕事と何ら変わりはない。例えば,製造現場で技能を持つ工員を育成できるのは誰か,ということを考えてみればわかる。それは,ベテランの現役工員だ。現場を離れた人からは,実務の真髄もノウハウも学べない。

 にもかかわらず,少しでも仕事が溢れ始めるや,経験の浅い若手従業員を雇って規模を拡大し,実務から離れる小規模事業者が少なくない。経営者になると,従業員の給与の捻出や資金繰りが頭を占め始めた時点で,コードの1行を書く余裕すらなくなり,そのうち,最新の実践的な情報からは遠ざかってしまう。

 実務者の資質と経営者の資質は異なるし,何をもって人生の成功とするか,何を幸福と感じるかは人それぞれだ。経営者になるよりも「生涯一実務者」のほうが幸せだと思う人は,立場や定年を意識せず,現場に留まるべきではないだろうか。ベテラン実務者の大半が,ある年齢を境に現場を去ってしまったら,誰が後進に意気揚々と実務をこなす背中を見せ続けられるというのだろう?

「答えを教えないこと」によって「教える」

 現場に留まったベテランが,後進に教えなければならない最も重要なことは,「自分の頭で考える姿勢」である。覚えた手順の忠実な再現が要求される職業ではないのだから,詳しいテキストを与え,教育マニュアルに従って丁寧に説明し,知識を詰め込む指導方法は無効だ。1から10まで指示を与えて実践させたり,質問に対して完璧に答えるなどは,逆効果にしかならない。

 例えば商品情報検索,ユーザー情報の保存処理といった一つのテーマを与え,企画を考えさせ,サンプル・データ作りも含めて実装させ,その「努力」を誉める。完成度が低くても,まずは誉める。そして,もっと他に案はないか,答えはないかと問いかけて,違う角度から見るコツを一つだけ助言する。このような試行錯誤を繰り返させる。そして完成度を高めさせていく。それだけでいい。

 この方法は,指導者が「現役実務者」であってこそ可能になる。どれほどたくさんの仕様や理論を知識として持っていても,実務者でなければダメだ。理論通りでは動作しないことがあるわけで,何のTips&Tricksも持っていない者が理論をごり押しすると,信頼関係を築けない。異なる視点や異なる解決策も,それらを実施してきた経験がなければ助言できない。たくさん失敗し,たくさん悩み,たくさん解決してきている者だからこそできることだ。

 もし,育成用のテキストを作成する場合であっても,問題のみを提起した「答えのない教科書」を作るようにしよう。マニュアルのようなテキストや用語解説への配慮は,百害あって一利なしだ。

 テキストに答えが載っていなけば,後進は,書籍やWebサイトを調べ始める。そして,「同じ処理のサンプルが本に載っていないのでコードが書けません」「英文の資料しかないので仕様がわかりません」「開発プラットフォームのヘルプ通りに書いたのに動きません」といったことを言うようになるだろう。

 だが,ベテランが自らの実務の手をとめて逐一応じる必要はないし,一緒になって考える必要もない。「類似の処理をWeb上に探して共通点を見つけなさい」「1行ずつ訳しながら繰り返し読んでみなさい」「ヘルプに頼らず自分で構文を予測してみなさい」それだけでよい。解決策を与えてしまっては,考える姿勢は育たない。

 「教え過ぎないこと」によって「育てる」―――その意義は,非マニュアル世代のベテランならわかるはずだ。手探りの時期には,わからない用語を説明する用語がまたわからないものだ。しかし,わからない用語でも,何度も目にするうちに自然と概念がつかめるようになってくる。コードを眺めるうちに書き方が見えてくる。「すべての答えは自分の中にある。外部情報を利用するとすれば,それは答えを引き出すためのトリガーにすぎない」という境地にまで導かなければならない。

「伸ばす」のではなく「伸びてくるのを待つ」

 一人のベテランに対して,複数の新人がいる場合,前述のようにテーマを与えて実習させると,速く出来る者もいれば,時間のかかる者もいる。図1のように,最初から打てば響くタイプ(A),正比例で伸びるタイプ(B),途中から急に伸びるタイプ(C)に分かれる。筆者の経験から言えば,この習熟速度のタイプは,前回までに取り上げた時間認識のタイプと,何らかの相関関係があるように思われる。

図1●習熟速度のタイプと時間認識のタイプ(あくまで筆者の経験に基づく)
図1●習熟速度のタイプと時間認識のタイプ(あくまで筆者の経験に基づく)

 当然,指導者は,速く出来る者のほうに能力や可能性を感じ,時間のかかる者をオミットしがちになる。標準的な習得速度に合わせて進めてしまい,「図1-C」のタイプを取り残してしまう。

 ところが,最も考えることに向いているのは,この「図1-C」タイプかもしれないのだ。なぜなら,物事を深く突き詰めて考えすぎるために,なかなか実行に移せない場合が多いからである。かくいう筆者は,このタイプだ。Webプランナーの適性と習熟速度は必ずしも比例するわけではない。第9回に書いたように,企画のアイデアを出すには,考えて考えて考え抜く姿勢が大事である。このタイプの者が,プランナーへの道を諦めないように配慮しよう。

 ベテラン実務者にとって必要なのは「待つ」ことである。能力という芽を,ムリヤリ引っ張って枯らすのでも,唯一の正解という型にはめるのでもなく,適量の水をやり,日にあてて,自然に伸びてくるのを待ち,しおれそうになったときだけ励ませばよいのだ。

 そうはいっても,給与を支払う経営者は待てないかもしれない。それならば,学生を育成するのも一つの方法だ。高校生/大学生には,学業で知識を詰め込んでから社会に出て行くタイプと,実践しながら必要な知識を得ていくタイプの2種類がある。筆者たちがある研究開発プロジェクトで複数の大学院生と協業した経験から言えば,後者のタイプの学生なら,開発プロジェクトに社会人と同じ扱いで参加してもらっても,何ら問題はない。意欲があり,責任も果たす。十分に伸びる素地はある。

 必ずしも,彼らが,卒業後も同じ職場に留まるとは限らないし,Webプランナー以外の仕事に関心を持つかもしれない。だが,身に付いた創意工夫の姿勢は,他の仕事でも役に立つことだろうし,将来,何らかの形でつながりが出来,コラボレーションをしないとも限らない。

 筆者自身が学生の傍ら企画デザインの仕事をしていたクチで,自らの経験に照らせ合わせて考えてみると,もっと低年齢の学童期から,実務者が教える実践教育があってもよいと思っているほどだ。鉄は熱いうちに打て!である。年齢の低い者ほど,自分が身に付けようとしている知識が,社会の中でどのように役立つのかを知りたがるものだ。それに答えられるのは,経営者でも教師でもなく現場の実務者だからだ。

後進Webプランナーのバックアップとサポート

 後進がWebプランナーとしての一歩を踏み出したとき,ベテランは,Webプランニングも出来る実務者として企画の実現を全面的にバックアップしなければならない。企画のアイデアを瞬く間にコードに置き換えたり,イメージを即座に理解してデザインに定着させてくれるベテランほど,心強いものはないのだから。

 実際の仕事ともなれば,ベテランには,多くの責任がのしかかる。

 駈け出しのプランナーだからといって失敗は許されない。企画の実現可能性や予測される問題点について懸念があれば,助言する必要がある。企画段階から処理やユーザー・インタフェースやビジュアル・デザインを思い浮かべて後工程まで一本筋を通すことができるベテランでなければ,判断できないこともある。後進が,「動く」「使える」「結果を出す」プログラムを混同したり,自らを表現する「作品」と,企業や商品を表現する「デザイン」の優先順位を見失ったときには,注意を喚起しなければならない。

 また,ベテランは,社会経験が豊富なので,自分と他者との距離,社会との距離を把握している。そのため,ベータ版を社交辞令でほめるモニターの声と,真摯な改善要求を提案するユーザーの声を区別できる術も知っている。挑戦と無謀,有益と徒労を的確に見極めることは,若手には荷が重過ぎる。

 今や開発テーマありきの案件は低価格短納期の競争と化しているため,事業者の命運は,大口顧客や元請けに左右されがちだ。そのため,景気の良いときから,将来的に実施可能な独自企画を検討しておく必要がある。若手は,自分の立てた企画が成功し,目先の利益が出ると舞い上がりがちになるが,それをいさめて,即座の成果や売上にはつながらない独自開発への方向付けをするのも,人生の苦楽を知っているベテランの役割だろう。

 そして,このようなプランナーの発想力が最も問われる開発テーマの模索と決定に,ベテランの助言は生きる。人生の寄り道・回り道が,社会的ニーズを発掘し,実装方法のアイデアの幅を広げてくれるのだ。

最大の課題は,モチベーションの維持

 いくらベテランがバックアップしていても,どんなに才能のあるプランナーであっても,つまづくことはある。顧客との折衝に悩んだり,思い通りの成果が出ないこともあるだろう。そのため,精神面のサポートも必要となる。パソコン相手の実務者にとって,この心のサポートが,最も難しい課題かもしれない。

 それには,後進のモチベーションの源泉を知る必要がある。例えば,本人の目的(内部目的と外部目的の合致),自己実現,社会貢献,作業環境と設備,労働に対する対価,ステータス,快不快(指示方法,作業方法),自己評価,人間関係,義理人情,ライバル意識などだ。

 モチベーションの上げ方は,一人ひとり異なる。前回までに書いているように,人には,時間認識のタイプという個性がある。時間認識タイプが長期の人は,本人の中にある絶対的な基準によって動く。いくら対価を払っても,環境がひどかったり,自らの目標とかけ離れたテーマではモチベーションは上がらない。極端に長期の人にとっては,社会的評価は一切関係ない。逆に,標準かそれより短期の人には,社会的・相対的な基準(対価や評価)が重要になってくる。

 「労働に対する対価」だけはベテラン一人が決められるものではないから,それ以外のことについて考えてみるとよい。環境次第でやる気が出るなら,作業場の環境を変えることを提案する。ライバル意識で動く者には,ライバルとなりそうな相手を探して競わせる,といった具合だ。

 もちろん,モチベーション維持の重要性は,後進だけに限らない。ベテラン自身,意気揚々とした姿勢を見せ続けなければならないのだから,自らのモチベーションを保ち続ける方法も知って,実践する必要があるのはいうまでもないだろう。

 以上のように,ベテラン実務者には,現場に留まってしなければならないことが山ほどある。技術進化についていけない,徹夜ができなくなったらおしまいだ,などと言っているヒマはない。プログラミングやデザインの基本は20数年前から何も変わっていないし,Webの技術進化は(世間で言われるほど)速くはない。徹夜しなくても,作業効率でカバーする方法を考えよう。判断力と発想力は年を重ねるほどアップする。モチベーションさえ持ち続ければ,実務は継続できるはずだ。

 ここに実例がある。筆者たちは,平均年齢50歳を越えて,現役実務者を続けている。Webという媒体が普及し始めたときには,俗に定年といわれる35歳を過ぎていた。パソコンもWeb制作も独学だ。そんなわけで,今回このような話題を取り上げてみた次第である。