パッケージ・ソフトを制作・販売している会社において,次期最新製品Aの開発計画を立てているとしよう。このパッケージ・ソフトの製造コストを見積もったら,1本1万円であった。したがって,1本1万2000円で販売すれば,1本当たり2000円の儲けが得られる。
果たして,この考え方は正しいだろうか。
固定費と変動費
「1本当たりの製造コスト1万円」と言われると,製造数が1本変化するごとに製造コストは1万円変化するように思ってしまいがちだ。場合によっては,そのことに何の疑問も持っていない人もいるだろう。ある意味では,それも無理のないことだ。組織の中では,ひとたび1万円という製造コストが計算されると,その数字だけが一人歩きしてしまい,その背景にあるコスト構造まで思いが至らないのが普通だからだ。
あらためて,どのようにして1万円が計算されたかを見てみよう。
この開発では,社内開発チームの10人月に加え,外注先への委託費が3000万円発生する予定である。給与は年俸制を採用しており,開発チームの月額平均給与は100万円である。また,上記以外に完成したソフトウエアをCD-ROMに焼き付け,マニュアルをこん包し,箱にパッケージングするのに,製品1個当たり2000円かかる。
今回は,このパッケージ・ソフトを5000本制作する予定である。したがって,製造コストは以下のようになる。
総コスト:
100万円/人月×10人月+3000万円+2000円×5000本=5000万円
1本当たりコスト:
5000万円÷5000本=@1万円
「1本1万2000円で販売すれば,1本当たり2000円の儲けが得られる」という考え方は,上で計算した製造コスト1万円が,本数に連動する変動費と考えている。つまり,図1(a)のように考えていることになる。コスト構造が図1(a)だとすると,1本当たり1万円を超える単価で売れば,儲けが出ることになる。しかし,これは「1本当たり」と言われることによる誤解だ。実際のコスト構造は,こうはなっていない。
上記の計算をあらためてよく見ると,製造販売数に連動して変化する変動費は,最後のパッケージングなどにかかる2000円だけだ。社内の10人月分の人件費100万円/人月×10人月=1000万円と,外注先への委託費3000万円の合計4000万円は,製造販売数によらず発生する固定費である。
これを図示したのが,図1(b)である。これが本当のコスト構造だ。利益が出るということは,総コストの線(総コスト線)を売上高の線(売上線)が超えるということだ。そうなると,単に1万円を超える単価で売れば利益が出るという単純な話ではないことが分かるだろう。販売単価もさることながら,製造販売数がある一定の量を超えないと,売上線が総コスト線を追い抜かない。
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図1●コスト構造 |
売上線と総コスト線が交わる点は,売上高と総コストが等しい点なので,損益がちょうどゼロになる。この点を「損益分岐点(Break Even Point)」という。また,図1(b)のような図を「損益分岐点図」という。損益分岐点図から分かることは,利益(profit)は,コスト(cost)と量(volume)が相互作用によって決まるということだ。したがって,損益分岐点図はCVP (Cost-Volume-Profit)図とも呼ばれる。
損益分岐点,安全余裕率
それでは,損益分岐点となる製造販売数を求めてみよう。
前述の例で,製造販売数をx本とすると,売上高y万円と総コストy万円は以下のような式で表現できる。
売上高:y = 1.2x
総コスト:y = 0.2x + 4000
損益分岐点は,売上高と総コストが等しくなる点なので,以下のように損益分岐点を求めることができる。
1.2x = 0.2x + 4000
x = 4000(本)
今回の計画では,5000本製造販売するので,損益分岐点を上回っている。したがって,利益が出る計画になっていることが分かる。
しかし,販売は水物だ。販売数量については,不確実性がつきまとう。そこで,この5000本という数量がどの程度安全かを知りたくなるだろう。それを知る指標に,安全余裕率がある(図2)。
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図2●損益分岐点,安全余裕率,損益分岐点比率 |
安全余裕率は,実際の数量が損益分岐点からどれくらい離れているかということを,以下の式で計算する。
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安全余裕率が大きいほど,実際数量が損益分岐点数量から離れているので,安全性が高いことを意味する。実際数量が損益分岐点数量から離れているほど,少々の数量変動があっても,簡単には損益分岐点を下回らないからだ。この例では,20%までの数量の落ち込みがあっても,利益が出るというイメージだ。
また,実際数量に対する損益分岐点数量の比率を,損益分岐点比率という。これは,安全余裕率の補数になっている。
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