■コミュニケーションにおいては、「人」そのものへのアプローチだけでなく、「場」に対するアプローチも大切です。「場」の空気をいかにコントロールするか。「場」には盛り上がる局面と盛り下がる局面があります。鋭い嗅覚で「場」の波に乗らないといけません。

(吉岡 英幸=ナレッジサイン代表取締役)


 「場が盛り上がる」という言葉を聞くと、始終ワイワイ盛り上がっているようなイメージを受けるが、飲み会の席は別として、会議や商談など、複数の人間が議論する場が盛り上がるというとき、決して常にハイテンションなわけではない。

 潮の満ち引きのように、必ず盛り上がりの波とでもいうべきものがある。逆に言うと動と静があるから、盛り上がったときの高揚感も大きくなる。「場」をコントロールする場合、この盛り上がりの波にうまく同調できるかが重要だ。

 「場が見える人」というのは、場の持つ波をうまくとらえることができる。場が盛り上がろうとする瞬間、うまく上昇気流にのって場の主役となるし、下降気味と見るや、引き際も見事だ。

 反対に「場の見えない人」は、いつも場の波とは逆の行動をとってしまう。みんなが盛り上がっているときにはついて行けず、もうとっくに下降の波に来ているのに、一人で盛り上がっていたりする。 「あいつ空気読めないな」なんて陰口をたたかれる人が必ずどんな職場でもいるものだ。

 商談でも、場の波を感じて、同調することは大切だ。意思決定者を前にした大事なクロージングの時などは、さんざん盛り上がったあとの一瞬の静寂がベストタイミングだったりする。その一瞬を逃すと、うまくいく商談も逃げてしまう。

引き際の振る舞いで「場」が見えているかどうか分かる

 この場の空気が読めているかどうかは、引き際がちゃんと分かっているかどうかで如実に表れる。上昇の波には誰しも同調しやすい。まさに見えやすいからだ。一方、下降していく波を理解できるかどうかはセンスが問われる。

 なぜ、これが分かる人と分からない人がいるのだろうか。天性の才能か。あるいは場のひく音を第六感で感知しているのか。まさにその通り。場が見える人というのは、波がサーっと引くように「場がひいていくときの音」を確かにとらえているのだ。

 人間には、「視覚」「聴覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」の5つの知覚がある。これらを駆使してあらゆるものを感知している。また、「後ろに人の気配を感じる」という感覚もあり、その感覚が鋭い人も確かに存在する。しかし、別にテレパシーとか第六の知覚があるわけではない。

 後ろに人がいる気配がする、というのは、後ろに人が立つことによる空気の流れの違い、音の聞こえ方の違い、温度の違いなどを知覚が感知し、無意識のうちに過去の経験と照らし合わせて「後ろに人がいる」という情報と結びつけているのだ。

「場」における知覚を磨き、「場」のサインを見逃すな

 知覚そのものが鋭く、リアリタイムに得た知覚情報と過去の学習経験とをマッチさせる力のある人は、他の人には見えない場のサインを見逃さない。「引き際がちゃんと分かる人」というのは、引き際として表れるかすかなサインをとらえることができ、それが何を指すかが分かっているのだ。

 私はファシリテーターという職業を通して、人間の動きを常に観察しているが、場が盛り上がっているかどうかのバロメーターとして、場に参加する人の目線を常に意識している。

 場が盛り上がっているときは、みんな発言者の方を向いているなど、目線はけっこう集中し、固定されている。しかし、退屈になってきたり、面白くなくなってきたりすると、目線が分散していく。みんな思い思いの方向に視線が向き、さらに泳ぎ出してくる。

 完全にみんなの目が泳ぎ出すと誰の目にも明らかになるが、最初の兆候は非常にかすかなものだ。場が見える人は、おそらく誰かの目線が泳ぎ出す「ギョロッ」という音が聞こえているに違いない。静寂の中で時計の針の音が響くように。

 いや、実際にはそんな音はしていないし、少なくとも我々人間には感知できないだろう。しかし、感覚の鋭い人はなんらかのかすかなサインを見逃していないのだ。誰かの目線が動いたのを感知しているのか。2人以上の目線が動いたのを感知しているのか。その人なりの知覚が働いているのだ。

 意識的に場における知覚を研ぎ澄ましてみよう。あなたなりの視点で場がひく音をとらえられるかもしれない。そうすれば、「場が見えない人」「空気が読めない人」と言われることは決してない。


著者プロフィール
1986年、神戸大学経営学部卒業。株式会社リクルートを経て2003年ナレッジサイン設立。プロの仕切り屋(ファシリテーター)として、議論をしながらナレッジを共有する独自の手法、ナレッジワークショップを開発。IT業界を中心に、この手法を活用した販促セミナーの企画・運営やコミュニケーションスキルの研修などを提供している。著書に「会議でヒーローになれる人、バカに見られる人」(技術評論社刊)、「人見知りは案外うまくいく」(技術評論社刊)。ITコーディネータ。