わが国では長らく宗教をタブー視してきた。戦前の国家神道の否定にとどまらず、宗教が公共政策や文化政策そして政治に果たす前向きの役割に眼を向けてこなかった。かくいう筆者も特段の信仰は持たない。だが海外や明治以前の日本に眼を転じれば社会において宗教が果たすべき健全な役割が見えてくる。

 いろいろな面で「日本は変」だ。その一つに宗教の問題がある。

■後退する宗教への依存度--戦後日本が典型

 ヨーロッパを旅すると教会の多さと立派さに驚く。京都やバンコックも同じだ。古人はなぜお寺にこれだけの資金と労力を投じたのか。またそれがどうして今日まで存続できているのか不思議に思う。宗教はさらに政治や外交をも動かす。ローマカトリック教会、イスラム国家、そして靖国神社などがそうだ。

 古来、社会において宗教が大きな意味を持った理由は死が身近だったことに由来する。かつては誰しもが子供のころから死と隣合わせの人生を生きた。幼い頃、急に兄弟を亡くす。気がつくと父も病死、やがて母も病気に倒れる。毎日、教会に行き「家族の病気を治してください」「死んでも天国にいけますように」と祈るしかない。医療、病院、保険のない社会において宗教の存在は圧倒的だった。

 ところが産業革命以後は栄養状態が改善し医学も発達し寿命も延びる。人生のリスクが制御できるようになると宗教への依存度はどんどん下がった。典型が戦後の日本だ。宗教は主に冠婚葬祭で触れるだけの迂遠な存在になった。

■ニッポンの宗教の業績評価--本来の任務を果たしているか?

 だが現代社会でも祈りを必要とする人は多い。わが国の自殺者は年間3万人といわれる。信仰を持っていたら数分の一は助かったのではないか。あるいはターミナルケア。宗教は死期がわかった病人に心の平安をもたらす。うつ病や難病の人たちの何割かにとっては救いにもなるはずだ。

 ところが現代の日本の宗教はこのような“潜在需要”を満たせていない。お寺は江戸時代以前には広く弱者を救う存在だった(駆け込み寺など)。ところが明治以後は主に葬式と法事に特化してしまった。神社は結婚式や初詣、さらに厄除け、地鎮祭などの儀式に特化。これも弱者救済から遠い。キリスト教会は比較的原型をとどめ社会貢献活動なども盛んだ。しかし結婚式以外でなかなか普及しない。

 総じてニッポンの宗教は弱者救済という本来の任務を果たしていない。

 それだけではない。代々受け継がれてきた不動産などの資産の使途にも疑問がある。都市部の神社仏閣は広大な土地・建物を独占する。緑地確保などの意味もあり保全し次世代に継承すべきだがもっと地域に開放して有効利用すべきだ。

 例えば大阪市の寺町地域。大都会の中心部に寺院が連続して11カ所並ぶ。建物や墓苑はきれいだが年中閑散としている。檀家もいるし不動産賃貸などで資金は回る。だが堅く門を閉ざすところが多い。中には劇場を作ったり(一心寺、應典院)、市民向けの講座・教室を開く寺院もあるが少数派だ。

 海外では神社仏閣は文字通りパブリックな存在だ。コンサートにもよく使う。パリでは小さな教会はピアノ演奏会、大きな教会はゴスペルといった具合に使い分けをする。日本でもようやく最近、京都の法然院、実相寺、醍醐寺、福知山市の大興寺などが「開かれた寺院」をめざして美術展やコンサートに会場を貸すが大勢は旧態依然だ。限られた信者と関係者だけが膨大な資産を独占使用し、あるいは宝の持ち腐れになっている。

■「公共性」の側面から宗教法人制度の見直しを

 海外の宗教家は活動的だ。ローマ法王の平和外交を筆頭に、例えばフランスではピエール神父がホームレス救済に立ち上がり「エマウスの家」という組織を核に国民的運動を指揮してきた。マザーテレサもインドで病人介護や孤児の救済に一生をささげた。ところが日本では一部の宗教家や団体を除けば存在感がない。本来、宗教家とは社会変革のリーダーたるべきだ。宗教法人は税制上も優遇され、学校や結婚式場、墓苑、駐車場などのサイドビジネスもできる。おりしも公益法人改革で政府系の公益法人などの「公益性」が厳しく問われつつある。これを機に宗教法人制度も見直すべきである。

 宗教は心の内面にかかわる事項でありそれ自体が憲法で保障された信教の自由の対象となる。「公共性」の側面からのみ価値を論ずべき存在ではない。本質的に保守的なものであり急に変わるのも難しい。だが、これまではあまりにタブー視され逆にそれに甘え現状維持にのみ走ってきらいがある。その結果、社会から遊離し忘れられようとしている。社会と宗教の関係の見直しはわが国が抱える構造改革課題の一つだ。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。