2006年を振り返ってみると,ファイル交換ネットワーク構築ソフト「Winny」を舞台とした各種のニュースが思い起こされる。有名企業や公共機関の情報漏えい事件に始まり,ユーザーによる著作権法違反や開発者によるほう助の裁判といった話題が世間を賑わせた。

 ところが,Winnyの新版に相当するWinny2の機能に関しては,あまり話題に上っていないように思える。記者はWinny2の機能に高い関心を持っている。そしてWinny2は,古くて新しい話題である“匿名性”について再度考えるきっかけとなってくれた。

Winny2はBBS(電子掲示板)

 まず,Winny(ウィニー)のしくみについて,軽くおさらいしておこう。一言で言えば,キャッシュ機能を持つ「匿名串(プロキシ)」を多段に通すことによって,匿名性とファイルのヒット率(効率性)を両立する,というアイディアだ。要求を受けたもののキャッシュを持っていないノードは,他のノードに代理要求を出すとともに,受け取ったデータを自身のキャッシュに加える。

 さて,あまり話題に上っていないWinny2であるが,その目玉機能は,Winny1のファイル交換の仕組みを匿名BBS(Bulletin Board System,電子掲示板)のスレッド(話題ファイル)の交換に応用しよう,というものである。

 Winny1で実現していたファイル交換という(業務アプリケーションとしての)目的に関しては,記者はあまり関心がない。既存の例でファイル交換というと,例外的に名前解決サーバーであるDNS(Domain Name System)のゾーン設定ファイルのキャッシュ機構やTTL(Time To Live,オブジェクトの生存期間)の設定などには興味を持っているが,これはDNSが,電子メールなどコミュニケーションを前提とした他のTCP/IPアプリケーション(リゾルバ)が利用する社会の基本インフラである,という理由からだ。

アクセスをサーバーに集中させない

 現状のインターネットBBSの多くは,Webサーバー上に置いたコンテンツに対して,HTTPクライアントから全員が一斉にアクセスする,という“中央集権的”なモデルを採用している。この方式の最大の特徴は,アンダー・グラウンドな匿名串を通すなどの工夫を施さない限り,アクセス・ログの保存によってユーザーの匿名性が失われるという点にある。

 記者も1990年代中旬,“実験”の名を借りて,匿名BBSの設置やフリー・メール・アドレスのオンライン発行,さらにsquidを利用した匿名串の運用などを実施していた時期があった。当時の記者が“実験者”として考えていた保身のための免罪符は,“アクセス・ログの記録”であった。「ログの保存によって責任が運営者に及ぶ危険を回避できるのではないか」という理屈である。なお,それ以前のパソコン通信全盛期の1980年代後半から1990年代前半にかけては,パソコン通信のBBS上で匿名BBSの話題を出すと,「運営者が責任を回避できない」という論調が支配的だったように思う。そういう時代だったのである。

 アクセス・ログを記録する中央集権型に対してWinny2では,掲示版に参加する書き手のメッセージの集合体である個々の話題のファイルつまりスレッドを,Winnyの仕組みでノード間で共有する。一般的なファイル共有用途との決定的な違いは,BBSのスレッドは参照系だけでなく更新系でもあるという点だ。更新の必要が生じるため,マスター・データのありかを一箇所のノードに定める,というモデルを採用してデータの一貫性を保っているが,匿名串を通すためノードの匿名性も(原則は)守られる。

匿名の狙いはどこにあるか

 ただ,アクセス・ログを記録する中央集権型であれ,アクセス・ログを記録しないWinny2であれ,メッセージを発信するユーザーが匿名性に期待していることの本質は,変わりなく実現できると記者は考えている。

 記者が思うに,ユーザーが匿名に求めているのは,「匿名という名の独立した人格」であり,この人格を不特定多数でシェア(共有)する,というものである。匿名というのは,匿名という名の確固たるブランドである。ファッション雑誌に載っている,みんなが持っているブランド製品を,自分も持ちたい。みんなが使っている匿名の名前を,自分も使いたい。こういうことではないだろうか。

 そうだとすれば,ユーザーが匿名に求めていることはアクセス・ログの記録によって失われはしない。「匿名の需要を満たす」という意味においては,中央集権型のサービスで事足りるのである。

 「運営者を固定化しない」というWinny2は極めて実験的で面白いのだが,「実験的で面白い」以上の価値を提供してくれないのではないか,という思いを捨て去ることができない今日この頃である。