米国「Windows IT Pro Magazine」の名物ライターであるPaul Thurrott氏が振り返る「Windows Vista開発史」の第6回。今回は,Windows Vistaにとって最後となる「出荷遅れ」が発表された2006年前半を振り返る。2006年の年末商戦にWindows Vistaが間に合わなくなることが明らかになった時期だ。

 ついにここまできた。最初の企画会議から5年,米Microsoftはいよいよ,次世代Windows,つまり「Windows Vista」リリースの手はずを整えようとしていた。長い年月を要したWindows Vistaの開発を「前例のないできごと」と呼ぶのは誤りではある。なぜなら,Windows 2000も同じように,長期に及ぶ生みの苦しみを味わったからだ。しかしそれでも,Windows Vistaの遅延は,Microsoftにとって厳しい時期に起きてしまった問題であった。

 同社はOSとブラウザ,そしてデジタル・メディアの市場で,予想も切望もしていなかったセキュリティ問題や競合他社からの驚異的な追い上げに苦しんでいたのだ。それでも,2006年が始まったとき,前途は洋々としていた。MicrosoftとWindowsウォッチャーたちはどちらも,基本機能が完成した最初のWindows Vistaの評価版と,2006年後半のWindows Vistaの発売を楽しみにしていた。Windows Vistaはようやく完成しようとしていたのである。

2006年1月:CESでWindows Vistaをアピール

 1月初旬にラスベガスで開催された「2006 International CES」で,MicrosoftのBill Gates会長は,2006年中に起きるであろうことを予告した。「今年は,Windows VistaとOffice 12,そしてその他の多くの製品が登場する。さらに,すべての市場関係者はWindows Media Centerが,大量に販売されるメインストリームの製品になったということに気づくだろう」と彼はCESの基調講演で述べた。「消費者がネットワークに接続する度合いはどんどん増えてきている。彼らは以前よりも豊かな体験をしている。そして,その中心にあるのがソフトウエアであることは間違いない」(Gates氏)。

 MicrosoftはCESで,「初公開」となるWindows Vistaの新機能をいくつか披露した。これには,Aeroユーザー・インターフェース(既に公開済みだった)や,Flip3D(2005年12月のCTPビルドで登場),WindowsサイドバーとSideshow(これも同ビルドで登場していたが,MicrosoftがSideshowのハードウエアを披露したのは,WinHEC 2005のとき以来初めてだった),Windows Vistaの新ゲーム機能,Windows Photo Galleryなどだった。

 壇上でGates氏に加わったAaron Woodman氏は,消費者が中心の聴衆にWindows Vistaの主要機能を一通り紹介した。「最初に皆さんの目を引くのは,新しいユーザー・インターフェースだろう」と彼は言った。「実は,すべてのアプリケーションはガラスに囲まれている。そのおかげで,ユーザーは正面にあるものを見られるだけでなく,奥行きを感じたり,裏側で起きていることを見たりできるのだ」(Woodman氏)。

 さらにMicrosoftはCESで,「Windows Mobile」の次期バージョンをベースにした「Portable Media Center」についても派手に宣伝したものの,実際のところこれが大きな成功を収めることはなかった。一方,MicrosoftとオランダPhilipsは,Windows Live Messenger電話機を発表したが,実際にこの電話機が登場したのは同年の終盤だった。米MTVは「URGE」という定額制音楽配信サービスを発表したが,これも結局軌道に乗ることはなかった。だがURGEはWindows Vistaにおいて,Windows Media Player 11の主要コンポーネントとしてインストールされている。

 1月の中旬に筆者は,MicrosoftでWindowsサイドバーとCalendarを開発している人たちに会った。そのとき筆者は,Windows Calendarはあまりにも「iCal」(Mac OS Xに搭載されているカレンダ・アプリケーション)に似すぎているという懸念を彼らに伝えた。そして,テスト用としてWindows XPでも動作するサイドバーを与えられた。興味深いことに,Windows XP用サイドバーの開発は継続して行われていると思われていたが,筆者がこの後Windows XP用のサイドバーについて,これ以上の情報を得ることはなかった。

2006年1月:Jim Allchin氏とのインタビュー

 1月下旬に,筆者はMicrosoftでWindows Vistaの開発を統括するJim Allchin共同社長と会っい,インタビュー記事を執筆した(日本語訳は「Windows開発最高責任者のJim Allchin氏『Vista』を語る」)。2月中旬を少し過ぎたころにリリースされる予定の次期Windows Vista CTPは,「基本機能が完成した」最初の公開評価版になると,Allchin氏は改めて語った。また彼は,4月のCTPが「ベータ2」という名称に変更されるだろう,とも語っている。

 Allchin氏は筆者に「実際のところベータ2というのは,過去の3つのCTPの集大成である」と話してくれた。「製品開発に対するアプローチの仕方が変わっただけなのだ。私たちは,Windows VistaのことをCTPという基準でのみ考えている。だがそれをベータ2や最終版のベータ2,さらにはRC0(製品候補版0)というふうに考えたければ,それはそれでかまわない。その段階になれば十分な品質に達しているはずだから,RC0をリリースする必要さえないだろうと私たちは考えている。そしてその次のCTPがRC1になるだろう」(Allchin氏)。

 Allchin氏はインタビューの中で,彼がWindows XPと比べて最も劇的に進化していると感じているWindows Vistaの分野を列挙してくれた。それは安全性とセキュリティ,新しいユーザー・インターフェース,携帯性,そしてインターネット機能だった。「適用範囲の広がったセキュリティと安全性は,私たちからの本当に重要なメッセージだ」とAllchin氏は言った。「視覚効果は,2つ目のメッセージだ。3つ目は,運用コストや,展開イメージ作成のためのオフライン作業管理方法,新しいイベント管理システム,新しいリモート・アクセス・ツール,新しい診断ツール,モバイル機能などだ」(Allchin氏)。明らかに,以前よりもはるかにシンプルになっている,と彼は述べた。

 「内蔵機能の中には,家庭であろうと職場であろうとユーザーが重宝するものがいくつかある」とAllchin氏は続ける。「例えば,写真管理機能に魅力を感じる人もいるだろう。だが私にとってもっと大事なのは,長きに渡る徹底的な調査の成果だ。Windows XPのときを思い出すと,私たちは柔軟性と信頼性の向上に尽力した。Windows Vistaでは,それがセキュリティと安全性に変わると私は期待している。前にも言ったように,Windows Vistaのセキュリティは他の追随を許さないほど優れている。だが絶対に破られないというものではない。私はナイーブではない。この業界は今,セキュリティに関して長期戦の最前線にいる。Windows Vistaは,私たちの次なるステップにしか過ぎない。それは大きなステップになるだろう。だがそれでも,次のステップでしかないことに変わりはない」(Allchin氏)。

 悲しいことに,Allchinが当時披露してくれた,Windows Vistaの主要機能の1つである「PC-to-PC Synchronization(PC間の同期)機能」は,後にWindows Vistaから削除された。このころになると,あまりにも多くの機能がWindows Vistaから削除されていたため,何が削除されたのかを把握するのが困難になっていた。だがそれでも,この機能を失ったのは痛かった。

2006年1月:「基本機能の完成」が終わらない

 1月下旬,Microsoftにいる筆者の情報源が新しい情報を提供してくれた。その情報によると,Microsoftは2005年12月31日までに「基本機能を完成させる」という内部で決めていた期限を守れず,期限を2006年1月31日に設定しなおしたということだった。しかし,この期限も結局守られることはなかった。

 Microsoftは1月23日,2月のCTPに向けてコードのツリーを分割した後,2月のCTPを2006年2月17日に出荷する計画を立てた。だが1月25日になると,当時最新のビルドがCTPの水準には達していないことが明らかになっていた。そしてMicrosoftは,異なるビルドを目標にし始めたのである。このころは,試練のときだった。同社はある期日までに基本機能の完成したCTPを出すと約束していたにもかかわらず,すべてをまとめ上げるのは困難だということに気づき始めていたのだ。

 2005年1月17日時点におけるMicrosoftの社内向けWindows Vistaサイトは,写真1のような感じだった。

写真1●Microsoftの社内向けWindows Vistaサイト
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 2月3日ごろになると,状況はようやく改善してきた。MicrosoftはWindows XPからWindows Vistaへのアップグレードの妨げになっていたバグを取り除き,暗礁に乗り上げていたCTPは突然順調に進みはじめた。MicrosoftはCTP候補版として「ビルド5308」を内部でリリースした。Microsoftの当時の内部文書では,2月のCTPで達成すべき高い目標として以下のものが挙げられていた。

・英語とドイツ語,日本語(「N」エディションとボリューム・ライセンス・メディアを含む)の,全クライアントSKUを対象に,段階的にビルドを出していく。
・クライアント・ビルドを,一部の大企業顧客と,Microsoft社内IT部門に提供する。
・非段階的な英語版のサーバーSKU。
・P0 IDSロールを,大企業顧客とMicrosoft社内IT部門で利用できるようにする
・サービスを確実に実行させる。
・Windows XP SP2からのアップグレードを確実に実行できるようにする(英語版x86のみ)。
・(Windows XP SP2)以外からアップグレード・シナリオはサポートしない(今後登場するベータ2/RC0マイルストーン・ビルドへのアップグレードを含む)。
・2月のCTPの全体的な品質は,リリースされるすべての言語(英語/ドイツ語/日本語)において,ビルド5270のCTPよりも優れたものでなければならない。

 その10日後,ビルド5308の準備が完了した。Microsoftは同ビルドを2月のCTPリリースとして承認したが,テスターに向けてリリースする前に修正しておかなければならない重要なバグが1つだけ残っていた。「当初の予定では今週の金曜日,つまり2月17日にCTPを出荷することになっていた」とある社内電子メールには書かれていた。「この予定は変更になった。今の予定では,RTMの予定は一番早くても次の月曜日,つまり2月20日ということになっている。明日修正版が手に入るので,それで現状がはっきりするだろう」(社内電子メール)。

2006年2月:大幅に改善されたCTPをリリース