マイクロソフトは現在,「Windows Vista」「Office 2007」「Exchange Server 2007」を「People-ready business」というキャッチフレーズで売り込んでいる。「従業員が成功の鍵を握る」ということに異論はないが,このスローガンによって,どれほどIT化が促進され,製品がアップグレードされるものだろうか?

 Office製品のジェネラル・マネージャであるKirk Koenigsbauer氏は,「People-ready businessは,マイクロソフト Office,Windows Vista,マイクロソフト Exchange Serverのシナジー効果を意味している。これらの製品が一体となり,従業員をビジネスの結果と成功の中核に据える『people-ready business(日本語では『社員力を,経営力に』)』ビジョンを実現するプラットフォームを提供する」と述べている。

 マイクロソフトがユーザーにあてた手紙の中で,CEOのSteve Ballmer氏は「Windows Vista,マイクロソフト Office 2007,マイクロソフト Exchange Server 2007の同時リリースは,さらなる生産性と革新の時代の扉を開くことになるだろう」と述べた。しかし,Steve Ballmer氏がいくら革新と生産性の向上を訴えたからといって,筆者の会社のIT部門がすぐにこれらの製品の導入を検討することはないだろう。

 最近「Windows IT Pro Magazine」読者に対して行われた非公式な世論調査を見ると,IT部門がWindows Vistaに飛びつく様子がないことが伺える。350人の回答者のうち,59%はアップグレードの予定がないとし,16%は18カ月以内,11%は12カ月以内,13%は6カ月以内の導入を検討しているという結果となった。

 Ballmer氏は手紙の中で,ユーザーから「ビジネスに混乱をきたすリスクを冒してまでして,新しい機能を使う必要があるのか」という質問があったことを明かしている。Ballmer氏は「ビジネスは変化し,新しいツールが必要となった。このツールを使えば,世界中の同僚や顧客と即座にコミュニケーションし協力できるのに,どうして使わないということがあるだろうか」と答えている。

 筆者が皮肉屋なのかもしれないが,この理由は少し余計なお世話なのではないか。ありがたいことに,多くの業務はこれまでのツールで問題なく運用できる。しかし,どうしてもアップグレードしたくなるような切実な要素があるだろうか。

ユーザー企業はもう「コスト削減効果」を信じない

 マーケティングのプロが以前筆者に忠告したところによると,ITのプロに「時間とお金を節約できる」ということは決して言ってはいけないそうである。ITのプロは,経験からそれがほとんど正しくないことを知っている。そしてIT部門は,時間とお金を節約するためにコストを削減しながら,会社の業績向上を援護するという絶えざるプレッシャーにさらされている。

 だから,「people-ready business」スローガンは,マイクロソフトがWindows Vista,Office 2007,Exchange 2007で「時間とお金が節約できる」と大胆にも主張するのを避けるための手段なのかもしれない。

 しかしそう考えると,マイクロソフトが発行したホワイトペーパー「Analysis of the Business Value of Windows Vista(Windows Vistaのビジネス・バリュー分析)」の指摘が興味深く見えてくる。このホワイトペーパーはマイクロソフトが委託し,米IDCが調査した内容に基づいて書かれている。

 この調査によると,Windows VistaのTechnical Adoption Program(TAP)に参加した企業を調査した結果,Windows Vistaを使えばIT部門とユーザーの時間とお金が節約できることが判明した。特に,年間でIT部門にかかる人件費はWindows Vistaでは470ドル,Windows XP Service Pack 2(XP SP2)では507ドル,Windows XPでは536ドル,Windows 2000 Professionalでは593ドルとなった。年間でエンドユーザーの人件費はWindows Vistaで2281ドル,Windows XP SP2で2421ドル,Windows XPで2435ドル,Windows 2000で2462ドルとなった。

 このホワイトペーパーでは,Vistaのコスト削減は次のような分野で顕著であるとしている。

・Windows Vistaの信頼性,セキュリティ,自己回復機能が向上したことによって,サービス・デスクのコストが低減する。

・「OSの展開やプロジェクト管理,セキュリティ脅威の評価,アプリケーションとパッチの配布,画像管理」が簡単になったので,デスクトップ・エンジニアリングとサポート・コストが低減する。

・Windows Vistaの進化したデスクトップ検索とコラボレーション機能によって,エンドユーザーの生産性が向上する。

 このホワイトペーパーでは,「Windows Vistaへの投資のリターンを最大にしたい組織は,Windows Vistaを全体的なインフラを最適化する触媒として使うようにすべきである。この手法によって,組織は核となるメリットとより広範囲で潜在的なITのプロセス向上のメリットを同時に享受できる」と結論付けている。「全体的なインフラの最適化を向上」するという個所で,筆者はIDCが本心からWindows Vistaによって時間とお金を節約できるという議論を援護しようとしているのか疑問に思った。しかし,この調査はマイクロソフトがお金を出しているのだ。だれが信じるだろうか。

 筆者はITオタクであり,入手できる限り最新で最もすばらしいものならなんでもほしい。よって,Windows Vista,Office 2007,Exchange Server 2007は一通り試してみた。しかし,読者の皆さんには最前線で日々の仕事がある。「people-ready」というマイクロソフトのスローガンと主張はすぐにこれらの製品を導入したいと思わせるようなものだろうか。アップグレード計画(もしくは計画中止)に重要な要素を教えていただければ幸いである。