この連載では,これまでアメダス,携帯電話抑止装置,交通管制センターと見てきた。4回目の今回はスケールを大きく,目線を宇宙空間に向けてみよう。通信衛星である。

 通信衛星とは通信用の人工衛星のこと。CS放送などの映像配信,ライブ映像の中継,衛星インターネットなどに使われている。日本でこれらの通信衛星を運営し,CS放送の放送事業者やテレビ局,一般企業などが利用できるようにしているのが衛星通信事業者のJSATだ。今回はJSATの横浜衛星管制センターを訪ね,通信衛星の運営とはどんなことをしているのか聞いてみた。

パラボラは全部で30機

 JSATの横浜管制センターはJR横浜線の中山駅からタクシーで10分のところにあった。タクシーを降りると目の前に広がるのは山。そして,その手前にたくさんのパラボラ・アンテナが空を見上げるようにして並んでいる(写真1)。まるで何かの秘密基地のようである。

写真1●たくさん並ぶパラボラ・アンテナ
写真1●たくさん並ぶパラボラ・アンテナ
お椀のような部分には厚みがあり,内部に雪を溶かす融雪装置が搭載されている。
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 取材に対応していただいたJSAT運用本部衛星運用部長の笹原浩一さんによると,パラボラ・アンテナは大小併せて30機あるらしい。通信衛星管制用のアンテナは小さいもので直径5メートル。一番大きいアンテナになると直径11メートルもある。ほとんどのパラボラ・アンテナは自分が担当する衛星の方角を向けて固定されているが,一番大きいアンテナは通信衛星の方角に合わせて向きを変えることができるそうだ。また,パラボラ・アンテナのお椀のような部分に厚みがあるタイプのものは融雪装置が付いているという。お椀の部分に雪が積もるとパラボラ・アンテナで電波を送受信するときの精度が落ちるので,溶かして取り除くためだ。

 「それにしても,屋外にある割にはきれいですよね」と私が言うと,「時々掃除したり磨いたりするからね」と笹原さん。てっきり汚れるとパラボラ・アンテナの精度が落ちるのかと思いきや,そうではないらしい。「汚れは精度に影響ないんだけど,みっともないからね」というのが理由だった。

 さて,いつまでもパラボラ・アンテナにばかり見入っていても仕方ない。管制センターの中に案内してもらい,通信衛星の管理,運用についての話を聞こう。

9機の通信衛星を24時間体制で管理

 JSATは現在,予備用の衛星1機を含む9機の通信衛星を保有している。このうち,衛星デジタル放送「スカイパーフェクTV!」の配信に使われている「JCSAT-3A」(軌道位置は東経128度)や衛星携帯電話サービスに利用する「JCSAT-5A」(写真2)は2006年に打ち上げられたものだ。JSATが管理している通信衛星はすべて「静止衛星」と呼ばれるタイプで,赤道上空約3万6000キロに位置する静止軌道上を地球の自転に合わせるように飛んでいる。

写真2●横浜衛星管制センター内の展示スペースにあったJCSAT-5Aの模型   写真2●横浜衛星管制センター内の展示スペースにあったJCSAT-5Aの模型
実物の大きさは南北方向が26.9m,東西方向が14.3m。白い丸い部分がパラボラ・アンテナ,網のような部分が衛星携帯電話用のアンテナ,黒い板の部分が太陽光発電パネル。内部にはジェット噴射用の燃料,ニッケル水素電池のバッテリーがある。通常は太陽光発電の電力で運用しているが食の間は電気を稼げないのでバッテリーの電力を使う。
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 横浜衛星管制センターでは,通信衛星から送られてくる「テレメトリー」と呼ばれる情報を24時間体制でチェックし,衛星が正常に動いているか監視している(写真3)。テレメトリーには衛星内部の温度や電圧,電流などの情報が含まれている。「これを見ると,機器の故障などもわかるんです」(笹原さん)。もし異常な数値があればアラートが出る。その場合は,管制センターにいる各衛星の担当エンジニアが中心になって原因を調べ,対処するそうだ。例えば,衛星内部の温度が高すぎる場合は,管制センターのコンピュータからコマンドで指令を出し,衛星内部のヒーターを切るといったことができる。

写真3●横浜衛星管制センター内の管制室
写真3●横浜衛星管制センター内の管制室
管制員は8時間ずつの3交代制で通信衛星を監視している。
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緊急時には衛星メーカーとISDNで接続する

 もし,担当エンジニアでも原因や対処法がわからなければ,通信衛星を作ったメーカーに連絡する。そのため,横浜衛星管制センターの衛星監視用のコンピュータは緊急時に通信衛星のメーカーとISDNで接続できるようになっている。これにより,衛星メーカーの技術者にも衛星の状況を見てもらい,判断を仰げるのだという。

 ただし,このISDN回線は通信衛星の打ち上げ後,しばらくの間は衛星メーカーとつなぎっ放しにしているそうだ。笹原さんによると「通信衛星の操作性にはメーカーごとのクセがある」という。現在,主な通信衛星のメーカーには,米ロッキード・マーティン,米スペースシステムズロラール,米ボーイングがある。トヨタ,ホンダ,日産自動車の車の操作方法が少しずつ違うように,通信衛星もメーカーによって操作の勝手が違うらしい。そのため,打ち上げた後しばらくは通信衛星メーカーの担当者に横浜衛星管制センターに常駐してもらったり,ISDN回線をつなぎっ放しにして,常時連絡を取れるようにしている。実際に私が取材に行ったときは,2006年に打ち上げた「JCSAT-3A」や「JCSAT-5A」のメーカーであるロッキード・マーティンから技術者が来ていた。

衛星の“ズレ”は±0.05度以内に抑える

 もう一つ,衛星の状態監視と並んで重要なのが衛星の位置修正だ。常時同じ場所にとどまる静止衛星であっても,太陽や月の引力の影響で位置がずれてしまう。そこで,衛星管制センターでは常に衛星の位置を調べ,それを基に軌道のズレを測定したり予測したりしている。そして,2週間に1回,位置を修正する。具体的には,衛星に搭載した燃料を燃やして噴射することで衛星を動かす。

 「ズレはどの程度まで許されるんですか」と聞いてみた。すると,「緯度,経度ともに±0.05度ですね。距離に置き換えると南北方向,東西方向ともに約70kmのズレということになります」と笹原さん。±0.05度以内というととても小さな幅だが,70km四方というと大きいような気もする。今ひとつ実感がつかめない。そこで具体的に数字に置き換えてみた。地球から通信衛星の距離は3万6000km。この距離から70km四方に衛星が収まるようにコントロールする。これを身近な数に置き換えると,11メートル以上離れたところから100円玉の大きさ程度の範囲内の操作をするのとほぼ同じということになる。こう考えると,かなり微妙な作業だ。

 しかも,「どのタイミングで修正するかは時期によって異なります」と笹原さんは言う。特に南北方向の制御は大変だそうだ。南北方向は東西方向に比べて太陽の影響を受ける度合いが大きい。そのため,太陽と通信衛星の位置関係や距離などを考慮し,衛星を動かすのに最適なタイミングを選ばなければならないという。

 通信衛星は一度打ち上げたら,故障しても修理できないし,燃料を後から補給することもできない。地上にある機器以上に,効率的に運用することやトラブルの芽をいち早く摘み取ることが重要になる。そのために,横浜衛星管制センターではJSATの職員や通信衛星メーカーの技術者などが24時間体制ではるか彼方の“星”を見守っているのである。

■変更履歴
本文見出しで「衛星の“ズレ”は±0.5度以内に抑える」とありましたが、正しくは「±0.05度以内」でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2007/02/20 11:25]