文・清水惠子(みすず監査法人 シニアマネージャ)

 業務を効率化したあるべき姿を描く過程で考慮するべき項目には、前回説明した論理化のほかに抽象化がある。今回は抽象化について説明をしていこう。抽象化に際しては、大きく二つの作業を行う。業務機能の抽象化と業務情報の抽象化である。

■業務機能の抽象化--効率的なシステム化の検討が可能に

 業務機能の抽象化は、業務を取引パターンに分類し、類型化して整理する作業である。この作業は、同一の機能をもつ取引を分類することにより、システム化をする際にそのパターンごとにどの機能の組み合わせで業務を遂行できるかを明確にすることで、プログラムの節約に役立つことになる。この作業には情報抽象化表を利用する。川口市の住民基本台帳の情報抽象化表を見てみよう。前回説明をした論理化後のDFD(機能情報関連図)の機能を横の欄に書いている。縦に各種の「イベント」を記載している。

 イベントとは、受付や審査などの機能(ファンクション)を動かす起因(トリガー)となる住民票の写しや・明書の発行といった出来事のことである。各種イベントがどのような機能(ファンクション)を動かすかを整理すると、いくつかのファンクションの塊に分類される。これが「取引パターン」である。

 この表で取引パターン1は、受付、審査、発行、交付、手数料徴収のファンクションから構成される。取引パターン2は、受付、審査、発行、交付のファンクションから構成されている。住民等の申請による住民票・証明書類等の発行と住基カードの発行は同じ取引パターン1に分類される。この取引パターンによる整理は、異なるイベントであっても同一の機能の塊として分類されるものについては、同じシステムを適用できることを示唆している。このパターン分類により、一つひとつのイベントごとに別々にシステム化を検討するのではなく、このパターンごとにくくることにより、効率的なシステム化の検討が可能になることになる。これが業務の抽象化の“ご利益”である。

IV.資料編3:事例集> 新規事例:川口市>業務分析(3)>基幹:住民情報>抽象化整理表
http://www.soumu.go.jp/denshijiti/system_tebiki/jirei/kawaguchi/gyomu03/
seika-KJ-chusyoka.pdf

 具体的な作業手順としては、イベントごとにファンクションを選択し、表に○を入れることにより、同じ取引パターンに分類していくことになるが、川口市ではこのパターン分類を職員が参加して自ら手を動かして作業することにより、作業の進ちょくにつれてパターンの意味の理解が深まり、異なる業務でも同じ機能のパターンを用いる場合は同じくくりで住民サービスを提供できる可能性があることに気付いてきている。この気付きは重要で、ここから、住民サービス向上に向けての業務改善を検討する意識が高まってきている。この意識の芽生えと気付きも“ご利益”である。

業務・システム刷新化の手引き(総務省)
実践編「自治体EAの実践方法」>2A.4)業務機能の論理化、抽象化
http://www.soumu.go.jp/denshijiti/system_tebiki/jissen/content02-a4.html

■業務情報の抽象化--情報の抽象化の整理が進むとデータ体系も整理される

 もう一つの抽象化は情報の抽象化である、これにはイベントエンティティ表を利用する。川口市の住民基本台帳の例を見よう。「エンティティ」とは、その業務に関係する資源(ヒト、モノ、カネ等)を指し、「そのものについて情報を知りたいと思うもの」である。住民表の写し等の交付申請書については、請求者、請求する証明書の内容等を記載する書式がある。この書式に記載するために欲しい情報をヒト、モノ、カネで分類したのがエンティティである。交付申請書の書式は決まった型であり、この決まった型をマスターファイルと言うこともある。このヒト、モノ、カネに区分される情報はスタンディングデータ(職員番号、職員名などあらかじ登録して利用するマスタ)であり、イベントが発生するとその型に応じて検索されることになる。

■表 川口市のイベントエンティティ表の例
川口市のイベントエンティティ表の例

 業務情報の抽象化は、業務機能の抽象化作業を実施した後に、取引パターンごとに分類する。この分類により、取引パターンに応じてマスターから必要なエンティティが検索され、型に落とし込まれることになる。この分類により、情報の体系が整理されることになり、例えば、市区町村長は呼び出される型によって、「あて先」だったり、「回答者」だったりする。この情報の抽象化の整理が進むとデータ体系が整理され、従来、重複して作成していたテーブルが削減されたりする“ご利益”がある。これについては、さらに作業が進んでデータ体系の整理をする設計作業に入る時に大いに効果を発揮することになる。この段階では、種々の申請書等の記載項目の名称をくくっていくことにより、申請書等の型を分類し、共通するヒト、モノ、カネの名称を抽象化することにより、請求者とか届出人を抽象名称である申請者として同じ枠にくくることができたことが“ご利益”である。

業務・システム刷新化の手引き(総務省)
実践編「自治体EAの実践方法」>2A.5)業務情報の抽象化
http://www.soumu.go.jp/denshijiti/system_tebiki/jissen/content02-a5.html
IV.資料編1表記方法>業務分析の様式>イベントエンティティ表
http://www.soumu.go.jp/denshijiti/system_tebiki/hyouki/gyomu/2a-8-entity.html
IV.資料編3:事例集>新規事例:川口市>情報分析>基幹:住民情報
http://www.soumu.go.jp/denshijiti/system_tebiki/jirei/kawaguchi/jyoho/nisshi-KJ.html

 抽象化は、機能と情報を整理し、抽象名称でくくることにより、より効率的なシステム開発を可能にすることになる。これがなによりの“ご利益”である。次回は、情報体系整理図(UMLクラス図)について記載する。

清水氏写真 筆者紹介 清水惠子(しみず・けいこ)

みすず監査法人 シニアマネージャ。政府、地方公共団体の業務・システム最適化計画(EA)策定のガイドライン、研修教材作成、パイロットプロジェクト等の支援業務を中心に活動している。システム監査にも従事し、公認会計士協会の監査対応IT委員会専門委員、JPTECシステム監査基準検討委員会の委員。システム監査技術者、ITC、ISMS主任審査員を務める。