「行政改革」には暗いイメージがつきまとう。「不祥事をきっかけに労組と戦い、予算・人員の削減、あるいは公務員制度の改変を断行する」といった悲壮感も漂う。確かに「行革」は大変だ。企業のように「赤字即改革」という共通認識ができない。行政機関では改革の必要性を感じる人たちが少ないのだ。だから首長などの上からのリーダーシップに期待するしかないとも言われる。

 だが改革とは決して暗くつらいものだけではない。その典型が、福岡市役所が始めた「DNA運動」である。自治体の体質を遺伝子レベルから変えようという意図に基づく。Dは「できる、からはじめよう」、Nは「納得できる仕事をする」、Aは「遊び心を忘れずに」という語呂合わせでもある。

 DNA運動では第一線の現場の職員が仲間と一緒に身の回りの仕事のやり方を見直す。いろいろな案を出し合い、実際にやってみる。試行錯誤を重ねながら、いつの間にか職場に「日々是改善」の気風が根付き、チームワークで問題を解決する文化が根付く。

 具体事例を紹介しよう。福岡市役所のDNA運動の成功に刺激を受け、同種の運動「カイゼン甲子園」に取り組む大阪市役所の成功例だ。建設局の職員が作業現場に行く途中に放置自転車がある駅前通りがあった。放置自転車の解消は建設局の業務の一つだ。通勤通学の早朝を中心に撤去作業はしていた。だが、これに加え職員有志が市民の心に訴えていくために作業現場間の移動の際にもこまめに立ち寄り片づけを始めた。放置自転車を移動したり、斜め置きにするなど整理を徹底した。2005年10月から始め、毎日黙々と片付ける。やがて対象は当初の4駅から17駅へと拡大。2006年12月までに延べ27万台を整理し続けた。やがて市民も手伝い始める。そしてついに放置自転車が減りはじめた。とうとういくつかの駅で放置自転車がゼロになる日も出てくる。職員の笑顔の向こうに市民の笑顔が見える。感動の瞬間だ。駅前はきれいになった。それとともに職員のやる気や仕事の満足度も上がっていった。

■DNAどんたく--“お祭り”として年に一度の発表大会も

 この手法は、2000年、福岡市の経営管理委員会(現在は作業を終了し解散)で筆者の発案で始まった。着想は単純だった。当時私はマッキンゼーの経営コンサルタントで多くのクライアントの企業を訪問していた。どの会社も役員レベルの戦略は不備でも現場は改善活動にしっかり取り組んでいた。戦後間もないときから生産性本部や能率協会が普及させてきたTQC(トータル・クオリティ・コントロール)運動のおかげだった。米国生まれのこの運動が日本企業の発展に与えた影響は計り知れない。今ではTQCは中小企業にも広く普及し、多くの企業が「日々是改善」の掛け声のもと、現場発の改革に取り組んでいる。

 ところが役所にはTQCの慣習がなかった。疑問に思って調べてみる。するとどうやら行政改革は行革本部などの「上部機関」に言われしぶしぶやるものと信じきっていた。しかめっ面をして何円、何人が削減できるかを上から通告する。現場は疑心暗鬼でいやいや改善目標の数字を出す。だが上から言われた数字は実態に合わない。現場のやる気は失せる。かくして多くの自治体の行革は暗く、つらく、そして形骸化していた。

 しかし、現場の第一線の公務員と話をしてみると、個々人は極めてまじめで優秀で改善意欲が旺盛だった。アイディアもある。単にそれを発露する場所がないだけなのだ。そこで役所でもTQC運動をやればよいと考えた。当時の福岡市役所は大胆だった。「よくわからない…。ならばとにかくやって見よう」と実施を決断した。

 DNA運動では現場の第一線の職員が発案し、自ら工夫する。現場のことは現場が一番よく知っているからだ。現場を信じて任せれば「この仕事は無駄だが、こっちは強化」といった案がちゃんと出てくる。行政機関は企業と異なり競争にさらされない。だから一定量のトップダウンや外圧が不可欠だ。だが同時にボトムアップや内発的な運動も必要なのだ。そうでなければ改革は絶対に持続しない。

 福岡市役所のDNA運動のすばらしさはもう一つある。年に一度の発表大会である。これは「DNAどんたく」と呼ばれる。一種のお祭りで各職場が競い合って日頃の運動を市民や市長などの市役所幹部に披露する。民間から審査員も呼ぶ。そして優秀なチームを表彰する。当初は「行政改革は、やっていて当然」「表彰するほどのことはない」「お祭り騒ぎは不謹慎」といった批判もあった。だがやってみれば楽しい。次の活動への意欲も湧く。公務員だって人間だ。誉められればがんばるし、隣の部署に負けたくないとがんばるものだ。今では、福岡市役所といえば「DNAどんたく」と言われるほど全国的に著名な行事になった。

■全国に広がるDNA運動--明るい改革が各地に刺激

 福岡市のDNA運動は、今や全国に広がりつつある。根アカで明るい取り組み姿勢が、眉間にシワを寄せて深刻ぶるのが通例のお役所業界に極めて斬新な刺激を与えた。大阪市役所の「カイゼン甲子園」のほかにも、「ハマリバ収穫祭」(横浜市役所)、「なごやカップ」(名古屋市役所)、「元気の種コレクション」(札幌市役所)など多くの政令指定都市が真似ている。

 政令市以外でも、「はながさ☆ぐらんぷり」(山形市役所)、「ChaChaChaグランプリ」(富士市役所)、「きたかみPing!Pong!Pang!運動」(北上市役所)、「YAAるぞカップ」(尼崎市役所)など多数ある。さらに福井県庁など一部の県庁もやっている。およそ役所らしくないべたな語呂合わせの運動の名前を並べただけで、福岡市のDNA運動の「DNA(遺伝子)」が継承されていることがわかる。

 博多っ子はお祭りが大好きで明るい。福岡の風土で醸成された明るいDNA運動が全国の自治体の意識改革や風土改革に大きなインパクトを与えはじめている。

※ 全国の自治体の「改善運動」の優秀事例を集めた全国大会が近日、以下のとおり開催される。元祖の福岡市役所をはじめ、最近、大改革に取り組み注目されている大阪市役所など上記自治体の代表がすべて参加する。興味ある自治体の方は、是非参加されたい。

「☆ALL JAPAN☆ ―やまがた☆10(スタート)―」
日時:2007年2月7日(水)会場13:30 開始14:00 終了17:15
場所:山形県生涯学習センター『遊学館』ホール
問い合わせ先(事務局):山形市企画調整部企画調整課
http://www.city.yamagata.yamagata.jp/f/gyousei/kakuka/3_1_kikaku.html

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。