いかに優れた企画でも,顧客に伝わらなければ受注にはつながらない。企画書のフォーマット,提案内容の表現方法,提出方法は,顧客に応じて変える必要がある。ブランドと歴史が受注決定を後押しすることのない,企画一本勝負の小規模事業者なら,なおさらだ。

企画書と提出方法を,なぜカスタマイズしないのか?

 顧客に合わせた営業を行い,伝わりやすいプレゼンテーション方法を考えるのは,ごく当たり前のことだ。にもかかわらず,企画書はといえば,どんな案件にも寸分変わらぬフォーマットを使い,タイミングも考えずに提出してしまう。そんな,自ら受注の可能性を下げてしまうようなマネをしてはいないだろうか?

 企画とは,書類を提出して結果を待つだけの,一方通行の作業―――そう考えていたら大間違いだ。営業やプレゼン同様,「顧客とのコミュニケーション」である。

 企画書は,顧客から声がかかるまで預ける形となることが多い。その見方は,顧客に委ねられる。企画とは,その場にはいない顧客をイメージしながら行う営業であり,プレゼンテーションである。対面ではなく,企画書を仲立ちとしているところが違うだけだ。

 ところが,営業やプレゼンと違って,顧客と場や時間の共有をできないため,リアルタイムで反応を見ながら軌道修正しつつ,コミュニケーションを深めることはできない。そこで,企画書に対する顧客の反応を予測する必要がある。

 反応を予測するには,顧客のタイプを見極めなければならない。今回は,この方法と対応策を説明しよう。

 さいわい企画書作成時点で,最低限の資料はそろっている。会社案内や地域での活動情報,商品情報などから企業方針やトップの人となりを,メールや電話でのやり取りから担当者の性格や社内の状況をうかがり知ることはできるはずだ。SNSで業務以外のテーマについて話したり,近場の顧客の場合は,社外交流で非言語コミュニケーションを持つこともできるだろう。

 それらから顧客のタイプを把握し,企画書の見せ方(フォーマットと表現方法)をカスタマイズし,提出のタイミングを見計らえばいい。

顧客のタイプを知るための最重要ポイントは「時間認識の方法」

 顧客のタイプを知るための判断材料といえば,年代や居住地域や性格や経歴を思い浮かべる人も多いだろう。だが,それらよりも重要で確実なものがある。それは,時間のとらえ方,つまり一度にとらえる時間の長短のタイプだ。おおまかには,次の2点から判断できる。

(1) 一度に意識する時間の長さ
 事業であれ,Webサイトの運用であれ,何か一つのテーマについて判断を要求されるとき,一度に意識するスパンのことである。標準タイプの人は,1年~2年先(今期と来期)を意識する。そのうえで,1週間~1カ月以内に的をしぼって考え,一呼吸置いて行動に移す。
 短いタイプの人は,今日明日~長くても1年程度までを意識する。今この瞬間になすべきことを現実的に考えて即断即決で行動し,その結果を見て次の行動を決める(短期的視野の直感型)。
 長いタイプの人は,10年~100年以上先までを意識する。長期ビジョンを思い描いたうえで今何をすればその未来を実現できるかを考え,慎重に計画を練って行動する(長期的視野の予測型)。

 このスパンの長短は,企業方針や販売方針に色濃く反映されているので,容易に把握できるはずだ。

(2) 一度に集中する時間の長さ
 人にも,セッション(エンドユーザーの一連の行動)のタイムアウトの設定時間のようなものがあるようだ。説明を聞いたり,メールを読むとき,どの程度の時間を一区切りとして,有効期限が切れる(テーマから関心や集中が離れる)かである。この時間の長短は,メールや電話のやりとりに顕著に現れる。

 (1)「一度に意識する時間の長さ」の長短は企画書の見方に影響し,(2)「一度に集中する時間の長さ」の長短は企画書の文章の読み方に影響する。そして,筆者の知る限り,(1)も(2)も,長さは共通する傾向があるようだ。(1)の短い人は(2)も短く,(1)の長い人は(2)も長い。

 時間認識のタイプの異なる顧客に,同じような企画書を提出して,同じ反応が返ってくるはずがない。時間認識の短い人には,一目でわかるように工夫しなければ面倒くさがられる。逆に長い人には,簡潔であり過ぎると内容が薄いと思われる。

 この時間認識の長短を把握することが,企画書に目を通してもらうための工夫や,伝わりやすい表現につながる。

事業者のゴールデンルールが,顧客のゴールデンルールとは限らない。

 顧客のタイプだけでなく,自分自身(事業者側)についても振り返ってみよう。各々の時間認識の長さを表すと,図1のようになる。

図1●顧客と事業者の時間認識のタイプと,必要な歩み寄りの距離
図1●顧客と事業者の時間認識のタイプと,必要な歩み寄りの距離

 図1の上で,いま相対している顧客と,自分(事業者)の位置をポイントして,その距離を見てみてほしい。距離が近ければ,事業者自身が「こういう企画書なら見る気がするし,採用したい」と思う作成方法でかまわない。だが,距離が遠ければ,事業者側のゴールデンルールに基づいて作成すると逆効果となりかねない。

 とりわけ深刻な問題を引き起こすのは,顧客と事業者が逆のタイプの場合だ。

 流行に敏感でノリの軽い,時間認識の短いタイプのデザイン系の事業者が,時間認識の非常に長い,将来ビジョンを延々と語るような顧客に対し,ビジュアルに頼った企画書を提出すると,質問攻めにあうか内容がないと一刀両断される(あくまで例であり,デザイナー=短いタイプというわけではない)。

 逆に,システムの全体像をイメージして長期計画を立案するような,時間認識の長いタイプの技術系の事業者が,時間認識の非常に短い,いけいけどんどんの顧客に,自分のわかりやすい書き方で企画書を提出すると,半分も目を通してもらえない。

 皆さんは,時間認識は同じ人間だから違わないはずだ,自分の時間認識が標準だと,信じきっていないだろうか? 企画に理解が得られないとき,その原因が時間認識の差異にあっても,後天的な価値観にあると思い込んで強硬な説得による解決を試み,逆に問題を悪化させていないだろうか?

 筆者は,時間認識のタイプは,各々の人が生まれ持ったユニークな個性だと思う。この長短が人の言動を決定付けているのではないかと思っているほどだ。他者や外部からの働きかけによって変えにくい個性であるなら,事業者側が顧客のタイプを知って歩み寄り,対応策を考える以外に打つ手はない。

 なお,ここでいう顧客とは,企画の決定権を持つ人のことだ。もし,窓口担当者に企画の決定権がなく,トップがその正反対のタイプの場合は,担当者が企画書を読んで自分なりに消化してトップを説得する人かどうかを考えてみよう。担当者が素通りさせるのであれば,最初からトップのタイプを見極めたほうがいい。この判断も重要だ。

顧客のタイプに応じた,企画書の見せ方

 顧客のタイプがわかったら,企画書のフォーマットや表現方法を,どのように工夫すればよいだろうか。

時間認識方法が標準タイプの顧客

 顧客の企画書の見方:「基本の企画書」の中の,重要だと思われるもの(タイトルやコピーや太字部分)などに目を通し,アウトラインを把握する。その後,1ページ目から斜め読みし,気になる箇所をチェックする。その後,別添書類にもザッと目を通す。

 適したフォーマット:「基本の企画書」は,10ページまでのワープロ文書。字数行数は規定値でよい。書体やサイズでメリハリを付ける。あふれた内容は,別添書類に回し,その旨を「基本の企画書」内に明記する(連載13回参照)。

 適した表現方法:1文は短く,接続詞や副詞や形容詞を省いて,簡潔にまとめる。数行ごとに改行を入れて読みやすくする。

時間認識方法が短いタイプの顧客

 企画書の見方:全体を把握するよりも先に,自分の関心事を一目散に見たり,真っ先に結果の数値(期待効果)を確認する。「基本の企画書」をパラパラとめくって,事業者側の提案の重要度にかかわらず,「顧客自身が」重要だと思われる項をチェックする。極端に短い人の場合は,見終わる前に,気になる個所を片端から電話で問い合わせてくることがあるので,臨戦態勢をとっておく。

 適したフォーマット:「基本の企画書」は最長5ページまでで,1ページに詰め込まない。大幅に内容があふれることになるので,「企画の詳細」で詳説する(ただし,詳細説明まで読んでもらうことを期待しない)。企画の裏付けや根拠への理解を求めず,関心を持っていただくことだけを心がければ,トントン拍子で話が進み,制作の1から10までを一任されることもある。

 表現方法:頭括式。このタイプの人に,尾括式はNG。伝えたいことや結論だけをズバリと書く。短文の箇条書きを多用する。「基本の企画書」の中に,裏付けを書くのもNG。極端に短い人では,各項目の内容が別個に解釈されることがあるので,一段落を書くごとに,一度頭の中を初期化する気持ちで文章を書くとよい。

時間認識方法が長いタイプの顧客

 企画書の見方:企画書と添付書類の全ページに目を通し,一度,自分の頭の中のメモリに,アウトラインを蓄積する。その後,メモリに展開した企画内容データを反芻して,特に関心を持った部分について,再度目を通し,細かく検討を始める。

 適したフォーマット:どの書類も,目次を作って,構造化する。裏付けや根拠となる情報は,資料として添付するよりも,「基本の企画書」内に挿入する。簡潔に書き過ぎると,説明不足だと受け取られるので,ページ数が多くなってもかまわない。このタイプの人は,内容だけを評価する傾向があるので,さほど体裁に凝る必要はない。

 表現方法:長文の尾括式。提案の根拠を順序立てて詳しく説明し,最後に結論を書く。頭括式で結論だけ先に書いて,説明を添付の書類にまわすなどして端折ってしまうと,提案の根拠を顧客自身が考え始めてしまいかねない。顧客にWebの知識がなければ,誤った解釈をされてトラブルのもとになるので要注意。内容の不整合や,あいまいな表現があると,不信感を持たれてしまうので校正は念入りに。

メール本文から,顧客の時間認識のタイプを把握する。

 SOHOの事業者の場合,顧客と面識のないまま企画書を作成することも多い。顧客のタイプを判断する材料は,電話やメールしかない。この9年,膨大なメールを書いてきている筆者の経験では,メール本文の長短と時間認識タイプの長短は比例しない。発信側のメールの書き方によっても反応は異なるので,これが100%あたるとは限らないが,参考になるかもしれないので挙げておこう。

標準タイプ,あるいは多少長短があっても標準域

 企画前のやりとりにおけるメールでは,10~20行の本文が数行ごとに区切られ,数行の定型のシグネチャが付き,10通も交換すれば,定型シグネチャなしの所属と名前だけでピンポンになるケースが多い。これが最も標準的なタイプだと思う。

 メール本文は短くても,同じサブジェクトのままのラリーが続いたり,おわびのような文句が混じる場合は,単に多忙なだけで標準タイプ。長文でも,重複が多い場合は,単に書き慣れていないだけで標準タイプ。

時間認識の短いタイプ

 長文でも,短いタイプのことがある。1~2行ごとに区切られている場合。文章構成がフラットで,各段落の内容に優先順位がない場合。初回から垣根がなく極めて取っ付きやすい印象を受ける場合。急がない用件でも1時間以内に再確認のメールが届く場合。

時間認識の長いタイプ

 長文で,構造化されていない場合は,自分が長いタイプだと気づいていない人。構造化されており,個条書きを多用するのは,自分のタイプに気づいている人(ちなみに筆者はこのタイプ)。文章が短くて簡潔でも,構造化されている場合は,長いタイプ。作文能力の高い標準域の人なら,簡潔でも構造化を意識せず,サラリと書いている。

顧客のタイプに合わせて,企画書提出のタイミングを見計らう

 顧客の時間認識のタイプによっては,企画書提出のタイミングも重要だ。

 短いタイプの顧客には,まず声をかけ,内容はどうであれ簡単な企画書を提出し,段階を追って企画の内容を充実させていく方法をとることも可能だ。ただし,複数の企画書を提出すると収拾がつかなくなるので,ファイル名に日付や連番を含ませておくとよい。

 事業者側が短いタイプの場合,顧客のタイプにかかわらず,企画が固まらないうちから,書類を作成して提出しがちになるが,これは一呼吸おいたほうがよい。顧客側が長いタイプだったり,標準タイプでも多忙であると,生煮えの企画を打診する姿勢は逆効果にしかならない。何度目かに内容の濃い企画書を提出しても,「どのみち内容の薄いものを,また提出してきたのだろう」と目に留めてもらえなくなる恐れがあるからだ。

 確実に伝わる表現で書かれた企画書が,適切な時期に,適切な方法で提出されたなら,顧客の机の上で他の書類に埋もれたり,社内回覧されただけで終わらず,真剣な議論のテーブルに乗せてもらう確率は上がるだろう。また,初期段階でのやりとりにおける無用なトラブルが減り,受注率も向上するのではないだろうか。

 なお,今回取り上げた,時間認識のタイプを知って対応する方法は,顧客に対する企画提案作業にとどまらず,その後の制作や開発実務におけるコミュニケーション―――プロジェクト内のコラボレーションや外注先との折衝―――にも有効だ。

 小規模事業者の知人たちの話を聞くと,経営陣とのタイプの違いから,経営方針についていけず,独立を決めたケースが少なからずある。また,長いタイプの事業者が,極端に時間認識の短い顧客の朝令暮改(=度重なる仕様変更)に逐次対応し過ぎて,身動きがとれなくなることもある。

 人付き合いで悩んだとき,相手のタイプが生来の時間認識に基づくと納得できれば,ストレスが多少は軽減でき,対応策が見つかることもあるのではないだろうか。企画書提出後の折衝で何かトラブルが生じたら,本稿のことを思い出してみてほしい。