写真 サムスン電子のMP3プレーヤ型携帯電話。「2007 International CES」で撮影。韓国メーカーは競争力のある端末を開発している
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 2004年に韓国を旅行したときのことだ。ソウル市内の南大門市場(日本で言えば上野のアメ横のような街)で韓国海苔を買ったら,店のお婆さんが,会員カードを作ってあげるから用紙に名前と住所を書きなさいと,流暢な日本語で言ってくる。別にカードは欲しくなかったが,その場の流れで書いて差し出すと,「メール・アドレスも書きなさい」という。正確には覚えていないが,割引情報などをメールで送ってくれるようなことを言っていた。

 それにしても地場のお店のお婆さんがメール・アドレスを聞いてくるとは。瑣末なエピソードだが,「韓国がIT立国というのは本当なのだな」と,その時筆者は実感した。

 昨年12月の「ITU TELECOM WORLD 2006」や,この1月開催の「2007 International CES」でも,韓国企業は目立つ存在だった。IT立国としての存在感を世界に対して見せつけていたと思う。

日本と韓国はガラパゴスだが・・・

 日本と韓国は有線,モバイルともに世界最高レベルのブロードバンド・インフラを持つ点で共通している。さらに,携帯電話の通信方式で世界標準の「GSM」を採用しなかった点も同じだ。つまり,日韓は米アップルの「iPhone」が使えない国だ。ガラパゴス諸島のように独自の進化を遂げてしまったのが日本と韓国の携帯電話産業である。

 インフラの先進性は似通った両国。だが,インフラにつなぐ端末や,インフラ上のサービスでは大きな差が付いてしまったと思う。一言で言うと,韓国は世界市場で通用する携帯電話端末やネットのサービスで成功。一方,日本はこれに失敗した。

 既に有名な話だが,サムスン電子は携帯電話の世界シェアが12.5%で3位(数字は2006年第3四半期のもの。出典元:米調査会社アイサプライ),LG電子は6.7%で5位(同)だ。一方,日本勢はソニー・エリクソンが8.1%で4位(同)に着けているが,同社は“純日本メーカー”ではない。NECやシャープといった純日本勢は,もはや世界シェアの統計にも出てこないくらいで,各社ともわずか0.5~1.5%程度のシェアだと思われる。

 時々,「日本はGSMを採用しなかったから,日本メーカーは世界でシェアを取れなくなった」との発言を耳にする。しかし,前述のように韓国もGSMではないが,韓国メーカーはGSM端末で成功している。GSMではなかったことが,世界市場で失敗した決定的要因とは言い難い。

 携帯電話メーカーだけではなく,韓国では通信事業者(キャリア)も自国での成功をもとに,海外進出している。韓国最大の携帯キャリア,SKテレコムは米国へ進出(関連記事)。固定通信最大手のコリアテレコム(KT)も海外進出に積極的だ。KTが高速無線通信技術「モバイルWiMAX」(韓国名は「WiBro」)を世界に先駆けて商用化したのも,世界市場を睨んでのことだと言われている。

 韓国の通信産業の話になると,頻繁に耳にするのが「テストベッド」(試験環境)という言葉だ。すなわち,モバイルWiMAXのように自国市場で技術を試し,成功したら世界市場へ持ってゆく。これが韓国企業の戦略である。極論すれば,韓国市場は小さいので,始めからモルモットと考えている節もある。

海外へ出る韓国のネット企業

 インターネットのサービスも海外進出に成功しつつある。SNSの「サイワールド」は,日本,台湾,中国,米国へ進出を果たした。オンライン・ゲーム・コミュニティ「ハンゲーム」は日本でも大成功し,Alexaのトラフィック・ランキングで36位(日本国内)に着けている(1月中旬時点)。

 一方,日本のネット・サービスはどうであろうか。オンライン・ゲームや携帯コンテンツ系では,中国などへ進出している企業が何社かある。しかし,サイワールドやハンゲームのように独自のサービス・モデルを作って,それらを海外へ輸出できている企業は見当たらないように思える。

 もっとも韓国の場合,国民総背番号制なのでユーザー認証と課金が日本よりも簡単なこと,ゲームは海賊版が氾濫するのでオンライン・ゲームでしかビジネスが成り立たなかったこと(よって韓国のゲーム企業はオンライン・ゲームに注力するしかない),つい最近まで著作権意識が低かったので音楽や動画の不法アップロードとダウンロードが蔓延し,裏返せばそれだけインターネットが魅力的だったことなど,ネット・サービスを後押しする“特殊事情”があったのも事実ではある。

国家戦略の差?

 日韓の国力の差を考えれば,総合的な技術力は間違いなく日本の方が高いはずだ。にもかかわらず,端末や上位レイヤーのサービスで韓国は成功し,日本は不調である。その理由は何だろうか。

 筆者は,国家戦略の差が一つの大きな原因だと思う。


写真 ソウル市にある韓国・情報通信部。MICはMinistry of Information and Communicationの略。2004年撮影
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 例えば日本では最近,「情報通信省」の創設構想が再燃している。しかし,同構想はこれまで何度も立ち消えになっており,今回も実現できるかどうか定かではない。国内のIT産業を本気で活性化させたいのであれば,情報通信省はあってしかるべきだと筆者は思う。

 一方,韓国が「情報通信部」を作ったのは1994年である。携帯電話やインターネットが本格的に普及し始める直前で,実にタイムリーだったと言える。その後,1997年に韓国経済は一度破綻するのだが,結果的にそれは韓国企業の変革を促すことになった。

 ちなみに韓国の前情報通信部長官は陳大済(チン・デジェ)氏で,IBMの研究員などを経てサムスン電子の社長を務めたITのプロ中のプロ。国家戦略の舵を切るトップの人材で日韓では大きな差があったと言わざるを得ない。