矢野経済研究所 エンタープライズ事業部・上級研究員兼事業部長 赤城 知子 氏 赤城 知子 氏

矢野経済研究所 エンタープライズ事業部・上級研究員兼事業部長
半導体・電子デバイス市場担当を経て1998年より主に企業向けITソリューションとアプリケーションパッケージ市場の動向分析と予測を担当。

 長らく製造業においてIT投資の目的は,主に財務会計や人事管理といった「ホワイトカラーのコストカット」にかかわるものだった。コアコンピタンスな業務である生産への大がかりなIT投資を継続する体力が無かったため,コストカットによる利益重視のIT投資が中心となってきた。

 度重なる会計制度の改定などが,ERP(統合基幹業務システム)を中心とした会計ソリューションの市場拡大へとつながった。一方,ERPと同じような導入効果を実現するのが難しかったという面もあり,企業のビジネスに直結する生産や販売といったシステムについては,レガシーなシステムを使い続ける企業が大半だった。

 製造業の根幹をなすものは製品そのものであり,製品開発をはじめとする「ものづくり」が企業の生命線である。そこにITを取り込むことによって,いかにものづくりの革新を進めるのか? 日本の製造業がその明確な答えを見つけることは難しかったのだ。

 しかし昨今ようやく,ものづくりにおけるITの応用が注目されるようになった。

 これまで日本型のものづくりでは,現場におけるたゆまぬ改善を基本にした品質や歩留まりの高さが強さの原動力だった。しかし,現場における熟練労働者の“勘”に頼った生産ノウハウは,2007年以降継続的に発生する「団塊世代の定年」問題の中,危機にさらされている。なぜならば,そのような熟練労働者の鋭い“勘”を次世代へと継承していくことは難しいからである。

 そのような危機感の高まりに加え,企業業績の好調という追い風もあり,新たな日本型ものづくりを模索すべくIT投資も活発化しているわけだ。そして今,「日本型ものづくりにITを」と言われる理由は,製造現場におけるITの導入の遅れが,日本の製造業におけるビジネススピードを遅くしていたからでもある。従って,「ものづくりにITを応用する目的」は,マーケットニーズに対応した製品を,高品質かつジャストインタイムで生産し,不要な在庫を抱えず,効率の良い物流システムによって顧客の下に,安全かつスピーディに届けることである。

 具体的には,エンジニアリング系とエンタープライズ系の情報(データ)を統合しようというニーズが顕著である。CAD/CAM/CAEによって設計が行われ,必要な部品が部品表(BOM)という形でPDM(製品ライフサイクル管理)に提供され管理される。この情報がERPやSCM(サプライチェーン・マネジメント)と連携することで,生産管理系のシステムに提供されれば,大きな効果を上げることは明らかだ。

 エンジニアリング系とエンタープライズ系の情報(データ)統合の障壁は高いが,今はSOA(サービス指向アーキテクチャ)がある。SOAによって複数の既存システムや,社内外の各部門にまたがる情報を“一つのプロセス”として統合管理することが可能である。

 しかし,エンジニアリング系とエンタープライズ系の統合を実現していくスキルのあるコンサルタントやSEが不足している。実はこの問題が,日本の製造業においてITの導入が遅れたもう一つの理由である。ユーザー企業,ソリューションプロバイダを問わず,そうしたシステム統合を実現できる人材の育成が不可欠である。