このところ顧問先企業から,金型に関する問い合わせをいくつか受けました。金型に関するノウハウは,ニッポン製造業発展の根幹をなす,といわれほど重要です。

 いま,あなたが使っているパソコンなどの「ハコモノ」はすべて,金型で作られています。金型があるからこそ,ITはその中に納まることができるのです。ところが,金型はそれほど重要な地位を占めながら,その会計処理は意外と杜撰(ずさん)です。ITがどんなに進化しようとも,その「ヘルプ機能」に,金型費の会計処理に関する解説が盛り込まれることはないでしょう。どこの企業も,手探り状態で対処しているようです。

「そうですねぇ,最初に悩むのは,金型を作ったときの,その製作価額をいくらにするかですね」
それは「自家建設」の問題ですから,原価計算システムがきちんと運用されていれば,製作価額など瞬時に求められます。ちょっと悩むのは,借入金の利子をどう扱うかでしょう。

「製作価額よりも難しいのは,金型費をどうやって製品に負担させるか,ですよね?」
確かに,金型費(金型に係る減価償却費)の扱いは難しいです。

 法人税法の耐用年数省令によると,プレス用などの金型の耐用年数は2年で減価償却することになっています。この「2年」というのがなかなかの曲者で,いろんな問題をはらんでいます。

「建物や機械装置の減価償却費は,各製品に共通する費用として負担させてもいいと思うんです。しかし,金型費までも共通費とするのは,ちょっと……」
金型費を,金型を使った製品ごとに個別に負担させたいわけですね。
「おまけに当社では,下請業者に当社の金型を貸与しているので,下請業者からあがってくる外注費に,当社の金型費を個別に負担させたいんですよ」
なるほど,社内で発生する材料費に金型費を個別負担させるだけでなく,第三者(下請業者)の外注費にまで金型費を個別負担させたいわけですか。

 確かに,材料費などは,キャッシュ・アウト(現金流出)という証拠があるので,材料費そのものを製品ごと個別に負担させることが可能です。ところが,金型費の本質は,減価償却費です。減価償却費というのはキャッシュ・アウトを伴わず,費用配分の原則に従って粛々(しゅくしゅく)と費用化されるもの。本来,製品ごとに個別に負担させる,といったことに馴染まない。

「タカダ先生,ずいぶんと難しい専門用語が飛び出しますねぇ」
そりゃあ,そうですよ。この問題は,個別負担,共通費用,減価償却費,キャッシュ・アウト,費用配分の原則,といったことを,さらさらと理解していなければ,仕訳の1行も思い浮かべることができません。システム投資に何億円をかけようと,それを利用する者に簿記初級のチカラさえなければ,ITもただのハコモノです。

 筆者も,自家製の原価計算システム「原価計算工房」に金型費のプログラミングを実装する際は,半日ほど悩んだことがありました。それほどまでに難しい。特に面食らったのが,貸方原価差額の調整問題でした。金型費を製品ごとに個別に負担させようとすると,間違いなく原価差額が貸方に発生します。

 これについては,どこかに何かがあったな,と記憶を辿(たど)っていたら,法人税基本通達に行き当たりました(注1)。もちろん,通常は原則論に拠っていれば問題は起きませんが,こういう通達もあるのだな,ということを知っておいて損はないでしょう。

 それから,中小の下請けメーカーでは,製品在庫よりも,金型在庫で溢(あふ)れかえっている場合があります。そこで問題になるのが,金型の有姿除却です。
 2年という耐用年数からすれば,有姿除却に悩むことなく減価償却を終えるはずだ,というのは素人の発想。IT産業向けの専用金型は,その寿命が半年もありません。たった半年で,製作価額に相当する資金を回収できるかどうかは,はなはだ疑問です。
 しかも,元請けメーカーの要望に応えるために,耐用年数をはるかに超える期間にわたって,「一度は死んだ」金型を,ずっと抱えざるを得ないのです。防錆のためのメンテナンスたるや,死んだ子供の年を数えるがごとく哀れな作業です。

 製品であれ金型であれ,在庫は確実に企業の資金繰りを圧迫させます。ということで,話は第10回コラム「企業はなぜ,在庫をもつのか」のフリダシに戻るのでした。膨大な金型在庫を前に,会社の従業員と一緒になって,筆者はタメ息をつくばかりです。夜ごと,金型が嗚咽(おえつ)を漏らしているようで。

(注1)法人税基本通達5-3-9(抜粋要約)「貸方原価差額の申告調整/棚卸資産につき算定した取得価額を超える差額のうち,損金の額に算入されないため自己否認した金額については,申告書においてその調整を行うことができる」


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/