海外の大手を含めた18グループが参加した国際入札を経て、東京証券取引所が次世代売買システムの開発ベンダーに富士通を選ぶ際には、同社が現行システムを手掛けており、業務面のノウハウを持っていたことがプラスに作用したとされる。稼働予定の2009年11月までに残された時間は3年を切っているからだ。

 しかし、最大の選定理由は、これまでにない高いレベルで高速性や信頼性、拡張性を実現する新技術と、このプロジェクトにかける富士通の強い意気込みにあった。集中連載「東証システム、全面刷新の真相」の締めくくりとして、社運を賭けた富士通の挑戦の実像を明らかにする。

1000ページを超す提案書

 「我々の提案書は1000ページを超えていた」。富士通の広西光一 金融ソリューションビジネスグループ長は東証の入札に対する取り組みをこう明かす。東証がベンダー各社に渡したRFP(提案依頼書)と業務仕様書は合わせて1500ページを超えていた。この詳細なRFPに富士通は丁寧に応えていったのである。

 富士通が提案書に盛り込んだ技術も意欲的だった。これまでの連載で紹介したように、売買注文を突き合わせる「板」と業務アプリケーションをすべてメモリーに展開。メモリー上ですべての注文を処理するアーキテクチャを採用した。システムがダウンしてもメモリー上のデータが消失しないよう、「ノード」と呼ぶ論理区画を3重化し、本番系ノードのメモリー上で更新処理が発生する都度、待機系ノードのメモリーに差分データを送る「同期処理」を実現する。

 メモリーの同期には、更新状況の監視や同期処理の実行、異常時の切り替え制御などの機能が必要になる。富士通は、「これらの機能を備えた汎用ミドルウエアを新規開発する」と東証にコミットした。

 ただ、現時点でメモリーの同期を実現するミドルウエアは存在しない。裏を返せば、富士通は遅くとも次世代システムの検収が始まる2009年1月までに、そのようなミドルウエアを完成させなければならないのだ。

脱メインフレームに本格挑戦

 富士通がリスクを覚悟の上でミドルウエアの新規開発を東証に確約したのは、このミドルウエアをテコに、PRIMEQUESTを信頼性の面でメインフレームを上回る動作プラットフォームに仕上げたいと考えたからだ。

 富士通のハイエンド・サーバー戦略は、PRIMEQUESTのほかに、社会インフラ系システムには信頼性重視でメインフレーム、一般的な基幹系システムにはSolarisを搭載したUNIXサーバー「PRIMEPOWER」と、大きく三つに分散してしまっている。開発資源を集中できない悩みを抱えているわけだ。その大きな要因の一つが、信頼性の面でメインフレームを上回る動作プラットフォームが存在しなかったことなのである。

 PRIMEQUESTで99.999%の信頼性を超える動作プラットフォームを実現でき、さらに東証で稼働実績を作れば、銀行の勘定系などメインフレームで動作する社会インフラ系システムを片っ端からPRIMEQUESTに置き換えられる可能性が出てくる。他社製メインフレームで動くレガシー・システムのリプレースはもちろん、日本IBM製メインフレーム「System z9」と競合しても十分に張り合える。

 東証の次世代売買システムへの投資額は300億円。大型案件ではあるが、メガバンクの基幹システムを手掛ける富士通にしてみれば、最大の案件という訳ではない。この案件の受注に富士通がこれほどの勢力を傾けた理由は、脱メインフレームの戦略に合致するからである。

位置づけは社長直轄プロジェクト

 富士通は2007年1月21日、東証の次世代システム専門の開発組織「東証事業部」とプロジェクト管理に特化した「特定プロジェクトリスク管理室」を新設した。黒川博昭社長の直轄プロジェクトに位置付けたのである。東証事業部の部長には、地銀向け勘定系パッケージ「PROBANK」の事業責任者だった阿南幸二氏を任命。金融部門とPRIMEQUESTの開発部隊を中心に、全社一丸となってプロジェクトを推進していく。

 東証の次世代売買システム開発プロジェクトが、脱メインフレームを象徴する案件になるのは間違いない。