情報システム問題を相次いで起こした東京証券取引所。東証批判の声が高まる中、西室泰三社長兼会長(CEO:最高経営責任者)は「世界の取引所と競争できる事業モデルと情報システムを整備するため、事業とITが分かる経営チームを結成する」と強調する。新方針を担える人材はいるのだろうか。西室CEOは「世界と闘うという自負心を社員に持ってもらえば問題ない」と言い切る。

相次ぐトラブルをどう考えますか。

西室 泰三氏

 2005年11月1日に株式取引システムを3時間止めたこと、12月8日にみずほ証券の誤発注を取り消せなかったこと、これら2点については大変申し訳なかったと思っています。東証が今まで築いてきた情報システム、そしてその運用について手落ちがあったことを認めざるを得ません。真摯に受け止め、改めるべきことは早急に改めます。システムのキャパシティも運用も、喫緊の課題です。ただしパッチワークで終えるつもりはない。「世界の中における東証」という観点から、ビジネスモデルと情報システムを描き直します。

 世界の金融マーケットはITとともに進歩しており、世界規模でコミュニケーションがとれるようになっている。その中にあって、日本にある取引所に問題があったら、主な取引は日本の中で行われず、いわゆるジャパンパッシング(日本素通り)が起こりかねない。本当にそうなったら、回復不可能です。日本の金融業はもちろん、産業界全体に悪影響が及びます。そうならないために、東証を抜本的に見直そうとしているのです。

見直しには取引業務とITの両方が分かる人材が必須ですが、いますか。

 社内を見わたしてみて、業務とITが両方分かる人がいないのは事実です。しかし、一人ひとりの能力レベルは高いし、得意分野についてはスキルを持っている。一人では無理だが、個々の社員が結集すれば、ビジネスとITの両方に強いチームを組めるはずです。

 ITについては強力な人材を社外から入れます。2006年2月に鈴木(義伯)さんをCIO(最高情報責任者)として招きましたが、鈴木さん一人で巨大システムの上から下まで把握することは無理。そこでNTTデータから2人、非常に優秀な技術者を送ってもらいました。日立製作所、富士通、それに東芝からも技術者を集めます。次世代システムを検討するにあたって、先進的なITや大規模システムに詳しい技術者は欠かせません。鈴木CIOを中心に、新チームを編成します。

 さらに社内で次世代システムの検討要員を公募します。システムを通じて東証の将来を背負いたいと考えている人は少なからずいるのです。システムの仕事が好きで、資格まで持っているのに、たまたま今はシステムと関係ない仕事に就いている。できるならシステムの仕事に戻りたい。こうした人を集結させます。

西室 泰三氏

 ITに強いメンバーを業務の専門家に合体させたら、後はそれぞれの社員が力を存分に発揮できるように、チームをまとめて引っ張っていく。これが東証経営陣の最大の仕事です。

社内だけで世界と闘う事業モデルを作れますか。

 正直、オールジャパンでサポートしていただかないとできないでしょう。大変ありがたいことに、証券取引所の経営改革を議論する有識者懇談会を与謝野馨経済財政・金融担当大臣に設けていただきました。日本社会にとって、どのような取引所であるべきか、忌たんのないご意見をいただきたい。東証のお客様である証券会社、さらに投資家の方々からのご意見も聞いていきます。ただ、あらゆる意見を盛り込んだシステムは作れませんから、有識者懇談会で社会的なコンセンサスをまとめていただければと期待しています。

社員は自信を持っていい

社員はどう思っているのでしょう。

 今、全社員と対話する取り組みをしています。東証のどのような立場の社員がどんな不満を持っているのか、直に聞いてみないと分からないからです。数回に分けて私が直接、社員と会っています。一巡したら終わりではなく、続けていきたい。部長や課長だけではなく、社員全員が東証をどうしていくかを考えてくれないと、信頼を取り戻せないと思っています。

 正直にお話すると、現場にはフラストレーションがたまっています。一連のシステム問題で、昨年末に取締役が3人辞めました。マスメディアから徹底的にたたかれた。このままでは、東証はまったく意味のない組織になってしまう。そうなったら東証だけでなく、日本の金融経済システムそのものが劣後しかねない。その危機感は現場にもあります。

 システム問題で東証に非があるのは事実です。しかし、複雑なシステムを現場でしっかり運用してきた社員と技術者がいることも事実です。それなのに一部の報道では、東証はどうにもならない組織だ、何をやっているか分からない、コンピュータはいい加減だ、といった具合に批判されている。

 2005年8月から現在に至るまで、東証は、かつて経験したことがない取引量の急増に直面し、それを乗り切ってきました。あえて言わせていただくと、我々が持っている情報システムの力であり、東証社員と関係各社の社員や技術者の努力ゆえのことです。今はまったく評価されないかもしれないけれど、一人ひとりが担当業務をしっかりこなしていること自体が大事なわけです。

無責任な批判には負けぬ

 だから無責任な批判にひるむわけにはいかない。世界で類を見ない難しいシステムを維持してきた社員や技術者の血と涙と努力を忘れてはならないと肝に銘じています。現場を支えている社員と技術者にはいくら感謝してもしきれないぐらいです。

 ですから、社員と対話する集会のたびに私は「誇りを持て、無責任な報道を見聞きしたら悔しいと思え」と言っています。東証は国際競争の中でし烈な戦いをしているという意識を東証のメンバー全員に持ってもらいたい。常に世界に目を向けながら、東証の位置付けをできる限り正確な知識に基づいて評価する。その上で、日本を背負っているんだという自負心を持ってほしい。

報道に不満をお持ちですね。

 我々の責任を認識しているともう一度確認した上で、2点言わせていただきたい。2006年1月18日、約定件数の急増に伴い、システムを計画的に止めたのは、システム障害などではなく、私の経営判断です。今でも、これは間違っていなかったと思っています。システム性能増強のスピードが、取引増加のスピードに追いつけなかったと言われれば、それは我々の見込みの甘さであり、失態と言われればそうかもしれません。

 ですが、我々の使命は、市場を安定的に運営することです。コンピュータのキャパシティから考えれば、最も市場を安定的に運用し、かつ市場の信頼性を損なわないためには、警告の時間を確保した上で、市場を閉鎖する以外に解決策がなかった。市場の安定運用と信頼性確保の観点からすれば正しい判断だった。これは何度でも言います。

図●東証が2004年1月16日にWebサイトで公表した警告文
図●東証が2004年1月16日にWebサイトで公表した警告文
大幅な株式分割があった銘柄に関して、新株券が発行されるまで価格が一時的に上がる点に注意を促した

 もう1点、株式の大量分割について東証は何もしなかった、不作為だ、と批判されている。事実誤認です。2004年1月にライブドアが100分割をしました。その時、東証は1月16日付で通知を二つ出しています。一つは証券会社向けで、大量分割は市場の混乱を招くので望ましくない、こういう分割は扱わないようにしていただきたいというもの。もう一つは投資家向けで、Webサイトで通知しました。大量分割があると一時的に株価が上がりますが、その株価は下がります。したがって、大量分割した株を買うときはご注意くださいという意味のものです。

 2004年1月に通知を出した時、マスメディアは何も報じなかった。そのマスメディアが不作為ではなく、問題を指摘していた東証が不作為という非難は、絶対に受け入れられません。

(聞き手 大和田 尚孝=日経コンピュータ

西室 泰三(にしむろ・たいぞう)
1935年生まれ。61年慶應義塾大学経済学部卒業、東京芝浦電気(現東芝)入社。電子部品国際事業部長、半導体営業統括部長、海外事業推進部長を歴任し、92年に取締役(東芝アメリカ社副会長)。96年代表取締役社長。代表取締役会長、取締役会長を経て2005年相談役。同年、東京証券取引所取締役会長に就任。05年12月から現職。