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■情報にとってデザインという要素は必要か

SWD編集部 今年皆さんの印象に残ったコンテンツや現象などはありますか?

黒葛原 「Google Earth」は面白かったなあ。あれは凄かった・・。

岩城 「Google Map」のAPIが広く利用されたことも印象的ですね。なにせタダですし。

森田 高い地図の使用権まで払ってくれて。でも地図の業者は困ったでしょうね。持っているコンテンツだけではもう使い物にならないわけですから。位置情報に様々なサービスが追加されて初めて売り物になる時代になりました。
 しかしながらGoogle Mapを使って会社の場所を説明するのはどうかと思いますね。説明用の地図としてはあまり分かりやすくないですよ。企業サイトでは是非とも徒歩で来る人のために単純で分かりやすい地図を別途用意して欲しいですね。

SWD編集部 RSS技術についてはどのような感想をお持ちですか?

森田 今のところ情報取得の方法としてちゃんと機能しているように思えますが、RSSは文字要素だけを拾い上げる技術ですから、コンテンツのレイアウトを反映しないですよね。ビジュアルデザインに対する工夫が削がれてしまう。ユーザーが今後あの技術にますます頼ったらどうしようかなと思います。この先文字情報にとってデザインという要素がいらなくなることにもなりかねませんよ。

岩城 仕組みに合わせて新しい内容が考え出されるかもしれません。

黒葛原 Internet Explorer7はRSSの読み込みに標準対応しますしね。今後重視されることは間違いないでしょう。またコンテンツの拡大機能などもありますから、ユーザーによる閲覧状況の変化を見越したデザイン方法なども模索されるべきでしょう。

森田 今やデジタルコンテンツのデザインの経験しかないというデザイナーも珍しくない状況で、「デザインの基本」という概念にも変化が見られます。

黒葛原 私はメディアの違いに関わらず、視覚デザインすべてに通じる基礎については制作側の誰もが理解しておくべきだと思っています。

岩城 でも幅広い教育の機会は少ないですよね。デジタルの現場では印刷物を作る機会もないですし。

森田 確かに共通の基礎は必要ですが、デジタルの現場には勉強に充てる時間はないです。学校ではソフトウエアを習得しているだけという。

岩城 先生のほうにもデザインの基礎はなくて、ツールの使い方専門という現状もあると聞きます。細かい文字間の調整作業などがデザインには必要だという概念もない。その辺にギャップを感じます。

森田 技術論から離れますが、デザイン会社にとってデザインは結局「人」から醸成される要素だと考えます。デザイナーもそうですが、彼らを指揮する上の人間はいつでもキーマンであり、プレーヤーであることが求められる。デザイン的な基礎もそうですが、加えて誰よりも技術に詳しく、またビジネス的にも広い見識を持たなければならない。厳しいですが、頼れる人でなければ(社内的にも社外的にも)人はついてきませんね。

岩城 一度現場から離れるとすぐに技術の進化について行けなくなりますしね。

■広報はWeb担当部署ではない

黒葛原 最近は上場している企業でWeb戦略の専任部署、独立組織を設けている会社も増えてきましたね。

森田 それがちゃんと機能するには条件があります。広報が中心でやっている会社はうまくサイトが運営できない傾向がある。経営企画室など、できるだけ経営陣に近い部署が仕切るのが望ましい。

岩城 そもそも広報や宣伝部という部の切り方自体、Webが無かった頃の組織形態です。それに押し込めるのは無理があります。

森田 コーポレートサイト構築に当たっては「経営」という営みを理解したうえで「組織の横串を見通す目線」を持ち、企業内の情報を捉えなければなりません。

黒葛原 会社の規模や目的にもよりますけど。世の中は変わってしまって、企業のあり方にかかわらずサイトがすでにそういうものであると見なされていますよ。

岩城 部署ごとにコンテンツを用意している企業にありがちですが、フタを空けてみれば文章表現もなにもすべてバラバラになっている。でも1ユーザーとしてみれば組織が一体化していないのかな?この部署とこの部署は仲が悪いのかな?というふうに見えてしまう。

森田 とはいえ日本の会社はそうした「横串の目線」は本来持っていなかったりします。そこへそういう視点を外から持ち込んで「効果的な情報公開」を手助けしましょうというのが本来のサイトデザイン会社の使命ですね。デザインする側がそこまで見越していない場合もありますが。

黒葛原 企業側がまだまだWeb活用の方向性を明確に見据えていないということは言えると思いますが、試行錯誤の連続しかないでしょうね。技術の進化の中でそれをどう使いこなして、取り入れていくか。考え続けることが大切だと思います。もはやWebがどの業種にとっても重要であることは皆さん、分かっているはずですから。

■心に響くメディアになったWeb

森田 最近はリッチコンテンツに触れても以前ほど驚きを感じる機会が減ったのですが、そのことが逆にネットの進化を感じるきっかけにもなっています。内容が機能に自然にとけ込んでいるコンテンツが増えたせいでしょうか。ちょっと妙な言い方かもしれませんが、「ネットもやっとCD-ROMに戻れた」という感じです。CD-ROMを知らない世代には今の状態が新鮮なのかもしれませんけど、あのころのほうがたくさんアイデアも表現力もあった気がします。

岩城 ネットもやっと心に響くメディアになってきましたね。テキスト文化から映像を取り入れることが可能になったからでしょうか。文章の場合、小説家でもない限り人の心に届く内容を作るのは難しいでしょうし。とはいえブログはブログで思いがけない人が自分の文章を読んでいたり、SNSなら昔の友達が連絡をよこしたり・・人と人とのつながりを感じることで驚きがあったり心が動いたりすることはありますよね。人の心を動かすことがメディアの存在意義ですから、ネットもメディアになったなあと感じるのはそんな時です。またメディアを作ることが誰にでもできるようになったこと、つまり、誰もが発信側に立てる、というネットの可能性は特に印象的でした。

SWD編集部 ますますプロとアマチュアの線引きがあいまいになりますね。

岩城 両者の技術の差が接近した時期はありました。しかし今はメディアがリッチ化している。そのぶん、複数の技術をマッシュアップする、あるいはユーザーの心をつかむといったプロの技がむしろ際だつようになっているのではないでしょうか。

黒葛原 人間にとって感動すること、心を動かすことが大切だというのはいつの時代でも変わらないことですよね。それは原点回帰とかそういうことではなく、結局変わらない真理なのだと思います。
 いままでネットの上で表現の自由度というのは低かった。それが急速に広がっている。プロの技がこれから生きてくるのはそういうところでしょうね。

岩城 線路を通るか道路を通るか、方法は違えど行き着く先は同じです。今こそプロフェッショナルは自信を持って自らの表現をやり通すべきですよ。自信を失ったときがアマチュアに追いつかれるときでしょう。

■キーワードは「人材育成」

森田 しかしプロフェッショナルとして仕事を貫徹するためには、発注側も意識を変えてもらいたいと思うことがあります。誰にでもメディアが作れるようになった今、クリエーティブとは関連のない部署ももの作りに関わってくる。

岩城 印刷メディアの場合、ある段階を過ぎると修正の指示は出せなくなります。それを見越した作業となるわけです。Webの場合いつでも直せるメディアであるせいか、担当者側の気分で修正依頼が来ることも珍しくない。それでは肝心の良いデザインに到達しにくい。クリエーティブの経験が少ない担当者でも適切なワークフローを学習する機会があると良いですね。

黒葛原 人材育成は今後、非常に重要なキーワードになるでしょうね。

森田 制作現場にこそ育成の必要性を強く感じます。技術の進歩が早すぎて全くの新人が即戦力になりにくい。また、私は31歳なんですが、この世代はCD-ROMからキャリアを始めてこれまで独学で技術を身に付けている人が多い。となると微妙に下の世代に教えを授けることができないんですね。そもそも育てている時間もない。教育機関も適切なカリキュラムが組めていない。業界的に多忙なため経験のある人材は今の立場から動くことすら難しい。本当は制作会社が主体的に育てるしかないんです。早めに取り組まないと手遅れになる。

岩城 人材は不足していますね。現場の人手も足りていないが、特にプロデューサー的な立場の人間、案件をまとめる人材も全く足りていない。クライアントの要望からプロジェクトに必要な人材をアサインするスキルのある人がもっといないと。

■プロデューサー待望論

SWD編集部 ウェブだけでなく、デザイン界全体でもプロデューサー不足は叫ばれています。

岩城 Flashや適切なグラフィックなどのパーツ作りに長けた人材はある程度見受けられますが、それをまとめて1つの適切なサイトに仕上げる青写真が描ける人が極めて少ないですね。
 ネットの企業の場合、米国のプロデューサー制度は取り入れていて、自分で売り上げ責任も持ちつつ最適な投資を行う形で仕事をしている。普通の企業の中にはまだまだそういう役回りで動ける人はいませんね。プロデューサーはテレビ局にいるものだと思っているような。

黒葛原 プロデューサーの業務委託というビジネスも成り立ちそうですね。

森田 アカウント・エグゼクティブ(主に広告分野でプロジェクトの進行管理から損益計算までを行う能力のある人)の能力がある人まではなかなかいないですね。

岩城 映画のプロデューサーのように表現したい世界観、感性を備えていながら、資本を集めてスタッフを揃える、そんな人材がWebの場合、制作側というよりWebを通じて情報を公開する企業の側にこそ必要だという点が非常に難しいですね。

黒葛原 確かにその企業の文化を理解して、表現するということは内部の人でないとできない。

岩城 これまでのマス広告は要件をまとめて制作を外部に依頼するという方法でもできましたが、Webとなると経営戦略的な視点を持つ必要性もあり、外部の制作には必要な機能、表現、内容は推し量れないでしょう。

黒葛原 Webは自社で持っているメディア、人任せにできないメディアだということですね。自社内でうまく運営するためには今後さまざまな課題を乗り越える必要がありそうです。経理や総務のようにWebの部署が当たり前のように設けられるようになれば、日本の企業サイトのあり方が向上するかもしれません。

■ツリー構造の限界

SWD編集部 どこの部署にWebの運用を任せているかで企業のWebに対する姿勢が分かりそうですね。

森田 情報システム部署に任せるという答えが一番良くないでしょうね。パソコンに詳しそうな部署にとりあえず押しつけた感じがする。広報部というより悪い。

黒葛原 Webと経営が密接に関わっている以上、むしろ経営者が積極的に運営に関わらなければいけないでしょうしね。また、手間をかければかけるほど内容が向上するのもWebの特徴です。コンプライアンスの遵守や個人情報とセキュリティの保全、アクセシビリティの確保など企業サイトの運営において考えなければならない事項は増える一方ですね。

岩城 実は個人的に、ツリー構造で情報を整理するという今の状態には限界が来ているのではないかと感じています。情報蓄積方法のあり方を含め、純粋にWebのために作られた新しいデザインの概念が必要です。ネットの構造、コンテンツの構造は作り直したほうがいい。ソフトウエアの作り方を流用した構築方法はもう合わなくなっています。

森田 情報そのものにタグ付けするという新しい手法もありますが、今のところツリー構造に頼らざるを得ませんからね。そんな取り組みをやらせてくれる会社があると良いのですが。

黒葛原 探したいキーワードでリアルタイムに再構築されるメディアになるかもしれませんよ。使い込むほど精度が上がったりするというね。

(おわり)

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