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岩城 陸奥(いわき みちお)
ミラコム代表取締役。トヨタ自動車デザイン部を経て資生堂宣伝部入社。1995年に資生堂オフィシャルサイトを立ち上げ、‘96年インターネット専門部署として、デジタルメディア・クリエーション室を設置、同室長。資生堂在職中の1999年に、日本広告主協会内にWeb広告研究会を設立、初代代表。2001年2月に資生堂退職。日本広告主協会Web広告研究会・顧問・メディアミックス委員長を務める。著書/共著「企業ホームページハンドブック」(インプレス刊)、「Webマーケティング年鑑 2002、2003、2004」(インプレス刊)。第2回朝日デジタル広告賞グランプリ、日本広告主協会主催 第44回消費者のためになった広告コンクール・Web部門銅賞、ほかを受賞。

黒葛原 寛 (つづらはら かん)
ソニーグローバルソリューションズ(株)ウェブサイトマネジメント部 統括部長。九州芸術工科大学 芸術工学部 画像設計学科 卒業 (現 九州大学 芸術工学部)。1979年 ソニー入社。宣伝制作部、ビデオ事業部商品企画を経て映像ソフトセンター ハイビジョンプロデューサーとして100タイトル以上の映像ソフトやハイビジョン放送番組等を制作。95年 日本企業で初めてのインターネット専門部署 ホームページ室 室長。国内外ソニーグループ全体のホームページ約3,000サイトの統括をおこない、ソニー(株)のコーポレートサイトでGマーク(3回)他多数の賞を受賞。パワーブランドサイトとしても評価された。2004年 本社機能分社化により業務移管、現在に至る。

森田 雄(もりた ゆう)
株式会社ビジネス・アーキテクツ取締役、クォリティ・インプルーブメント・ディレクター。東芝EMIにてマルチメディアCD-ROMのデザインおよびオーサリングを手がけ、マイクロソフトにてモバイル戦略に携わった後、2000年、多様なウェブ・テクノロジーの専門家集団、ビジネス・アーキテクツの設立に参画。同社のナレッジマネジメントやワークフローの開発も手がけるなど幅広く活躍し、2005年より同社取締役。XHTMLやCSSなどのフロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会の委員や、国内アワードの審査員なども務める。著書(共著)に「Webデザイン─コミュニケーションデザインの実践─」など。

■企業サイトは生活を支える道具になった

SWD(Strategic Web Design)編集部 今年を振り返って、企業サイト構築を取り巻く事情にどのような変化がありましたか?

黒葛原 ウェブの黎明期には、Webサイトは単なるリンク集という位置付けで足りていましたが、今、特に2000年以降は完全にWebサイトが生活の道具になった感がありますね。我が社でもユーザー、つまり顧客のニーズ、目的によってナビゲートしてあげるサイト作りがここ数年の課題でした。ネットがめずらしかった時代は終わりです。
 携帯電話などもそうですが、見た目だけじゃ駄目。いかに使いやすいか、反応が良いか、ということの追求が次の課題となっています。
 今やWebサイトはグラフィックデザイン的な概念でくくれず、プロダクトデザインの視点が必要になっている。デザインがユーザー側の目的を果たす一助になっているかどうかを考えなければならなくなりました。

岩城 テレビや新聞雑誌も含めたメディア全般をユーザーがどれだけ頼りにしているかというマインドシェアの調査をやりました。そうするとウェブサイトの地位が毎年上がっている。
 これまでの企業サイトはただ情報を見せるだけで、サイトの運営と売り上げとは何も関係ないと見なされていました。費用対効果が見えないメディアだったんですね。しかし企業サイトはいろんな因子の中で少しずつ、また確実に購買に結びつくメディアになってきた。テレビで見た製品について、ちょっとネットで調べて見る。そして購買を決める。そういうふうに消費者行動に組み込まれてきた。企業サイトは経営資源になってきたと実感しました。

森田 しかし予算の面で言うと99年頃のほうが適正だった気がします。その頃は企業サイトを持つことが流行り、必要になってきたけれど十分に活用されていなかった。そんな時期が2003年から2005年頃まで続いて、その後それなりのコストが必要だという認識も広がって来ましたが、逆にそのことで今は要求がいきなり複雑になってきている。その要求に予算がついてきていない気がします。

岩城 Webの担当部署がWebと自社のビジネスとがどのように関係しているかを、経営陣にきちんと説明し切れていないのかもしれませんね。

■本当のゴールはサイトを公開した後にある

黒葛原 しかし一方でウェブの影響力は確実に上がってきていますよね。とにかく顧客の購買行動が変わってきている。今年はウェブの価値に対する理解は進んだと思います。

森田 チャネル的な使い方、メディア的な使い方、ツール的な使い方というふうに分かれているということについても、企業側は理解し始めています。

岩城 Eコマースの場として活用していれば費用対効果は分かりやすいですよね。いくら売れてアクセスはいくらかとかね。資料請求の数なんかでも見えてきます。そういう分かりやすい活用法は別として、コミュニケーション系はまだ価値が見えない部分もあり、考える余地がありますね。

黒葛原 それにしてもネットワーク上の顧客動向把握は簡単になりましたよね。効果の計測ツールもいろいろありますし。サービスもある。定量的に数字として動向を把握できるのは企業にとってメリットが大きい。単なる情報にしてもその情報を見てお客はどこに行ったかをトレースできるようになってきています。
 これまでのマスメディアにはできなかったことができるようになったわけですから。科学的なトレースに基づいて精度の高いマーケティングができるようになった。これによって新しい機会がもたらされたわけです。

森田 作る側からするとあまりにも効果が明確に分かるのも大変ですが、逆に最終的な効果を制作に入る前の段階で保証することができない点に怖さを感じることはありますね。こうした機能によって結果は算出できますが、予測は難しいですから。そういう意味ではサイトを公開することがゴールでなく、調査分析のあと、次にリニューアルするときが本当のゴールという感じがしています。

黒葛原 今年は無駄なくイメージに近いマーケティングができるようになって来たのでしょうか。

■企業はコミュニティを批判するな

岩城 マーケティングといえば、単なるはやり言葉ですけどWeb2.0的なものに対しても、各企業が自分なりの解釈で取り組んでいた感じがしますね。ブログとかCGMとかね。人が集まれば広告は成立するという考えだったと思いますが、皆さんのご意見はどうですか。

黒葛原 顧客などのさまざまな生の声が集まってムーブメントになり始めましたね。それは民主的で非常に良いことだと思います。こうした環境の中で企業側は正しいことをちゃんと伝えていくことが大切だと思いました。顧客はその中身を比較、検討できるという場なり環境が出来れば良いのではないでしょうか。つまり企業側がメッセージを正しく出していくことが必要になるわけで、そういう動きに対して黙っているとか批判するのは一番良くないのでしょうね。

岩城 「場を作る」と捉えると、それは広告よりも概念的には上位の行為なんでしょうね。

黒葛原 広義のコーポレートコミュニケーションのような意味になるでしょう。

森田 集まる場といえばYoutubeも注目を集めましたね。

岩城 昔は事件があると2ちゃんねるを見に行ったもんだけど、いまやYoutubeでしょう?

森田 映像でチェックしたくなるんですよね。画質が汚いけど全然問題じゃないというのも面白いですよね。

岩城 ただ参加する側の無責任さも感じますね。面白さはもちろんあるけど著作権の問題もあるし。企業が発信する情報とは分けて考える必要がありそうです。

森田 確かに企業にとって不特定多数が集まるコミュニティを作るという行為は管理の面で困難が多いでしょうね。結局企業がバックアップして作ったものであれば、そのコミュニティ内で問題が発生してクレームが上がってきた時は、その企業が持つ社内規定の範囲で処理する必要が出てくる。もしクレームを24時間以内に処理する規定があれば、それに沿う必要がありますから、結局事務局を作らなければいけない。となるとコストが急にふくれあがるので、結局実現することが難しくなる。

岩城 たとえ日曜の夜中に書き込まれたクレームやメールでも、対応しなければいけないしね。

森田 メールを出した以上、ユーザーとしてはすぐ返事がくると思いますしね。

岩城 しかしそういうことに対応できる企業でないと今後生き残れないのかもしれません。

■Flashは今やリッチでもなんでもない

岩城 ところで新聞でもテレビでも、メディアごとに異なる文化を背景としていると思うのですが、なぜか「ネットで動画を使う」という行為においては多くの人が共通して「テレビ的なことをやる」という固定観念を持っているような気がします。それはなぜでしょうね。ソニーさんは常にテレビでたくさんCMを展開していますが、みなさん今後ネット上の動画を活用することについてどのような考えを持っていらっしゃいますか?

黒葛原 投資対効果の問題はありますね。文章や画像と違い、動画作りにかかるコストは大きいですから。ただ、どう使うか、使い方の問題ですよね。

森田 動画の中に商品を出すという広告はぱっとしないですね。結局動画の冒頭に15秒で宣伝を入れるようなテレビCM的なやり方に留まっている。映像の途中にタグ付けしてインタラクティブ性を与える方法もありますよね。中に登場するアイテムで目にとまったものをクリックすれば詳細情報が得られるようになるという。しかしこの方法が意外と使われていない。手間の問題なんですかね?企画が大変なのかな?CMを飛ばし観する視聴者対策として考えられていたことだと思うのですが。むしろ(受け手の意思表明経路としては)今後携帯電話の比重が高まるのでしょうね。

黒葛原 すでにネット閲覧ツールとしてもPC以上に高いシェアを持っていますしね。

森田 制作側としては大変です。PCモニタの解像度が上がってきたところでB5のノートPCが流行りだして、次は携帯かと・・。もうコンテンツをデバイスごとに分けて作るのも考え直す次期が来ているように思います。

岩城 若い人だと「携帯でいいじゃん」というのもありますしね、場合によってはPSPでもいいということになって、選択肢が広がってきてしまった。

黒葛原 消費者が動きながら携帯で得る情報、家でじっくり得る情報、それぞれ必要な世界観も違いますから、情報提供側はますますそのことを意識しておかないといけませんね。端末の機能も上がってきているので、今では同じコンテンツをPCと携帯の両方から閲覧できることもありますし。端末の技術革新に伴いコンテンツの作り方も変わる必要があるでしょう。

岩城 携帯ユーザーの行動をみていくと、キャリアの中のドメインにはよくつなげるんだけど、外(インターネット)の情報にはあまりアクセスしないんですね。それは、インターネット側に携帯向けのコンテンツがあまりないということでもある。そのへんがこれから問われることになる。

黒葛原 今googleの検索エンジン付きの携帯が出てきて、以前のようなメニューからインデックスで辿るという慣習が破られつつある。メニューには関係なく、ユーザーは見たいものを見る。FlashやPDFだって携帯で見られるんですから。

岩城 Flashは今やリッチでもなんでもないですね。当たり前になったという意味で。ネットはこれまでテキストベースだったじゃないですか。ある意味合理的な理論が通用する世界だった。価格コムみたいな、価格別に並べて商品を比較するような使い方があったわけですが、ブロードバンド化してきたことで、コンテンツがエモーショナルな部分に訴える内容を持つようになったんじゃないかということを、今年は強く感じました。
 企業サイトを見ていても目次的に作っているところと、ビジュアルに力を入れて人の気持ちを動かそうと努めているところがあります。それが今年の動きだったと感じます。

■結局最後は良い商品が売れる

黒葛原 ネットワーク環境が変われば世界が変わるということが言えるのでしょうか。ブロードバンド化して明らかにネットの世界が変わったように。
 人間の感性に技術が近づいてきたんですね。ネット黎明期ではクリックして情報表示に2、3秒もかかっていた。これではもう道具以前の問題です。それがだんだんクリックした瞬間動くとか、反応するようになった。道具としての反応が人間の感覚に近くなっている。
 ここを踏まえた上でいかにデザインするか。道具の反応を制御することも可能になるわけだから、そこを工夫して人間の感性に訴えて行く。コンテンツを道具、つまり工業製品として捉えてウェブなど情報コンテンツの面白さを追求していくのが今後に繋がる姿勢でしょうか。

岩城 工業デザインに近づいているということは、ウェブも道具としての使い勝手をより重視しなければならない、ということですね。車は走るだけじゃだめで、いかに気持ちよく、安全に走れるかということも大切ですしね。

森田 コンテンツは「気持ちよく反応してくれて当たり前」になるわけですよね。以前だと2秒待たされることをユーザーは知っていた。だからいかに楽しく待ってもらうかということを作る側は考えていたものです。今はそうじゃなくなった。だからもうコンテンツそのものがまぎれもなく面白くなければ、ユーザーには納得してもらえないのでしょうね。それには新しいデザインのアプローチが必要です。

岩城 SEO関係の人たちとお話していると感じることがあります。「おっしゃっていることは正しいのだろうけど、検索して上位に出てきても面白くないコンテンツだったらどうしようもないよ」、とね。かえって信頼性を損ねます。商品もそうですよ。結局最後は良い商品が売れるんですから。コンテンツも同じです。そういう時代が来ています。

森田 検索側も賢くなっていますよ。面白いものが上位に来るようになっていますし。面白いコンテンツにとってビジュアルのデザインも重要ですが、情報編集上の工夫も必要ですね。ユーザビリティに配慮して使いやすいメニューが出来ても、それを使って何をするの?というコンテンツではダメです。詰まるところ、内容が必要ですよね。

岩城 コミュニケーションツールとしての2.0的なコンテンツと、エモーショナルなコンテンツの2方向が今年のWeb業界に見えてきたということですね。現時点ではそのどちらかしか実現できないかもしれない。しかし今後ノウハウが蓄積されれば両方を融合させたものができるようになるでしょう。テレビ番組のように「中身が勝負だよ」という。

森田 テレビ番組にはユーザーインターフェースは無いですからね。中身だけですから。

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