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日経BPガバメント
テクノロジー 編集長
黒田隆明

 2006年当初,電子政府に関して政府は「2010年までにオンライン申請率利用率50%」といった数値目標を掲げました。そして,例えばこの「50%」という目標に関しては,各省庁が「オンライン利用促進のための行動計画」を昨年3月に策定しています。

 こうした利便性向上策とセットで進めていくべきもう一つの動きが,昨年末くらいから顕在化してきました。「もう一つの動き」とは電子政府の信頼性向上のための施策です。信頼性向上というよりも“信頼の再構築”と言った方がさらに適切かもしれません。

電子投票とIT調達で“信頼の再構築”に向けた動き

 総務省は昨年12月19日,電子投票システムについて,第三者機関による技術的条件の適合確認を行い,その結果を公表することを盛り込んだ「電子投票システムの技術的条件の適合確認等について」という通知を,各都道府県の選挙管理委員会委員長宛に送りました。国が第三者機関によるチェックを行うことで投票機の信頼性を高め,安心して電子投票を導入してもらおうという狙いです。岐阜県可児市の市議選(2003年7月)でシステムトラブルのあった電子投票について,2005年7月に最高裁が「選挙無効」との判決を下して以来,地方自治体における電子投票導入の機運は一気に冷え込んでしまいました。その回復をもくろんでの措置といえるでしょう。

 ただし,地方自治体や有権者に電子投票に対する信頼を回復してもらうには,第三者機関による適合確認だけでは不十分だと私は考えています。もし適合確認によって安全に電子投票が執り行えるというなら,そして,電子投票機の調達や機器の適合確認というコストをかけてでも電子投票を進めるべきだというなら,まずは国が率先して国政選挙で電子投票を導入し,安全性を証明するべきでしょう(現在の法律では地方選でしか電子投票を実施することができません)。自民党で検討が進められているようですが,「今すぐにも国政選挙に導入」とはなかなかいかないようです。

 もう一つ,“信頼の再構築”に向けた動きが年末にありました。昨年12月22日,総務省は「情報システムに係る政府調達の基本指針」案を公開しました。パブリックコメントの締め切りが昨日(1月18日)でしたので,そう遠からず「基本方針」の確定版が公開されると思われます。

 基本指針案では,大きな情報システムを機能ごとに分割した上で複数ベンダーに分割発注するという方針を打ち出しています。分割発注には「プロジェクトマネジメントが難しい」「稼働後にトラブルが起った際の責任が不明確になりがち」「パフォーマンス・ベースのインセンティブ契約を結びにくい」といったデメリットも指摘されます。分割発注が「適正なコストで最高の品質を得る」ために最適な方法なのか,判断は難しいところです。「ベンダーとの信頼関係がきちんと構築され,調達プロセスの透明性も確保されたうえでなら,随意契約の方が,より良いシステムを構築できる」という考え方も,十分成り立ち得ます。

 にもかかわらず「分割発注」という大方針が打ち出されたということは,何を意味するのでしょうか。これは,「今までのIT調達のプロセスは,国民に対して説明責任を果たせていない」と判断したうえで,「(国民からの)電子政府への信頼を再構築する」という政府によるメッセージだと私は解釈します。

住基ネットへの信頼をどう高めるか

 最後に,“信頼の再構築”という観点から住基ネットについても触れておきたいと思います。

 2006年11月30日,大阪高等裁判所は「住基ネットは違憲」であるとし,原告の個人情報の削除を命じました。その直後の12月11日には,名古屋高裁金沢支部が,個人情報削除を認めた1審・金沢地裁判決を取り消し住民の請求を棄却しました。高裁判決で全く正反対の判断が出た住基ネットについて,最高裁判所の判断が注目されています(関連記事)。

 最高裁で住民の住基ネット離脱が認められれば,実質的に住基カードとセットでしか使えない公的個人認証も含めて,制度・システムの再設計は必至となるでしょう。一方,もし最高裁が「プライバシー権の侵害やその具体的危険性があるとは認められない」という判断を下したとしても,すぐに皆が「では住基カードを取得してサービスを利用してみよう」とはならないでしょう。住基カードの取得率が低いのは「使ってみたいと思うサービスがない」というだけでなく,利用者からの信頼が低いことも一因なのではないでしょうか。

 もし,住基ネットが行政事務の合理化に貢献しているというなら,住基ネットにかかっているコストと行政効率化への寄与の度合いを同一基準で個別自治体ごとに公表するべきでしょう。目的外利用は行っていないというなら,住基ネットの照会履歴のチェック・問い合わせを個人が簡単に(例えばネット上で)できるようにしてはどうでしょうか。また,自治体の情報セキュリティレベルに問題がないなら,個別自治体ごとのセキュリティレベルを同一基準で定期的にチェックし公表するといった措置も考えられるのではないでしょうか。

 最高裁の判決がどのようなものになるにせよ,「2007年は何らかの“住基ネットの信頼性再構築”のための対策が講じられるだろう」と,本稿では期待を込めつつ予想しておきたいと思います。

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