おサイフケータイの最も基本的な機能である「決済」。EdyやモバイルSuicaといった電子マネーに加え,最近はクレジットカード機能にも注目が集まっている。起爆剤となったNTTドコモに加え,トヨタ・グループも本腰を入れてFeliCaによるクレジット・サービスの本格普及を目指している(神尾寿=通信・ITSジャーナリスト)。

 おサイフケータイは様々な用途に使えるが,やはり最も利用されるサービスが「決済」だ。“かざすだけ”で“スピーディに使える”というメリットを武器に,これまでの磁気ストライプや接触型ICのクレジットカードやデビットカードに続く新たな勢力になりつつある。こうしたFeliCaを用いた決済を「FeliCa決済」と呼ぶ。

 2006年のFeliCa決済市場を振り返ると,プリペイドの電子マネーは「Edy」と「Suica電子マネー」が大きな競合・衝突をすることなく両社とも普及に向けて着実な歩みを進めてきた。一方,ポストペイのクレジット・サービスでは,方式・サービスでの激しい競争や合従連衡が起こっていた。

 ここで言うプリペイド,ポストペイとは,おサイフケータイの決済サービスの種類。現行のサービスは,大きくこの二つに分類できる。

 プリペイドは日本語で「前払い」を意味し,ビットワレットの「Edy」やJR東日本の「Suica電子マネー」などがこれにあたる。この方式はあらかじめ一定額をチャージ(入金)しておき,利用ごとにそこから引き落とされる形になる。“サイフの中にいれた現金が買い物のたびに減っていく”という,現金の利用と同じ感覚で使える。そのため,多くの人に分かりやすい点がメリットだ。また,クレジットカードとは異なり,与信が必要ないために子どもからお年寄りまで誰でも使える。こうした利用者を選ばない裾野の広さが,プリペイドの特徴だ。ただし,チャージや利用には電子マネー事業者が決めた上限額がある。

 一方,「後払い」を意味するポストペイはクレジットカードの仕組みをFeliCa決済にしたものであり,「FeliCaクレジット」と総称されることが多い。基本的な使い勝手はクレジットカードと同じで,利用額は月末などに後からまとめて請求される。事前のチャージが不要なため,買い物前の手間はプリペイドよりも少ない。また,FeliCaクレジットの一部では,与信された限度額までなら上限額なしに利用できる。基本的なサービス内容はあくまでクレジットカードの延長上だが,クレジットカード事業者はおサイフケータイの使い勝手の良さを活用することで,クレジットカード決済を少額利用にまで広げようとしている。

 スーパーで食料品を買ったり,コンビニエンスストアで弁当や雑誌を買うような少額決済市場は,約57兆円と超巨大な市場規模にもかかわらず,これまでは現金の利用が主流。クレジットカードやデビットカードなどのキャッシュレス・サービスが取り込めない,手つかずの決済市場になっていた。新興の電子マネー事業者,歴史あるクレジットカード事業者がともに,“スピーディー”かつ“安全”なFeliCaという新たな武器を使って,この市場の開拓に挑んでいる。

激震が走ったドコモの「イシュア参入」

 FeliCaクレジットは,UFJニコスが推す「スマートプラス」方式が2004年12月に,ジェーシービー(JCB)が中心となって推す「QUICPay」方式が2005年4月にスタートした。しかし,その立ち上がりは電子マネー陣営に比べると遅々としており,消極的な印象を与えるものだった。

 ところがNTTドコモの参入で状況は一変する。2005年12月,NTTドコモと三井住友カードが,新たなFeliCaクレジット決済ブランド「iD」を開始。さらに2006年4月に,NTTドコモ自身がクレジットカードのイシュア(クレジットカード発行会社)となるサービスを開始した。こうしたNTTドコモの動きは,FeliCaクレジットのみならず,クレジットカード業界全体に衝撃を与えた。

 NTTドコモがイシュアとなって発行するiD向けのクレジット・サービス「DCMX」は,約5200万人のドコモユーザーをターゲットにしたもの。通常のクレジット・サービスのほかに,与信枠は1万円までだが満12歳以上から使える手軽な「DCMX mini」をラインアップした。会員獲得やサポートにドコモショップの店舗網をフル活用し,携帯電話からのオンライン入会も簡単にできるようにするなど,FeliCaクレジットの敷居を大きく引き下げた。

 その結果,NTTドコモのDCMXとDCMX miniは,開始から約半年あまりの2006年11月に会員数100万人を突破。新興のクレジットカード・イシュアとしては,驚異的な勢いで伸びている。また,DCMXの登場によってiD方式の陣営も活気づき,みずほ銀行とクレディセゾン,オリエントコーポレーションが参加。加盟店の開拓でも,三井住友カードとNTTドコモのブランド力やスケールメリットが武器になり,後発ながら一気にQUICPayやスマートプラスを追い抜いた。

FeliCaクレジットに本腰をいれるトヨタファイナンス

 一方,NTTドコモに並んで,FeliCaクレジット分野で注目すべき動きを見せたのが,トヨタファイナンスである。同社はイシュアとしては後発組で,コンシューマ向けのクレジットカード・サービス「TS CUBIC CARD」を始めたのは2001年4月から。しかし,その後の成長は注目に値し,現在の会員数は約560万人に達している。トヨタ・グループの強みを生かしたカーライフとの連携により,ETC(自動料金収受システム)カードの発行枚数や利用率の高さでは業界随一だ。またトヨタファイナンスは「クルマの先に,ユーザーの生活基盤がある」というスタンスを取っており,これまでのクレジットカードが重視してきた「トラベル&エンタテインメント」や「ステータス」とは一線を画す,「家計貢献カード」を目指している。

 このトヨタファイナンスが,2006年9月にQUICPayの本格展開を表明した。おサイフケータイ向けにQUICPayの利用を促進するほか,新規加入や契約更新時に発行されるプラスチック・カードすべてにQUICPayを内蔵すると発表した。従来型クレジットカードとFeliCaクレジットを一体化した,いわゆる「一体型カード」と呼ばれるやり方だ。これにより,TS CUBIC CARDユーザーすべてが,今後はQUICPayを利用できることになる。さらにトヨタファイナンスはiDとの協調路線を取ることも発表。ユーザー向けのFeliCaクレジット方式として将来はiDもラインアップするほか,加盟店開拓でもQUICPayとiDの両方が使える共用型端末を開発・設置していく方針を打ち出した。

 トヨタファイナンスがFeliCaクレジットに肩入れするのは,FeliCaの利便性の高さで少額,中額でのクレジット・サービス利用を促進することを狙っているからだ。これにより,「生活で使われる」ことを重視する同社の戦略を強化する。さらに同社は,携帯電話事業者としておサイフケータイを推進するNTTドコモや,それぞれがイシュアでありながら特定のFeliCaクレジット方式を推すJCB,三井住友カード,UFJニコスに比べると中立的な立場にある。そうした立場ゆえに,QUICPayを基本にしながらiDの採用も検討する,一体型カードをサービスの軸にしておサイフケータイをオプションとして活用する,といった現実的なアプローチを実行できている。ビジネス的な自由度が高く,選択肢の多いポジションにいるからこそと言える。

 トヨタファイナンスがQUICPayの本格展開を始めてから,QUICPayの会員数は爆発的に伸びている。正式な数は未発表だが,2006年中に数十万人のQUICPayユーザーが増えており,2007年3月までにはトヨタファイナンスだけで約85万人がQUICPayユーザーになる模様だ。またトヨタの影響力が高い名古屋を中心に,加盟店が急激に増えている。NTTドコモと同じく,トヨタファイナンスもまた本業の力を生かしたスケールメリットで,FeliCaクレジット分野の台風の目になりそうだ。

合従連衡,共通インフラのスキームも進む

写真 NTTドコモなどが2006年9月に発表したSuica,iD,QUICPay,Edyに対応した共用型のリーダー/ライター
写真 NTTドコモなどが2006年9月に発表したSuica,iD,QUICPay,Edyに対応した共用型のリーダー/ライター [画像のクリックで拡大表示]

 ドコモ,トヨタファイナンスを両軸に動き出したFeliCaクレジット分野では,電子マネー分野も含めた合従連衡やリーダー/ライター共用化の動きも進んだ。

 この共通インフラのスキームで先行したのはiDとSuica電子マネー。2005年7月にはNTTドコモとJR東日本が共通インフラを構築する構想を発表し,2006年7月から三井住友カードがアクワイアラ(加盟店開拓事業者)としてiDとSuicaの共用を前提に加盟店募集を開始した。2006年9月にはJR東日本,NTTドコモ,JCB,ビットワレットが,Suica/iDの共通インフラにQUICPayとEdyを追加することで合意。JR東日本グループのJR東日本メカトロニクスが共用端末(リーダー/ライター)を開発し,管理・運営はJR東日本とドコモが2億円ずつ出資した共通インフラ運営LLP(有限責任事業組合)が行う(写真)。このスキームでは,加盟店が求めれば4方式の中から対応するFeliCa決済が選べるようになる。

 インフラ共通化の合従連衡はほかにも進んでおり,11月にはビットワレットが,三井住友カードと「Edy/iD」,JCBとは「Edy/QUICPay」の共用端末を開発することで合意した。また,三井住友カードは,2007年春に開始予定のIC乗車券「PASMO」の電子マネーにおいて,PASMO/iD/Suicaの3方式に対応した共通インフラ整備を行うことで東京急行電鉄と合意している。

 一方,これら合従連衡やインフラ共通化の動きから距離を置いているのがUFJニコスだ。同社のスマートプラス方式はビザ・インターナショナルに採用され,「VISA TOUCH/スマートプラス」として展開しているが,国内事業者との大規模なインフラ共通化には参加していない。UFJニコスは提携カードの発行数が多いという特徴があり,特に石油元売り会社や高速道路会社との関係が深い。これを利用する独自の戦略を打ち出しているのだ。新日本石油や東日本高速道路会社がVISA TOUCH/スマートプラスの採用を発表するなど,ロードサイドを中心に展開する方針だ。

 2007年はインフラの共通化がさらに進むほか,おサイフケータイだけでなく一体型カードの本格普及も始まりそう。このため,FeliCaクレジットの利用率の向上が見込める。FeliCaクレジットがどこまで新市場を創出できるか,その動向に注目しておいて損はない。