「そこまでタダにするのか」。IT業界やネット・サービス業界で,マイクロソフトが12月12日から試験運用を始めた企業向け新オンライン・サービス「Office Live」が話題を呼んでいる。Office Live Basicsと呼ぶ無料サービスを使うと,中小企業は独自ドメインを使ったWebサイトを構築でき,電子メールを使える。無償サービスが多いインターネットの世界にあっても,企業向けのホスティング・サービスをタダにするのは珍しい。

 マイクロソフトの狙いは,自社のWebサイトをまだ持っていなかった中小企業の情報化を促進するとともに,こうした中小企業をマイクロソフトの「広告ビジネス」の顧客に変えることだ。マイクロソフトが手がける広告とは,インターネット利用者がキーワードを検索した際,関連する広告(広告主サイトへのリンク)を検索結果ページに表示するもの。いわゆる「キーワード広告」である。

 キーワード広告市場は,米グーグルが圧倒的に強く,マイクロソフトは後発である。

 個人向けのオンライン・サービス「Windows Live」が,検索サービスや電子メール・サービス「Windows Liveメール」,ブログ・サービス「Windows Liveスペース」といった無料サービスを使って,広告を伝える相手である消費者を集めるための手段であるならば,Office Liveは「広告主」を集めるために提供される無料サービスなのだ。

 そのグーグルは,米国では中小企業向け業務アプリケーション・ベンダーと組んで,中小企業向けのキーワード広告の売り込みを始めている。はたしてマイクロソフトはキーワード広告市場に食い込めるだろうか。

タダの理由はキーワード広告購入機能にあり

 キーワード広告は,少額の広告支出で始められることから,中小企業に向いた広告手段であると言われている。ただし,中小企業がキーワード広告を出すためには,リンクをクリックした利用者がジャンプしてくる目的地,つまり中小企業のサイトが必要になる。インターネットが広く普及したとはいえ,独自ドメインを使った自社サイトを持っていない中小企業はたくさんある。そこでマイクロソフトはこうした中小企業に,「Office Live Basics」というサービスを通じ,「Webサイトがタダで作れますよ」と呼びかけ始めた。

 無料とはいえ,Office Live Basicsの内容はなかなか充実している。「.com」「.net」「.org」のドメインを利用するなら,ドメイン登録料まで無料。Webサイトのディスク容量は500Mバイトあり,専用のソフトウエアを使わなくてもそれなりにデザイン性を考慮したWebサイトを作成できるWeb版デザイン・ツールが提供される。ツールには,アクセス解析機能も付いている。電子メールは25アカウントまで利用可能,それぞれのメールボックス容量の最大サイズは2Gバイト。Webブラウザを使ってメールを送受信する「Webメール」機能もある。

 これだけの機能を無償にするための仕掛けが,「Office Live adManager」というWebアプリケーションである。マイクロソフトは「2007年第2四半期に予定されているOffice Liveの正式運用開始から,Office Live adManagerを提供する」(インフォメーションワーカービジネス本部の横井伸好本部長)。これは,「Live.com」や「MSN」でマイクロソフトが実施しているキーワード広告を,Office Liveを使う中小企業が“購入”するための機能を提供するものだ。

 キーワード広告では,広告主はキーワードを「購入」し,広告は「高い金額でキーワードを購入した順番」で表示されるのが一般的だ。Office Live adManagerを使うと,キーワードの購入価格を決定したり,広告文面を編集したりできる。
 
 ちなみにOffice Liveを利用するためには,無料版のサービスであってもクレジット・カードの登録が必須である。マイクロソフトは「クレジット・カードの登録は本人確認のため」と言っているが,このクレジット・カード情報がキーワード広告の購入にもすぐに利用できることは言うまでもない。

中小企業向け業務ソフト・ベンダーと組んだグーグル

 実は,中小企業にキーワード広告サービスを売り込もうという動きについても,グーグルが先行している。グーグルは,業務アプリケーション・ベンダーと組むやり方をとっている。9月には,中小企業向け会計ソフトウエア大手で「QuickBooks」を販売する米Intuitとの提携を発表した(関連記事:IntuitとGoogleが提携,中小企業によるネット上のプロモーション活動を支援)。提携の内容は,Intuitが販売する「QuickBooks 2007」(2006年10月発売)を使ってグーグルのキーワード広告に出稿したり,「Google Maps」に店舗所在地を登録したり,データベース・サービスである「Google Base」に製品やサービスを登録したりできるようにするもの。

 同様の動きとして,米Salesforce.comは米国時間8月22日に,同社のCRM(顧客関係管理)アプリケーション「Salesforce」に,Googleのアドワーズに広告を出せる機能を搭載すると発表している(関連記事:Salesforce.com,Googleの「AdWords」を管理できるサービスを提供)。

 さらに米CMPの「TechWeb」が報じるところによれば,Webサイトを持たない中小企業に対してグーグルがWebサイト・ホスティング・サービスを提供する予定であるという。こうなると,マイクロソフトのOffice Liveと真っ向からぶつかることになる。

広告,サービス使用料,ソフトウエア販売で稼ぎたいマイクロソフト

 このようにマイクロソフトとグーグルのアプローチは似通ってくるが,大きな違いは,マイクロソフトが広告収入に加え,サービス利用料,ソフト販売収入も見込んでいることだ。マイクロソフトの横井本部長は「Office Liveの収入の柱は3つある。広告収入,サブスクリプション(サービス利用料)収入,そしてOffice Liveを通じて『Microsoft Office』自体の販売が伸びるソフトウエア販売収入だ」と語る。

 マイクロソフトは,Office Live Basics以外に,有料サービスの「Office Live Essentials」(月額19.95ドル,日本での料金は未定)と,「Office Live Premium」(月額39.95ドル,同)も提供する。有料サービスでは,Officeファイルを含む社内情報を簡単に共有・活用できるサーバー・アプリケーション「Windows SharePoint Services(WSS)」や,WSSを使うWebグループウエア「GroupBoard」のホスティング・サービスを提供する。最新のMicrosoft Officeと連携するサーバー・ソフトウエアをサービスとして安価に提供することで,Microsoft Officeの販売そのものも伸ばそうという考えだ。

 マイクロソフトは同社のサービス事業戦略を「ソフトウエア・プラス・サービス」と名づけており,サービスとソフトウエアの組み合わせが自社の強みであると主張している。しかし,二兎も三兎も追う作戦という見方もできる。果たしてグーグルに迫れるのか,Office Liveがその試金石となる。