都内のドラッグストアに作られた、ヘアワックス「ギャツビー ムービングラバー」の売り場
[画像のクリックで拡大表示]

 マンダムが10年ぶりに刷新した基幹ブランド「ギャツビー」の目玉商品として、2006年8月に投入したヘアワックス「ムービングラバー」が売れている。8月23日の発売から10月末までに740万個を出荷済みだ。ギャツビーのヘアワックス商品としては、2006年4~10月の出荷量で前年同期比181%と大きく伸びた。

 もともと男性用ヘアスタイリング剤の中のワックスカテゴリーで33%の最大シェアを占めていたギャツビーだが、リニューアル直後の9月末にはシェアが瞬間的に60%弱まで高まり、ほぼ倍増したという(コンビニエンスストアを除く全流通業態での販売データを基に金額ベースで算出)。

 最大手のマンダムがギャツビーの全面刷新を決めた直接のきっかけは、2005年8月に男性用化粧品市場で激突する資生堂が競合ブランド「ウーノ」を刷新して攻勢をかけてきたことにある。それでも2006年3月期のギャツビーブランドの国内売上高は前期比で4%増と伸びたが、マンダムはギャツビーを今一度見直し、ウーノを迎え撃つ姿勢を明確にした。この夏からのCMには、新たにタレントの木村拓哉(キムタク)を起用し、ギャツビーの露出を高めている。

売り場の活性化は最大手メーカーの責務

 今回のギャツビーの刷新で注目すべき点は、商品の総アイテム数をあえて絞り、顧客の「分かりやすさ」を追求したことである。これまでギャツビーブランドのワックス商品は22種類あったが、それを14種類まで減らした。

 落ち目になったわけではないギャツビーブランドをあえて刷新してアイテム数まで減らすことには、大きなリスクを伴う。基幹ブランドの刷新に失敗すれば、マンダムの経営に大きな打撃になるからだ。それでもマンダムは、従来のギャツビーが持つ品ぞろえの豊富さ(アイテム数の多さ)という「強み」を生かすよりも、豊富さゆえに顧客が商品を選びにくくなっていた「弱み」の改善を優先した。

 今までのギャツビーのワックスは「ウルトラホールド」「アルティメットホールド」「ウルトラハード」といった具合に、似たような種類が多すぎた。名前だけ見ても、どれが一番硬めのスタイリング剤なのかが分かりにくい。そのため、どれを買ったらいいのか分からず、店頭で迷っている顧客を見かけるようになった。店員でさえ、どの商品がどう違うのかを顧客に説明できないケースが増えた。

 そこでムービングラバーは用途を「チカラ技」「乱れ技」「うるおい技」など6パターンに絞って単純明快にした。新たに投入した14種類のうち、12種類がムービングラバーであり、800円で容量80gの標準タイプ(大)と250円で15gの携帯タイプ(小)の大小で各6色、合計12種類がメイン商品だ。

 ドラッグストアやコンビニエンスストアなどの店頭には、大小6色ずつ(赤、紫、オレンジ、緑、青、グレー)の丸型のムービングラバーが積まれ、派手な配色とキムタクの販促グッズが店頭で人目を引いた。これまでギャツビーのワックスといえば、銀や黒などモノトーン色の容器がほとんどで、彩りにも乏しかった。

 マンダムの馬場稔・チェーンストア営業部二課課長は、「売り場を活性化していくことがナンバーワンメーカーの責務」と語る。小売店はムービングラバーのコンセプトの明快さや色合いの派手さに反応し、マンダムに売り場を割いてくれた。

「スペースマネジメント」でコンビニ攻略

 ムービングラバーは顧客に受け入れられたが、そこに至るまでの小売店での売り場の確保では、マンダムが肝を冷やす場面があった。発売2カ月前の2006年6月から始まったコンビニ本部との商談では、ムービングラバーに対するバイヤーの反応こそ一様に高かったものの、マンダムが最後まで譲らなかった「6色すべての陳列」の承諾を取り付けるまでには時間がかかった。

 コンビニは化粧品売り場が小さい。加えて最近は、どのコンビニも女性客を取り込みたいため、「女性用化粧品に、限られた棚スペースを割く傾向が強い。バイヤーの評価が高くても、簡単には男性用化粧品にスペースを空けてくれない。コンビニからは必ず『6色のうち、一番売れそうな商品から置きたい』と言われた」(堀弘人・チェーンストア営業部二課係長)。しかし、堀係長は「ムービングラバーは6色で1つの商品と考えてほしい」と、コンビニに訴えた。

 それだけでは埒(らち)が明かない。女性用化粧品を優先するコンビニの全社方針に逆らってまで女性用化粧品のスペースを削り、ムービングラバーに棚を空けてもらうには、「そのほうがコンビニにとって有益だ」という根拠が必要である。

 そこでマンダムが用意したのが、「カテゴリーマネジメント」に裏打ちされた棚スペースの効率運営の分析結果である。あるコンビニから化粧品売り場全体のPOS(販売時点情報管理)データを事前に受け取り、そのデータをマンダムが独自開発したカテゴリーマネジメントの分析システムに入力して、アイテムの陳列数と売り上げの相関を示した。

 その結果、女性用化粧品はスペースを広げた割には売り上げがさほど伸びておらず、逆に男性用ワックスはスペースが削減される中でもコンビニの売り上げに貢献している事実が判明した。マンダムの分析指標に従って、基準スペース当たりの適正な売上高を1とした時の比較をすると、男性用ワックスは「基準値の2.6倍もの売り上げ貢献が見込める」との結果が出た。

 コンビニ客の70%は男性といわれる中で、化粧品売り場における男性用ワックスの存在は大きかった。しかも男性客は一度買った商品を繰り返し買ってくれる可能性が高いことが分かっている。

 こうした数値を持って、マンダムはコンビニの商品本部長クラスまで口説き落とし、6色の同時陳列を勝ち取った。最終的にはすべてのコンビニ・チェーンに6色を並べることに成功した。

 今回の刷新はマンダムにとって大きな賭けだった。ムービングラバーは容器も中身も見直したため、製造原価が従来商品より高くなっている。にもかかわらず、アイテム数は減らした。単純に考えれば、アイテム数が減れば売り上げは減り、原価が上がれば商品1個当たりの利益は減る。何としても、大小12種類に絞り込んだムービングラバーの販売を伸ばさなければならない。

 ムービングラバーを店頭で一気に売り込むため、マンダムは従来商品を小売店から返品してもらい、売り場から撤去してしまっている。もはや逃げ場はない。だからこそ、キムタクのCMと連動したムービングラバーの「6色陳列売り場」が欠かせなかった。これは小売店の協力無しにはあり得ない。