どんな仕事であっても,プロジェクトと見なして取り組む。

 これが私の持論だ。「プロジェクト思考」を持って仕事を進めることで,プロジェクトチームのメンバーたちは大きな達成感を得られる。なるべく若い時に,何らかのプロジェクトに参画し,集中して仕事に取り組み,達成感を味わってもらいたいと思っている。プロジェクト経験は間違いなく,その人の今後の仕事のベースになるからだ。

 プロジェクトは「一定の期間と制約条件の中で目標を達成するためのユニークな活動」と定義されている。プロジェクトを成功させるカギは,事前の計画作りと実行時の問題解決,そしてプロジェクトメンバーのチームワークと言われる。唐突かもしれないが,これはサッカーと同じである。中学から大学卒業まで,サッカーに打ち込んできたため,私は物事をサッカーに例えることがしばしばある。

 ゴールを明確にし,得点するために全神経を集中する。共通の目標を達成するために,チームワークを維持しながら,しかも個々人が個性を発揮し思い切りプレーする。一方,ルールと試合時間という制約には従わなければならない。勝つためには試合前の周到な準備が欠かせない。日ごろの練習,チーム編成,メンバー間のコミュニケーション,そして作戦である。いったんグラウンドに出た後は,状況に応じて素早く判断し,問題があればその場で解決していく。個々人の専門分野は一応決まっているが,状況に応じて臨機応変に他人の役割を肩代わりする。「ここから先は私の担当ではありません」などと言っていては試合に勝てない。

 さまざまな取り組みと努力を積み重ねて,ゴールを射止めたときの達成感は言葉に表現できないほど素晴らしいものである。サッカーに取り組むように仕事を進めることが重要だと心底思っている。仕事をサッカーのように進めようというメッセージは「プロジェクト思考で仕事を進めよう」と同義である。以上見たように,サッカーの試合は一つのプロジェクトと言えるからだ。

 2004年5月19日,頭取に就任する直前,全行員にメッセージを電子メールで送った時,メールの件名を「キックオフ!」とした。電子メールの中で行員に向けて次のように書いた。「皆さんは選手としてチームのためになることは,どしどし積極的に個性を発揮してプレーをしてください。『フォアザチーム』で良かれと思うことはどしどし提言してください」。

 フォアザチームとは,組織あるいはチームの意向であるなら,それを重く受け止め,ベストを尽くすことである。これこそがチームプレーの基本であると教えられた。また,頭取になる心境についてはこう書いた。「皆さんと一緒にグランドに立ち,一緒にプレーする,サッカーでいうならキャプテンになるという心境です。先頭に立って,身体を張ってプレーするつもりです」。

システムエンジニアこそ本流

 サッカーのことは昔から意識していたが,プロジェクトという仕事の進め方を私が明確に意識した時期は,1985年にまでさかのぼる。この年,事務本部システム部へ異動になった。予想もしない人事であったので,正直言って大変驚いた。コンピュータのことなど何一つ知らなかったからである。

 当時,「第三次オンラインシステム」と呼ばれた銀行のシステム開発プロジェクトが進められていた。このプロジェクトで「システム企画」の仕事をせよと命じられた。多くの行員と協力会社の努力のおかげで,第三次オンラインシステムを1988年に完成することができた。その後もシステム部長としてシステムの仕事を91年まで続けた。6年間で私はプロジェクトとそのマネジメントをじっくり経験できた。これはその後の私にとってたいへん大きな財産になった。

 システム部の仕事を極めて簡単に説明すると,行内の現場部門の要望を取りまとめ,要望に沿って情報システムを開発し,きちんと動かすことである。そのためにシステム部はシステムズエンジニア(SE)やプログラマーを擁している。

 6年間システム部にいて,私が得た感想は「SEこそが本流だ」というものであった。今やそんなことはないが,当時はシステム部を「SEやプログラマーが集まっている特別な組織」と見なす風潮があった。実は着任する前の私もそう思っていた。しかし中に入って仕事をしてみると「特別どころか,システム部の方こそ本流だ」と思うようになったのである。

 理由の一つとして「情報システムは銀行の心臓部」という厳然たる事実があった。情報システムなくして,銀行業務を遂行することはできない。しかもシステムの重要性は年々高まっている。

 私が「SEこそ本流」と思った理由はもう一つあった。「銀行の中でシステムの仕事ほど達成感が得られるものはない」という実感である。情報システムの開発や運用の仕事はたいへん厳しい。開発の終盤に入ると土曜も日曜もなくなってしまうことがある。徹夜仕事もしばしばある。ミスが許されないため,担当者にとってはかなりのプレッシャーである。その代わりシステムが完成したときの達成感は圧倒的に大きい。なぜこれだけの達成感が得られるかといえば,それは「仕事をプロジェクトとしてやっている」からである。

 ゴールと期限を明確に設定し,計画を立てチームをつくって進める仕事は,当時の銀行の中にはあまりなかった。もちろん個々の仕事にそれなりの達成感はあったが,プロジェクトであると認識して仕事を進めると達成感が大きく違う。別の言い方をすると,システム部は銀行の中で唯一,「ものづくり文化」の組織であった。品質がカギを握る世界である。

 私見であるが日本の製造業が強いのは,新製品開発などプロジェクトとして実施する仕事の比率が高いからではないか。達成感がある仕事を常時しているから,社員の動機付けができ,いい仕事をした社員が次のプロジェクトに挑むという良循環を起こせるのであろう。現在,銀行の仕事のかなりの部分がプロジェクトの色彩を帯びるようになった。一人でも多くの行員にプロジェクトの達成感を味わってもらうことが,キャプテンである私の務めと考えている。

机とロッカーの調達がシステム企画の初仕事