映画の題材には、さまざまな職業が取り上げられる。公務員が主役の映画・TVドラマも数多い。数だけでいうと極めて多いのをご存じだろうか。軍事・戦争・スパイ、刑事・警察、裁判・訴訟、さらに革命ものが入るからだ。大統領や議員などの政治家(特別職公務員)もよく題材になる(『ガンジー』『エアフォースワン』『ランダムハーツ』『チェ・ゲバラ--人々のために』など)。消防士、教師などヒーロー・ヒロインが出やすい職種も題材になる(『二十四の瞳』など)。権力の扱いに悩む王族も公務員・政治家に含めるともっと数は増える(『ラストエンペラー』『セブン・イヤーズ・イン・チベット』など)。そんな中から日本人に身近な作品で公務員の使命感や官僚制の問題がよく描けていると思うものを抜き出してみたい。

1.県庁の星

 鼻持ちならないエリート県庁職員が研修でおんぼろスーパーマーケットに出向。「組織図を見せてください」「そんなものうちにはありません。なくてもちゃんと仕事できます」というやり取りに始まるカルチャーショックの日々。踊る大捜査線の織田祐二が主人公、教育係はパートの店員の柴崎コウ。エリート公務員は周りと摩擦を起こしながら、ついに世の中の現実と何が県民のためになるかという職業哲学を確立する。談合や知事職の形骸化、地方議会の腐敗問題などもよく描けており、秀逸の作品。公務員の研修の場としてスーパーやホテルは最適だ。映画『スーパーの女』を研修教材に使う役所も多い。

2.海猿

 海上保安庁の潜水士の訓練を通じて人命救助の任務の厳しさを描く。実は僕も大昔、海上保安庁に勤務していた(3等海上保安正)。法律担当で運輸省から出向していただけだが海難救助の現場の緊張感はしばしば感じた。下手をすると命を失う現場で鍛えられてきた海上保安官はいわゆるのんきな公務員とは対極の頼もしいプロフェッショナル。海上保安庁は地味だけどとても頼もしい組織だ。

3.マルサの女

 国税庁査察部の女性職員が主人公。フィクションだが徹底したリアリズム取材に基づく各場面が生々しい。例えば主人公が脱税王のパチンコ店主にかざす電卓は実際に使われていた備品と同型だそうだ。伊丹十三監督の作品には上記の『スーパーの女』など社会問題をリアルに描いたものが多く社会勉強の教材としてもお勧め。

4.生きる

 黒澤明監督の1952年作品。事なかれ主義に流されていたごく普通の市役所の課長がある日、突然ガンに侵されていると知る。市民のために仕事をするという使命感に目覚め、陳情があった公園作りに奔走する。窓口の無責任対応、たらい回しなど冷徹かつ不条理な官僚組織の問題とそれに果敢に挑む職員の姿を描く。こうした構図は驚くほど今も変わらない。

5.踊る大捜査線

 従来の刑事ドラマの域を超え警察組織全体を描いた。巨大組織の末端の湾岸警察署で働く警察官(彼らも地方公務員だ)の喜怒哀楽をビビッドに描く。これを教材にした経営学者の本も出ている(『踊る大捜査線に学ぶ組織論入門』(金井壽宏・田柳恵美子著)。

6.水戸黄門

 日本の政治行政と民主主義の限界をこれほど象徴するドラマはないだろう。わが国の政治行政における問題解決策は古来、極めて安易なワンパターン、つまりトップに英雄を投入し末端を人事処分する(代官の切腹)というものだ。「現場の代官は不正をしている。だが副将軍様はちゃんと処罰してくださる……」というのは小泉人気のもとで郵政族や道路公団が打ちのめされるのを見て溜飲を下げ、行政改革の本質を見失う今日の姿と変わらない。

 印籠が出てきたらスカッとしてはいけない。そもそも黄門様が行くところ各地で毎週、問題発生というのは江戸幕府の統治が末期的ということを物語る。根治を図らず、もぐらたたきで済ませているところがいかにも日本国。そういえば最近、安倍総理も知事の連続逮捕劇を見て「地方はしっかりしろ」と他人事のような批評をしている。果たしてあれでいいのか。市民も市民だ。だまされても裏切られても国家権力に自浄作用を期待する。平成の水戸黄門は待っていても現れない。市民が改革に向けて自ら動くしかないのだ。

7.炎のメモリアル

 9・11テロで活躍した消防士たちへの鎮魂歌だ。We will never forget about you.

8.白い巨塔

 国立大学病院の医局に渦巻く利権構造を描く。最近の制度改革で医局への権力集中の時代は変わりつつあるが、命を預かる医師たちの献身的活動と対照的な利権構造は知っておくべきだ。

 こうして考えてみると意外に行政は映画の世界で取り上げられている。行政・政府は世の中に不可欠な存在だが市場競争原理にさらされない。だから腐敗や矛盾を生みやすい。官僚組織の習性を市民に教える教材としてこの種の映画は大事にしたい。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。