2006年末、IT産業に大きな転機が訪れる。IT産業売り上げ第1位の座をながらく守ってきた米IBMを、米ヒューレット・パッカードが追い抜くことがほぼ確実になってきたからだ。二大IT企業であるIBMとHPの次の一手を探る。

 両社の事業ポートフォリオは大きく異なっており、売り上げを単純比較することはできないが、サーバー事業は真っ向から対決する。IBMの研究・開発の総本山、ワトソン研究所でプロセサ技術を担当するIBMフェロー・主任研究員のバニー・メイソン副社長にインタビューした。

 「ほら、映画のようだろ」

 メイソン副社長は、記者に飛行機からみた地上のコンピュータ・グラフィックス(CG)の画像を見せながらこう言った。

 
  IBMフェロー・主任研究員のバニー・メイソン副社長
 CG画像はIBMがソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)、東芝と共同開発したCellプロセサで描画したもの。「大容量のデータで描画する画像を滑らかに再生したり、複雑な医療画像を瞬時に計算して描画することができる」(メイソン副社長)。CellはSCEのプレイステーション3(PS3)に搭載済みで、スーパーコンピュータでの採用も予定している。

 IBMはCell以外にも、サーバーからパソコン、ゲーム機にまで搭載する「POWER」、自社や日立のメインフレーム向けプロセサの研究・開発、製造を続けている。これに対し、米ヒューレット・パッカード(HP)、NECや日立製作所など、サーバー・メーカーの多くは自社によるプロセサの研究開発・製造から撤退していった。

 IBMがプロセサを作り続ける理由をメイソン副社長はこう説明する。「ITは部分的に最適化しても、やがて性能や機能に限界がくる。IBMはプロセサも含めて、サーバー、ミドルウエア、アプリケーション、システム・アーキテクチャ、全体を見渡してホーリスティック(全体的)な最適化を図っている」。

 IBMはホーリスティック設計という開発方針を10年前に再認識し、社内で明確に掲げた。「プロセサ単体で見れば、性能は1、2割改善するだけだろう。驚くべきものではない。しかし、システム全体の中でホーリスティックに考えれば、一つのパーツであるプロセサの機能や性能がどうあるべきか、自ずと分かってくる」(メイソン副社長)。

 ホーリスティック設計の典型例がCellだ。「システム全体の性能を飛躍的に向上させるため、プロセサの半導体、アーキテクチャー、ソフトウェアのすべてをホーリスティックにイノベートした」(メイソン副社長)。

 また、一つのプロセサにコアを二つ搭載する「デュアルコア」の開発・製造もホーリスティック設計によるものだ。IBMは、AMDやインテルよりも早くデュアルコアに取り組み、2001年からUNIXサーバーなどに搭載している。AMDやインテルがデュアルコアのプロセサを投入したのは2005年以降のことだ。

 「顧客と接するシステム構築部隊と話しているうちに、プロセサの消費電力がサーバー運用で問題となりつつあるという情報を得た」(メイソン副社長)。そして、動作周波数の低いコアを2個搭載することで、性能向上と消費電力の抑制を両立ができるとの結論に至り、プロセサにデュアルコアを実装した。

 メイソン副社長はこんなことも言った。「プロセサを開発している会社が1社になったらどうなる?きちんとした製品を開発しなくても、それを使わざるを得ないだろ。技術をビジネスのコアに据えているIBMとして、それは避けたい。だから自分で作るのさ」。