2006年末、IT産業に大きな転機が訪れる。IT産業売り上げ第1位の座をながらく守ってきた米IBMを、米ヒューレット・パッカードが追い抜くことがほぼ確実になってきたからだ。二大IT企業であるIBMとHPの次の一手を探る。

 
  HPのアン・リバモア上級副社長
 「我々のゴールは、世界でベストの技術を持つ企業になることだ」。米ヒューレット・パッカード(HP)で企業向け製品とサービス事業の最高責任者を務めるアン・リバモア上級副社長は、こう断言する。ITを生業にする企業である以上、自らがテクノロジを開発・保有し、それを基にビジネスを展開する、というわけだ。

 技術の重要性を強調するのは、リバモア上級副社長だけではない。「HPの強みは何か」という問いかけに対して、HPの社員はほぼ例外なく「テクノロジを主体にして、顧客の変革を支援すること」との答えを返してくる。ハードウエアの設計責任者、OSやミドルウエアのマーケティング担当者、インフラ技術者、研究機関のリサーチャーにいたるまで、その志は同じである。


「変化対応型」こそ、企業のあるべき姿

 ではHPは、顧客企業が今後、ITを主体にどんな姿へ変革していくと予測しているのか。リバモア上級副社長はその問いに対して、「変化対応力を備えた企業、つまりAdaptive Enterprise(AE)が、これからの企業のあるべき姿だ」と答える。AEとは、「ビジネスとITが同期して、変化に即応していく企業。むしろ変化を活用して、競合他社に先んじる企業」を表した概念である。HPは「顧客自身がAdaptive Enterpriseへと変革するためのITを提供する」(リバモア上級副社長)。

 AEの実現に向けてHPが提供するITインフラが、「Adaptive Infrastructure(AI)」だ。「AIはアプリケーションやビジネス・プロセスを実行するための土台、すなわち企業全体の土台になる。だから我々は、企業のITインフラをより変化に強いものに変革することに注力している」(同)。

 変化への適応力を備えた企業への変革を支援するという点では、最大のライバル、米IBMも同様な戦略を掲げる。IBMに対するHPの競争力はどうなのか。

 売上高の面では、HPはIBMを抜いて世界一のITベンダーになりつつある。HPが11月16日に発表した2006年会計年度(2006年10月まで)によると、年間売上高は917億ドルに達した。本誌の推定では、2006年12月期のIBMの売上高は905億ドルにとどまる。

 ただし事業構造はIBMと大きく異なる。2005年度の事業部別業績を見ると、プリンタ関連事業の売上げが251億5500万ドルと全体の3割、営業利益にいたっては過半数を占める。このため「HPはプリンタ企業。エンタープライズ分野で存在感は乏しい」と揶揄する向きもある。

 確かに、エンタープライズ製品のラインナップ、特にミドルウエアの品ぞろえを見れば、IBMに対してHPは見劣りする。IBMは統合運用管理ソフト「Tivoli」、データベース・ソフト「DB2」、アプリケーション開発とライフサイクル管理の「Rational」など、情報システムを設計・開発・運用するために必要なミドルウエアを持つ。圧倒的な買収攻勢で、ラインナップの充実にも余念がないだけに、HPは、現状の品揃えで次世代の情報システム基盤を構築できるのだろうか。

足りないところは強者と手を組む

 リバモア上級副社長は、HPの製品戦略を「重要な製品分野でシェア1位になること」と説明する。代表例が、AIを構成する基本製品であるx86サーバー。「当社は10年連続で、x86サーバーの台数シェアで世界一を獲得している。ブレード・サーバーでも、ハイエンドのUNIXサーバーでも、同様にシェア世界一を得ている」(同)。

 リバモア上級副社長は、「IBMの基本はメインフレームにある。メインフレームは前世代の技術であり、現在のIT環境にとっては重要かもしれないが、未来のものではない。HPは未来の技術を顧客に提供しており、明らかに優位な位置にいる。だからこそ、多くのサーバー製品カテゴリで市場シェアをリードしている」と話す。

 記者が指摘したミドルウエア分野についてリバモア上級副社長は、「HPの強みを出せるのは、あくまでマネジメント・ソフト分野」であるとして、強化するミドルウエアをITインフラのマネジメント製品群「OpenView」に絞る考えを示した。

 実際、HPはここ数年、積極的な企業買収を重ねて、OpenViewの製品構成を強化している。最近では今年7月、米マーキュリー・インタラクティブの買収を発表した。情報システムがビジネスに与える影響を可視化するITガバナンスや、アプリケーションの品質管理といったマーキュリー製品を、OpenViewに取り込むためである。

 一方、マネジメント・ソフト以外のミドルウエアでは「パートナーシップを重視する」(リバモア上級副社長)考えだ。もちろん、販売やマーケティングで手を組むだけではない。各分野のトップクラスのベンダーと提携し、製品の設計・開発段階から情報を共有。両社の製品を組み合わせたときに最適な機能や性能を発揮できるようにする。

 例えばデータベース分野では、米オラクルと協業し、最新バージョンのHP-UX 11iにracle Databaseに最適化したファイル・システムを搭載している。このファイル・システムを使うと、Oracle Databaseの性能を30%向上できるという。IBMにあってHPにないWebアプリケーション・サーバーに関しても、「米BEAシステムズと非常に良好な関係を築いており、今後も継続する」(リバモア上級副社長)。

 ターゲットを絞って、突き詰める。それがHPの製品戦略の基本と言えそうだ。