経済産業省が描く情報大航海プロジェクト
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経済産業省による「情報大航海プロジェクトの進め方」
経済産業省による「情報大航海プロジェクトの進め方」
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2006年10月,CEATEC JAPAN 2006の「情報大航海コンソーシアム・ブース」で展示された東京大学の「空間軸と時間軸を統合したインターフェース」。地図の重なりが時間軸を表す
2006年10月,CEATEC JAPAN 2006の「情報大航海コンソーシアム・ブース」で展示された東京大学の「空間軸と時間軸を統合したインターフェース」。地図の重なりが時間軸を表す
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CEATEC JAPAN 2006の「情報大航海コンソーシアム・ブース」で展示されたNHK放送技術研究所による類似画像検索システム
CEATEC JAPAN 2006の「情報大航海コンソーシアム・ブース」で展示されたNHK放送技術研究所による類似画像検索システム
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CEATEC JAPAN 2006の「情報大航海コンソーシアム・ブース」で展示された富士通による映像検索・解析システム。映像を解析し意味的なまとまりであるシーンに分割,ユーザーが付与した感想や注釈などのメタデータにより分析する
CEATEC JAPAN 2006の「情報大航海コンソーシアム・ブース」で展示された富士通による映像検索・解析システム。映像を解析し意味的なまとまりであるシーンに分割,ユーザーが付与した感想や注釈などのメタデータにより分析する
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 経済産業省が進める検索エンジン開発プロジェクト「情報大航海」。来年度から3年をかけ,150億円の予算を要求している。7月に「情報大航海プロジェクト・コンソーシアム」が発足,11月末時点で産官学56団体が参加している。しかし,インターネット上で交わされる意見を見るかぎり,このプロジェクトに対する評価があまり芳しくない。

 そんな中で,経済産業省 商務情報政策局 情報政策課 課長補佐の久米孝氏が11月30日,情報通信政策フォーラムで「経済産業省はWeb2.0にどう対応するか」と題して講演,会場の質問に答えた。このプロジェクトの何が批判されているのか。それに対する経産省はどう答えるのか。

「今からGooleと同じことをやるつもりはない」

 よく聞かれるのは「今さら税金を投じて日本版Googleを作るのか」という批判だ。

 これに対し,経産省は「今からGooleと同じことをやるつもりはない」と答える。「経産省も『Googleだけでいいのか』と言わなかったわけではない。しかし,検索エンジンはGoogle以外にもヤフー!もマイクロソフトもある。国家プロジェクトで検索エンジンを作って,日本人はこれを使いましょうというのは気持ちが悪い」(久米氏)。

 プロジェクトのターゲットは「日本の強みを発揮できる領域」という。具体的にはITS(高度道路交通システム)やRFID(ICタグ)のセンサー・ネットワークの検索,医療の画像情報,カードやおサイフケータイの決済情報を個人情報と切り離して分析する技術などだ。

 「インターネットの情報はメイン・テーマとはならないかもしれない」と久米氏は言う。「日本の強みを生かせるのはリアルタイムな世界,閉じた世界」だからだ。

「日の丸検索エンジンではない,国外の技術は排除しない」

 また「どう説明してもマスメディアには『日の丸検索エンジン』と書かれてしまうが,そうではない」と久米氏は苦笑する。「国外の技術は排除しない。気持ちとしてはインターナショナルなプロジェクトとしたい」という。そのために「成果は段階的にオープンソースにする。議論中だが,英語のドキュメントを公開することで世界から議論に参加してくれるかもしれない」(久米氏)。

 ただし「日本に拠点がないと情報交換が難しいかもしれない,という面はある」(同)。

過去の国家プロジェクトの教訓をどう踏まえるか

 さらにプロジェクトが不安視される背景になっているのが,第五世代コンピュータやΣ(シグマ)プロジェクトなど,経産省(かつての通産省)によるこれまでのIT関連国家プロジェクトの“実績”だ。

 この点について久米氏は「過去のプロジェクトでは,ゴールが近づいているのか遠ざかっているのか,あるいはゴールを変えないといけないのか,検証する仕組みがビルトインされていなかった」とする。情報大航海プロジェクトでは「ゴールと到達度を検証し,迅速に変えていく仕組みを作る」という。

 また「ユーザー主導」であることも大きな相違点だとする。過去のプロジェクトは技術オリエンテッドになる傾向があった。ベンダーの提案をもとにプロジェクトを立案したためだ。しかし今回のプロジェクトは,ベンダーではなくユーザーの声を聞くことでニーズに即したものにしていくという。

 インターネットの声の中には,ITゼネコンと呼ばれるIT系大企業にたいするばらまきではないかという批判もある。

 久米氏は「コンソーシアムに入っているから予算をもらえるということはない。入っていなくてもお願いすることはある」として,ばらまきという見方を否定する。

キャッチアップの時代はひたすら頑張ればよかった

 日本のIT産業の発展に大きな功績があったとされる国家プロジェクトもあった。1970年代の「超LSI開発プロジェクト」などは,日本メーカーのIBM互換メインフレームの躍進を支えたとされる。

 「キャッチアップ時代の研究開発は,ある意味楽だった。額に汗してひたすら頑張ればよかった」と久米氏は言う。「今回のプロジェクトのように,技術もビジネスも数カ月で変わっていく領域は,政府プロジェクトにとって苦手な分野」(同)。「しかし,そういう分野は今後ますます増えていく。試金石としてやっていかなくてはならない」(久米氏)。

 久米氏の言うように,国家プロジェクトとして何かを開発することは。時代ともに難しくなっている。かつては目標が確定していれば,あとはとにかく進めばよかった。そしてボトルネックは資本や人手だったから,政府が資金をつけ,企業を束ねて規模を拡大する効果は大きかった。

 しかし,現在の研究開発でボトルネックになっているのは多くの場合資本ではない。ソフトウエアやインターネット上のサービスの開発に巨額の資金は必要ない。イノベーションを起こすのは,他人と違うことを考える頭脳だ。そして彼らが何回もの試行錯誤を行うことで,突破口が見つかり,イノベーションが,ビジネスモデルが生まれる。

ネット上のイノベーションは膨大な試行錯誤と失敗から生まれる

 なぜGoogleはシリコンバレーで生まれたのだろう。あたり前のように思えるし,いろいろな説明もあるのだろうが,どれだけの頭脳が,どれだけの試行錯誤を行ったか,その掛け算の答えが最も大きい場所にGoogleは生まれたのではないか。情報通信政策フォーラム理事の池田信夫氏はそれを「多産多死」モデルと表現する。従来の政府主導プロジェクトとの隔たりは大きい。

 イノベーションを生み出す場所と条件が大きく変化していることは,もちろん経産省にもとっくにわかっている。「大企業ではない人たちにも参加してほしい。(経産省が突出した個人の技術開発を支援する)未踏ソフトウェア・プロジェクトの卒業生たちに話を聞くと,非常に鋭い意見が出てくる。どうやってそういう人たちに参加してもらうかが課題だ」(久米氏)。「誤解を恐れずに言えば,すべて成功する必要はない」とまで久米氏は言う。プロジェクトの方針には「少数意見や天才型の技術開発の方向性にもリソースを配分し,多様性を保持し機動的に方向性を見直す」とある。

 しかし,実際にプロジェクトのあり方を変えることは簡単ではない。情報通信政策フォーラム理事の池田氏は「コンソーシアムに参加しているのはユーザー企業も含めて大企業であり,既存の大企業の意見をいくら聞いても破壊的イノベーションは生まれない」と指摘する(池田氏のブログ)。セミナーのモデレータを務めた原淳二郎氏は「一部の企業のためのプロジェクトであって,国民のためのプロジェクトであると感じられない」と感想を述べる(原氏のブログ)。

従来のやり方をどこまで否定できるか

 「ソフトウエアも日本の競争力がないことで有名な分野。折りしもWindows Vistaの発売が始まろうとしているが,この領域に関して日本の産業政策は何もしなかった。結果として外資系に市場を席捲されてしまった」(久米氏)との忸怩(じくじ)たる思いが経産省にはある。「検索に関して,日本にもチャンスがあって,技術のシーズもあったが,結果的になくなってしまった,でいいのだろうか」(同)。ハードウエア,ソフトウエアに次ぐ波であるサービス。そこで日本が競争力を失ってしまった時に,何も手を打っていなかったとしたら悔やんでも悔やみきれない,であればなおさら,今回のプロジェクトはアリバイではなく,成果とならねばならない。

 変化が理解されているとしても,実際のプロジェクト運営で過去のやり方を否定し,変えて成果を出すことができるのか。プロジェクトは来年度,正式に発足する。