読者の皆様は現在,おびただしい数のWindows Vista関連記事を目にしているだろう。だから筆者は天の邪鬼になって,別の話題について書くつもりだ。今回は,筆者が「巧みな発想(Cleverness)の時代」と呼ぶ周期的に発生する歓迎すべき現象が,最近再び起きていることを紹介しようと思う。

 ここ33年間,マイクロ・コンピュータとそれらによるネットワークは,ハードウエアとソフトウエア,そしてネットワーキングの面で,目覚しい発展を遂げてきた。プロセッサの性能やネットワーク・プロトコル,それにOSプラットフォームの性能が急激に進化すると,ほとんどの場合その後すぐに,新しくてクールな出来事が発生する。だが筆者が「巧みな発想」とみなしているのは,こういうクールな出来事ではない。

 筆者が「巧みだ」と感心するのは,新しいテクノロジが現れたときに出るアイデアではなくて,それらのテクノロジが頭打ちになったときに出るアイデアだ。つまり,一見自らの役割をすべて果たしたかのように見えるテクノロジから,何とかして有益な使い道を搾り出すようなアイデアのことである。

 例えば80年代の後半,私たちは既に何MバイトものRAMを搭載するコンピュータを持っていた。だがMS-DOSを使っていたため,そのうちの640Kバイトくらいまでしか使えなかった。パソコンの進化は頭打ちになったかのように思えた。しかし「Quarterdeck」や「386Max」といった会社が,こうした制約をすり抜けられるツールを生み出した。ほかにも「Norton」や「Central Point Software」といったベンダーがリリースする,精巧でコンパクトで,信頼性のあるユーティリティを利用することによって,DOSシステムでできることが以前よりも多くなったのだ。

 スペースの都合上,ベンダーの名前を4つしか挙げられないのがつらいところである。一方アプリケーションでは,「Ashton-Tate」という会社の「Framework」というワードプロセッサ/データベース/表計算プログラムが,約570Kバイト(Windowsで「メモ帳」が占拠するメモリ・スペースとほぼ同じ)というサイズにもかかわらず,驚異的な性能を実現した。80年代後半は,まさに筆者が言うところの「巧みな発想の時代」だったのだ。

 当時と比べると,私たちは今,もっとシンプルな時代に生きていると思う。プロセッサのクロック速度は4GHzで頭打ちになっているし,もっと速くなったとしても,実はPentiumやCoreのコマンドセットとアーキテクチャは,1985年に登場した386プロセッサのものとそれほど変わらないのだ。何らかの大きなパラダイム・シフトが起きない限り,ハードディスクの容量もそれほどは増えないだろう。筆者が聞いた話では,200Gバイト以上の2.5インチ・ディスクが近いうちに登場することはないようである。

 こうした限界を困ったことだと考える人もいれば,非常に巧みな発想をもとに何かをするチャンスだと考える人もいる。例えば,仮想マシン(VM)テクノロジがその1つだ。

 Pentiumファミリのチップは,決して自らを仮想化することを意図して作られたわけではなかった。にもかかわらず,巧みな発想のできる人たちが,それを実現する方法を見つけ出したのだ。そして別の巧みな発想のできる人たちが,この概念をさらに1つ上のレベルに押し上げた。VMテクノロジを用いてサーバーを作る人も現れた。それによって,ディザスタ・リカバリは至極単純になった。VMは大きなファイル群を含むフォルダに過ぎないので,外部ドライブを接続してXCOPYコマンドを叩いてファイルをバックアップするだけで,ディザスタ・リカバリの準備は終わってしまうからである。

 「Softricity」や「Altiris」といった会社は,腹立たしいほど互換性のない古いアプリケーションをシステム管理者にパソコンのセキュリティ・レベルを1996年以前に戻して貰うことなく,現代の管理されたネットワーク上で実行できるようにするツールを,VMを支えるいくつかの概念に手を加えることによって作成した。

 Windows Vistaも,「巧みな発想」に分類されるべきVMの概念を利用している。Windows Vista Business/Enterprise/Ultimateに搭載される,イメージ・ベースのシステム・バックアップ機能がそれだ。これを使うと,システム・ドライブ全体がVirtual PC形式のデータ・ファイルとして保存され,ディザスタ・リカバリが容易になる。

 そもそもディザスタ・リカバリは,これまでも巧みな発想の産物を多く生み出してきた分野である。Windows XPには,イメージ・ベースのバックアップ機能が欠けているが,米Acronisのような会社が,Windows Vistaのイメージ・バックアップ機能に匹敵する「True Image Workstation」という製品を100ドル以下で販売している(日本語版の価格は1万290円である)。

 米Acronisはまた,「Acronis Power Utilities」というディスク・エディタ・ツール,つまりシステムをより大容量のハードディスクや新しいハードディスクに(設定やアプリケーションに変更を加えることなく)移行できたり,削除したパーティションをリカバリできたりするツールを,60ドル以下で提供している。最近「Norton Utilities」のことを全く聞かなくなっただけに,心強い限りだ(日本語版は「Acronis Migrate Easy 7.0」という名称で販売されており,価格は5040円)。

 革新があまりない時代に生きていると,窮屈な思いをすることもあるだろう。だがそういう時代にも,利点があることを決して忘れてはいけない。そういう時代は,本当に巧みな発想ができる人に成功のチャンスを与えてくれる。それが悪いことであるはずがない。