マーケティングの原点は、顧客にとってのベネフィット(利益や価値)を顧客の立場で考えること。IT業界においては、システムの設計・開発でエンドユーザーのベネフィットや利用シーン、プロセスを考えることであり、パッケージソフトの開発でエンドユーザーのプロフィールを思い浮かべ、最適なパッケージや販売チャネルを考慮に入れることだ。

 では、マーケティング力を向上させるにはどうすべきか。マーケティングに関する定番といわれる入門書やベストセラーの書籍を読み、基礎知識やテクニック、最新動向をインプットしておく一方で、マーケティングセンスを磨くことにも力を入れるべきだ。最も簡単な方法は、消費者である自分の行動を意識すること。洋服を買うときやレストランを選ぶときに何らかの理由がある。それを絶えず意識することで、商品の購入者やサービスの受け手としての感覚を養え、想像力は高まる。

 現在勤務する会社での日常業務にも、題材はたくさんある。SEであれば、日々の業務を通して数多くのデータに接しているはずだ。そのデータの向こうでユーザーがどう行動しているのかを想像してみよう。想像力が豊かでないと、データに基づいた有効な仮説を立てられない。

同僚とマーケティング戦略を議論

 また、勤務先がパッケージソフトを開発・販売しているのなら、それを題材にしてセンスを磨こう。商品ブランドの確立には開発だけでなく、市場調査、企画、チャネル、営業販売、顧客サービスが必要になる()。さらにコーポレートブランドの確立にはどうすべきか考えることも可能だ。同じ問題意識を持つ同僚と、プロモーション戦略やチャネル戦略、顧客サービスなどについて議論すれば、米国のビジネススクールと同じような効果を得られるはずだ。

図●商品ブランドの確立には開発だけでなく、市場調査、企画、チャネル、営業販売、顧客サービスが必要になる
図●商品ブランドの確立には開発だけでなく、市場調査、企画、チャネル、営業販売、顧客サービスが必要になる

 マーケティングの世界では、今、大きな変化が起きている。マスマーケティングに始まり、ターゲットマーケティング、ニッチマーケティングを経て、個のレベルのOne to Oneマーケティングへと進化してきたが、ここにきて一段と詳細なレベルまで落とし込んだナノマーケティングと、社会とのかかわりを重視するソーシャルマーケティングへの二極化が進んでいる。中でも、ソーシャルマーケティングの広まりには注目すべきだ。

 これまでマーケティングは企業の利益を優先した発想にとらわれる傾向があったが、ソーシャルマーケティングは社会に役立つという視点に立ったものといえる。個人を超えて、家族や地域、地球によいかどうかを考え、世の中に好影響を与えるものを広めるという発想に基づく。CSR(企業の社会的責任)やLOHAS(ロハス)に通じるものがある。地球規模での展開が視野に入ってくるだけに、これまで以上に想像力が求められる。

 既にソーシャルマーケティングで成功しているIT企業はマイクロソフト、IBMなど複数あるが、一線を画した方向を示すのがグーグルだ。同社の活動は「技術で世界をより良い方向に変えていく」という発想に基づいている。100ドルPCを開発して発展途上国の子供に配り、Gメールのユーザーとしてアドセンスを埋め込んだメールでアフィリエイト的にお金を落とす仕組みを仕掛けるという根底には、ITを活用して世界の貧民国を救済しようとする発想がある。

 マーケティングと聞くと、ヒラメキや勘といった右脳の世界と見られ、エンジニアには縁遠いと思われているが、データの収集・分析、システマチックな仕組みの構築など地道な活動の積み重ねへの依存が大きい。エンジニアはデータの扱いやシステムフローの設計に慣れているので、これまでの経験は十分に生きる。

稲増美佳子(いなます・みかこ) 氏
HRインスティテュート副社長エグゼクティブ・コンサルタント。富士通でSEを務め、退社後に米サンダーバード大学院でMBAを取得。1993年にHRインスティテュートを共同設立し、マーケティング戦略構築のコンサルティングを行う