新規システムの計画や開発業務は,大変なこともあるが面白い。新しいものを作っていくからだ。しかし,それにかまけて活用をおろそかにすると…。
イラスト 野村 タケオ |
インテリア製品の製造・販売会社S社で働くK主任は29歳。7年前に入社して以来,管理本部情報システム・グループに在席し,一貫して社内のシステム化に携わってきた。ここ2年ほどは,600人の全社員向けの電子メール,グループウェアの導入や活用支援を担当。今では「仕事をきっちりこなせるようになった」と自負していた。
ところが,そんなK主任にとって最近,ショッキングな出来事があった。経営層を含めた重要な会議の場で仕事の成果を問われ,きちんと返答できなかったのだ。
新規案件にやりがい感じる
大学で管理工学を専攻したK主任は,卒業後,コンピュータ関係の仕事につきたいと漠然と考えていた。S社に入り情報システムを担当することになったのも,特に強く希望したからではない。情報サービス企業やコンピュータ・ベンダーへの就職も考えたが,「インテリアを扱うS社が,なんとなく面白そう」と考えた結果だった。
新入社員の頃は,ともかくプログラム開発をしたいと思っていた。「それがコンピュータ屋らしいから」である。ところがS社では開発作業のほとんどを,外注していた。情報システム・グループのスタッフはシステムの企画と保守・運用が主な業務であり,それはK主任も同じだった。
そんなわけで入社当初,K主任は物足りなさを感じていたが,1年,2年と経過するうちに考えが変わってきた。特にここ5年ほどは,社内情報化の推進やインターネット活用のような,新しい仕事が増えてきた。若手のK氏は,必然的にそうした仕事を任されるようになる。3年前に主任になったこともあって,「情報化計画の検討・作成やシステムの導入準備などは大変だけど,やりがいがある。何より新しいシステムを構築するのは面白い」と感じるようになっていた。
そんな矢先,営業関連部門から「販売管理システムを再構築したい」という依頼があった。顧客別の引き合いや受注状況,過去の販売明細,与信・支払い状況などについて,最新の情報をタイムリに把握できるようにするのが目的である。
システム・グループのY課長から案件の取りまとめを指示されたK主任は,さっそく営業部と営業推進部,さらに業務管理部のシステム推進担当者を召集し,検討プロジェクトを発足。営業の業務フローや受注処理の方法など業務全体を見直した上で,新システムの機能要件やシステム規模の検討を重ねた。並行してY課長の承認を得てベンダーに提案を依頼,計画を煮詰めていった。
依頼から約2カ月。予算や開発期間を含めた推進計画案がまとまった。「これでよし。後はY課長と一緒に,社内のシステム委員会で承認を得るだけだ」。K主任は計画案を見ながら,ほっと一息をついた。
それにはわけがある。S社のシステム委員会は各部門の担当役員と部長で構成しており,ITに関心はあっても技術的なことはよく分からないという人が大半。何よりも導入計画は何度も詳細な検討を繰り返して作ったものであり,「何の問題もなく承認が得られる」とK主任が考えるのは自然だった。
「効果はどうか」と厳しい指摘
ところがシステム委員会で,K主任は思わぬ反論にあってしまったのである。計画の概要や見込まれる効果,開発期間は10カ月で約2億円の投資を要するなど,予算面も含めた説明を終えた段階で,経理担当取締役からこんな話があった。「確か2年ほど前だったと思うが,全社員にパソコンを配布して大掛かりなOA化を実施した。当時は経営環境が厳しさを増しており,『本当に必要か』など議論があったことは,君たちも覚えていると思う。そこでK君に聞くが,当初予定した効果は得られたのかね?いまだにパソコンを使いこなしていない人を見かけるのだが。システム・グループから出される案件については,結果報告や評価に関する話は聞いたことがない」。
基本の大切さを痛感
さらに「OA化の報告を聞かないで,今日の案件を審議するのは反対だ」と,経理担当取締役の厳しい指摘は続いた。この発言はいたって当然であり,他のシステム委員会メンバーも「確かにそうだ。まずこれまでの成果を報告すべきではないか」と口を揃えてしまった。Y課長も反論のしようがなく,今日の状況ではこれ以上進めるわけにはいかないと判断して,後日改めて報告をすることにした。
システム・グループでは急きょ,OA化の評価作業に取り組んだ。3週間ほどの時間をかけ,各部門へアンケートを出したり直接ヒアリングに赴いて実態の把握に努めた。この作業を通じて,社員の利用度合いが二極化していることが判明した。電子メールやグループウエアの利用は30代までの社員には十分定着しているが,それ以上の社員はほとんど活用していなかったのだ。
「こんな実態を報告したら,どう言われるか分からない」――。Y課長とK主任は途方にくれた。そこでシステム委員会の開催延期を要請しつつ,多くの年配社員の不満を解消するヘルプデスクの常設や,年2回の定期研修会の開催などを取り入れたアフターケアー計画を作成。懸命に改善に取り組んだ。
そしてシステム委員会での挫折から2カ月半後,OA化の評価報告にこぎ着けた。この時は委員会メンバー全員の賛成を得られたのは,言うまでもないだろう。
K主任は,一連の出来事や作業を通じて,多くの社員が情報システムに関心を寄せていることを改めて認識した。同時に,やりっ放しの仕事はダメで,計画―実行―評価―改善というビジネスの基本サイクルを実施することの大切さを痛感した。
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