前回は,事業を失敗するリスク,他のビジネスチャンスを逃してしまうリスクを意味する「事業機会リスク」の観点から,メール誤送信に起因する個人情報流出事件を取り上げた。

 電子メールは,企業側から顧客に対して積極的に働きかけるプッシュ型のマーケティングツールとして幅広く利用されている。しかし,特定の個人を識別できるメールアドレス情報が個人情報に該当するとなれば,常に個人情報漏えいの事業機会リスクがついて回ることになる。また,メール送信に際しては事前に顧客の了解を得る必要があるが,そうでない場合,「迷惑メール」と見なされることになる。今回は,個人情報保護と密接に関わる迷惑メール対策の観点から考えてみたい。

急増する迷惑メールと対策のイタチごっこ

 財団法人日本データ通信協会では,「迷惑メールに関してのアンケート調査」を実施している。2006年10月13日に公表された平成18年度調査結果を見ると,一年前と比べて受信する迷惑メールの件数が増えたという回答者が,パソコンユーザーの79%,携帯電話ユーザーの74%を占めている。同じ質問項目について平成17年度調査結果を見ると,パソコンユーザーで76%,携帯電話ユーザーで45%となっており,迷惑メールの増加傾向が顕著になっていることがわかる。

 総務省では,個人情報保護法が本格施行される2005年4月以前から,受信者の同意を得ずに一方的に送信される広告・宣伝目的の迷惑メール対策として,特定電子メール法違反者に対する措置命令を実施してきた(「迷惑メール対策」参照)。また,経済産業省では2005年6月,アダルト・サイトの広告メールを不特定多数のユーザーに承諾を得ずに送信元を偽って送信していた事業者に対して,特定商取引法に基づく初の業務停止命令を出している(「通信販売業者【有限会社エス・ケー・アイ及び有限会社アジアン・オアシス】に対する業務停止命令/【有限会社エス・ケー・アイ】に対する行政処分について」参照)。

 さらに2006年5月には,他人名義や架空名義のアドレスを使って出会い系サイトの宣伝メール約300万通を送信したとして,千葉県警生活経済課などが,特定電子メール法違反の疑いで,東京都の会社員を逮捕している。続いて2006年8月には,架空のメールアドレスを使い,出会い系サイトの宣伝メール約21億通を無差別に携帯電話に大量送信したとして,大阪府警生活経済課が,特定電子メール法違反容疑で,通信会社と当時の社長ら計3人を書類送検している。

 このように,行政機関や警察では,迷惑メールを送信した事業者の摘発を強化している。ユーザーやISP(インターネット接続サービス業者),携帯電話事業者でも,受信拒否,フィルタリング,メールアドレスの使い分けなど,迷惑メール対策の導入を進めている。しかし,送信側の手口は年々巧妙化しており,イタチごっこが続いているのが実情だ。

ユーザーの態度変容で増えるメールの門前払い

 迷惑メールが社会問題化するにつれ,電子メールに対するユーザーの態度が大きく変わりつつある。送信されたメールはとりあえず受け取るというユーザーは減り,迷惑メール対策機能を施して必要なメールだけを受け取るというユーザーが増えているのだ。

 ユーザーの態度変容は,メールマーケティングのROI(投資対効果)にも影響を及ぼしている。例えば,迷惑メール対策機能の設定によって,ユーザーの事前承諾を受けたオプトインメールが届かない,配送が遅延するといった事態が起きている。「迷惑メール」のフォルダにいったん振り分けられたら,ユーザー自ら確認しない限り,保存期間が経過した後,自動的に削除されることになる。送信数と実際の受信数の差が大きくなれば,クリック率,コンバージョン率などの効果測定指標が下がっても不思議ではない。メール文面の表現テクニックをどんなに駆使しても,「迷惑メール」として門前払いされたのでは,評価しようがない。

 個人情報保護との関わりがもともと深いメールマーケティングであるが,迷惑メール問題によって事業機会リスクが高まるだけでなく,PDCAサイクルのC(評価)の根幹を揺るがす事態が起きている。

 迷惑メール問題に関連して,次回は,金融商品取引法(日本版SOX法)の登場で新たな対応を迫られる,BtoB分野のメールマーケティングに焦点を絞って考えてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディンググループマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/