本連載第12回「本当はもっと音がよいデジタル・オーディオ」で紹介した著名なレコーディング・エンジニアの行方 洋一氏のデモCDを聴くと,非常に音が良いので,その理由を調べてみたくなった。ご本人に確認すると,特別なCD-Rドライブで焼いたものだという。もちろん録音の品質が良いのは当然として,CD-Rドライブでそんなに音質が変わるのか,研究してみようと思い立ち,Plextorブランドでよく知られたそのドライブの製造メーカであるシナノケンシを取材した。


図1●シナノケンシ開発センター技術顧問の草野 一俊氏
[画像のクリックで拡大表示]

図2●システム機器事業部技術センター課長の小林 照幸氏
[画像のクリックで拡大表示]

 行方氏が使っていた機材は「PLEXMASTER PM-2000」で,プロ用,マスタリング・スタジオ用に開発したが,現在は製造していないモデルであった。このモデルに使われているCD-Rドライブは「Plextor PX-W8220T」という製品で,報映産業(TrueMaster)や第一通信工業(MD8220,MD8202)にOEM供給しているものである。PM-2000は,PX-W8220Tを,堅牢で重い10mm厚の真鍮ケースに格納し,オーディオ性能向上のため多くの工夫を施している。総重量は30kgである。もし今量産すれば70万円程度の価格になるという。


図3●PLEXMASTER PM-2000
[画像のクリックで拡大表示]

図4●PM-2000のドライブに使用されているPX-W8220T
[画像のクリックで拡大表示]

 PM-2000の音質向上のためのフィーチャは,以下の通りである。

フライホールを装備

 CD-Rメディアの反りによる影響を少なくするために,金属の板でメディアを押さえている。これにより,外周でのデータ書き込みを安定化(線速度を安定化)させている。線速度が正確なマスター・ディスクをCD作成工場に納品することで,正確なガラス・マスター・ディスクを作成することができ,スタンプされたCDの音質を向上させることができる。


図5●PLEXMASTER PM-2000のフライホイール

トレイとシャーシを黒色に

 製品開発の際,数種類のカラー・トレイを使って書込み,そのときのエラー・レートを測定した。その結果,黒トレイを使って書かれたディスクのエラー・レートが最も低いことが分かった。書込みレーザーがディスクに照射され,その反射レーザーがほかの部分へ乱反射することで,書込み品位を落とすことがある。黒トレイにすることで,この乱反射を吸収するこができる。さらにピックアップ周辺のシャーシも黒にすることで,ピックアップ・レーザーの乱反射を吸収し,高品位なディスクの作成が可能となった。

4点のメイン基板での音質向上施策を実施

(1)正確なクロックをエンコーダーICやピックアップに提供するために水晶発信子(±50ppm)を採用した
(2)オーディオ機器用コンデンサ(ドイツERO社製)を採用した
(3)大容量音響用コンデンサを採用し,セメントで固めたトランスにより,電流による振動を防止した。ディスク書込み時の振動を極力抑える電源回路を採用した
(4)ノイズの少ないクリーンな電流を供給することで,電源のジッターを低減させ,その結果低ジッターなディスクの作成を可能とした

外部からの振動を抑制

 外部からドライブへの振動を抑えるため,真鍮素材のサンドイッチ構造によるリジット化を施し,ケースの中でドライブを浮かせたフローディング構造を採用している。使用するすべてのビスを同じトルクで締めることで,振動バランスを調整している。


図6●PLEXMASTER PM-2000のドライブの実装状況。フローティング構造である

 そして,10mm厚の真鍮ケース構造により,書込み時の外部からの振動の影響を極力低減している。同時に磁性対策を行うことで高音質のディスクの作成を可能にしている。ケース自体は真鍮であるが内部シャーシはステンレス素材とすることで,2つの金属のバランスにより,書込み音質のバランスを取っている。


図7●PLEXMASTER PM-2000の内部

 PCとのインターフェースにはSCSI-2を採用している。読み出し速度は1倍/2倍/4倍/8倍,書き込み速度は1倍/4倍/8倍/20倍である。寸法は,幅430mm×高さ85mm×奥行き360mm。

シナノケンシの試聴室で試聴

 実際に,PM-2000で焼いたCDの音質を試聴した。シナノケンシの試聴室は2700万円もかけた本格的なものである。

 PM-2000と,比較のためNECの「ND-4550」で焼いた,ジャズ,J-POP,クラシックなどのCDを聴いた。使用したCD-Rメディアは,スタート・ラボの「That's CD-R for master CDR-74MY」である。結果は,圧倒的にPM-2000の方が音の鮮度が高く,行方氏の言う「よりマスターに近づいた音」になっているのがはっきりと聴き取れる。普段,音楽をよく聴いているユーザーならだれでもはっきりと違いが分かる。筆者は非常に大きな衝撃と感銘を受けた。

 ちなみに,この試聴室のオーディオ・システムは次の通りだ。

スピーカ レイオーディオ「KINOSHITA MONITER RM-6VC」
プリアンプ レイオーディオ「KINOSHITA-JMF MSP-1」
パワーアンプ レイオーディオ「KINOSHITA-JMF HQS2500UPM」
CDプレーヤ 大幅に改造した「marantz SA-14」
DAC 大幅に改造した「WADIA DIGITAL2000」


図8●シナノケンシの試聴室。スピーカは,レイオーディオのKINOSHITA MONITER RM-6VC

なぜ音がよくなるのか

 同じデジタル・データが書かれた2枚のCDで,音がはっきりと分かるほど違うと言うと,信じられないかもしれない。次なる疑問は,なぜPM-2000でCDを焼くと音がよくなるかということである。

 簡単に言ってしまえば,CDからデータを読み出す際に,エラー訂正をできるだけ行わなくすれば,エラー訂正の動作のための余分な電流が流れず,クリーンな再生ができるからだと説明を受けた。

 ここで,CD-Rにはどのようにデータを書き込み,そして読み出しているかを簡単に説明する。

 CD-Rでは,色素の熱分解により「ピット」と呼ぶ記録マークを形成している。ピットの理想的な形状は図9である。ピットを読み出したときに,2値化信号の変動が少なく(ジッターが低く)読めることや,信号の幅が基準値から離れていないことが理想的である。


図9●理想的なピット形状。上がピットの形,下がそれを読み出したときの2値化信号

 図10から図12は,レーザーの照射とディスクの色素が合っていないためピットが変形してしまう例である。図10は書き込みレーザーの立ち上がりが鈍いため2値化信号の立ち上がりが遅れてしまい,2値化した信号の変動が大きく信号幅も短い。


図10●書き込みレーザーの立ち上がりが鈍い

 図11は書き込みレーザーの立ち上がりが鈍く,次第に反応して太くなってしまう例である。2値化信号にするとタイミングがずれ,変動も大きくなっている。


図11●書き込みレーザーの立ち上がりが鈍く,立下りが太くなる

 図12はピットの中心がずれてしまい,2値化信号の幅が短くなってしまっている。


図12●中心がずれている

 図13はDVD±R/RWドライブ「Plextor PX-760A」でThat'sブランドのメディアに4倍速で書き込んだものを原子間力顕微鏡(AFM)で撮影したCD-Rのピットである。これは密閉されたマーク部の非破壊分析が困難なため,記録ディスクを色素膜と反射膜の界面で剥離した後,色素膜を洗浄除去した基板表面を観察したものである。


図13●原子間力顕微鏡(AFM)で撮影したCD-Rのデータ記録表面。赤いだ円の部分が記録マーク(ピット)。それ以外の黄色い部分は未記録部(ランド)。ランドの間の黒い部分は,プリグルーブというデータ書き込みのための案内溝

 CD-Rの記録再生動作は,レーザの反射率が低下した部分をピット,反射率が高い部分を未記録部(ランド)として,それぞれ「1」と「0」としている。写真では記録マーク周囲にわずかな変形が確認でき,これは色素膜の変質により生じたものと考えられる。

 3次元像ではやや斜めから見た図で,形状が確認できる。この写真だけでは図9から図12のようなマーク形状までは分からないが,中心からのずれ加減など,ある程度は推測できる。

 CD-Rのデータは,誤り訂正のために,単純に1と0が書かれているのではない。ピットもランドも,その長さ3Tから11T(T=230ns,0.9~3.56μm)が等しい確率でランダムに出現するようにEFM(Eight to Fourteen Modulation : 8ビットのデータを14ビットに置き換えている)変調されて記録されている。ピットとランドが連続しないような記録方式である。3Tは,「000」「111」というように表現される。


図14●CD-Rのピット,ランド,プリグルーブの断面形状と寸法

書かれたデータはドライブの差によってどの程度異なるのか

 このように記録されたデータが,CD-Rドライブの差によってどの程度エラー・レートが異なるかを次の一連の図で示す。エラー・レートが低ければ,音質が良くなる。測定は,PM-2000とNEC ND-4550を使用してThat's CD-R for master CDR-74MYに書き込んだCD-Rに対して行ったものである。使用した測定器は「Expert Magnetics CDT-58」である。

 各測定項目の意味は以下の通りである。

Asymm  3Tと11T振幅の中心電圧のずれ量
Beta  ACカップリングしたRF信号における11T振幅の中心電圧の0vからのずれ量
C1  C1 デコーダで訂正された数と,訂正できなかったフレーム数
C2  C2 デコーダで訂正されたフレーム数
CU  C2 デコーダでも訂正できなかったフレーム数
Jitter  ランドおよびピットの長さの標準偏差
Length  ランドおよびピットの長さの基準の長さからの差

 CDのエラー訂正は2段階で行われ,第1段階(C1デコーダ)で訂正された,または訂正できなかったフレーム数がC1エラーとして報告される。ほとんどのランダム・エラーは,この時点で訂正される。

 このC1デコーダで訂正ができなかった場合,第2段階であるC2デコーダで訂正され,その訂正されたフレーム数がC2エラーとして報告される。このC2デコーダでも訂正できなかった場合にはCU(Uncorrectable Error)となる。

 エラーが発生する主な原因として,キズなどディスクの品質,書込みドライブの記録性能または読み出しドライブのリード性能が低いことなどが考えられる。


図15●PM-2000のエラー・レート測定結果
[画像のクリックで拡大表示]

図16●NEC ND-4550の測定結果
[画像のクリックで拡大表示]


図17●PM-2000のC1エラー
[画像のクリックで拡大表示]

図18●NEC ND-4550のC1エラー
[画像のクリックで拡大表示]


図19●PM-2000のエラー発生マップ。C1エラーだけが発生し,全体の量も少ない
[画像のクリックで拡大表示]

図20●NEC ND-4550のエラー発生マップ。発生したのはC1エラーだけだが,その量が多いことが分かる
[画像のクリックで拡大表示]

 これらの2つCD-Rを試聴すると,エラーが少ないPM-2000の音質が優れていることがはっきりと分かった。

廉価版の高音質CD-Rドライブもある

 PM-2000は,確かに音質はすばらしいが,だれでも購入できるものではない。そこで,「PlexWriter Premium2」という,1万8000円から2万円程度のCD-R/RWドライブが発売されている。PM-2000とは全く異なるドライブを使用してはいるが,現在購入できる最も高音質なCD-R/RWドライブである。

 Premium2は,高品質書き込みと長期利用を実現する機械設計がなされている。

 Premium2で焼いたCD-Rの音質は,PM-2000よりは劣るが,低価格のDVD-Rドライブで焼いたものよりもはっきりと違いが分かるほどに向上する。このドライブはPC内蔵タイプであるが,CPUやマザーボードのノイズの影響を避けるために,IDEと電源ケーブルをPCケースの外側に引き出すと,良い結果が得られる。

 さらに,IDEをIEEE 1394やUSBなどのインターフェースに変換し,完全な外付けドライブに改造すると,さらによい結果が得られるという報告もある。その場合,市販の5インチ・ベイの外付け用ケースを使用する。ただし,電源は,ケースに付属しているスイッチング電源ではなく,よりクリーンな電流を供給できるリニア安定化電源を使用した方がよい。電源から供給する電流に載るノイズの影響を少なくするためだ。自作できない場合は,2万円から3万円程度の中古の測定器用電源が流用できる。

 Premium2は,1.8倍速(2倍速の0.9倍)の高音質書き込みが可能だ。ヤマハの高品質書き込み機能「AudioMASTER」をPremium2に付属の書き込みソフトウエア「PlexTools Professional」に採用している。この機能により,CD-Rディスクの記録エリアを贅沢に使用して,ピットやランドを長く取り,再生時に音質を低下させる原因となるジッターを最小限に抑えることができる。