■商談や会議・ミーティングにおける上手な会話の仕切り方について解説する「会話を仕切る編」の第7回。商談や打ち合わせなど対話によって物事を決める場合、目の前の相手より“見えない相手”と対話することの方が重要な場合があります。いったい、どういうことなのでしょうか。

(吉岡 英幸=ナレッジサイン代表取締役)


 システムの仕様に関する打ち合わせで、お客様の担当者にデモ画面を見せながらインターフェース仕様を決める。その担当者と仕様について合意ができ、いざ開発に着手という段階になって、「ちょっと待って。やっぱりこういう仕様にして」と合意事項が覆されることがよくある。

 重大な仕様変更などとは言わないまでも、日常の打ち合わせで合意された事項が後から細かく変更されることは多い。それはなぜ起こるのか。

 担当者自身の心変わりもあるかも知れないし、会社の事情が変わることもある。しかし最もショックなのは、実際には担当者は何の決定権も影響力も持っておらず、細かく取り決めたことが本当の決定権者である現場や上司の一言でひっくり返されることだ。 「あんなに一生懸命打ち合わせしたことは何だったの?」という虚脱感に襲われる。

 私は前職で広告というものを扱っていたが、担当者としっかり詳細をつめた広告原稿を経営トップの「なんとなくイメージと違う」の一言で覆されることがしばしばあった。 「それなら担当者と細かく打ち合わせすることなんて意味ないな」とも思うが、相手もサラリーマン。何もしないで決定権者に丸投げすると、仕事をしていないと思われてしまう。なんとか自分の意思は主張しようとする。

 このように、目の前にいる担当者と対話しながらも、実際には見えない相手と合意形成しないといけない場合、どうすればよいのか。

自分+担当者VS決定権者との対話

 まずは、本当に合意形成すべき見えない相手が誰なのか、そしてどんな判断基準を持っているのかを把握することだ。担当者といくら意見が合っても、それが本当の決定権者と大きく考え方の異なるものだったら意味がない。

 できることなら担当者に聞くのが一番いい。「あなたじゃなくて、本当に決めるのは誰ですか?」と聞くようではばかられるかもしれないが、相手の仕事をラクにしてあげるというスタンスで考えよう。

 担当者も後から自分で決定権者にお伺いをたてなければいけないのだ。ここは、「自分と担当者のタッグ」VS「目の前にはいない決定権者」との対話だと思うことにしよう。私は営業パーソン時代、顧客企業の意思決定マップというのをつくって、それをもとに誰にどのように意思決定させるか、顧客担当者と一緒に戦略を考えていた。

担当者の本気度が、見えない相手との対話を左右する

 見えない相手と対話する際、目の前の担当者の「やりたいこと」の本気度を冷静に判断することが必要だ。

 1. とてもこだわりがあり、決定権者をなんとか説得しようと考えている
 2. さしてこだわりがなく、どっちでもいい
 3. 決定権者を真剣に説得する気もないのに、こだわりだけは強い

 1の場合は、担当者の意思を尊重し、その意思が反映されるよう担当者の味方として力を貸してあげることだ。決定権者を説得するために何が必要か聞きだし、説得の材料を積極的に提供してあげるのだ。

 説得するための客観的な意見もいいだろう。当事者だからと言って、いかに上司を説得するか心得ているとは限らない。上司をうまく説得できない不器用な人というのはいるものだ。

 2の場合は、ひたすら見えない決定権者を意識して、決定権者が望むであろう方向に担当者を誘導するようにしたい。担当者の気まぐれな意見に付き合うのは禁物だ。

 もっとも始末に困るのは3の場合だ。自分では決められないクセにこだわりだけはある。いくら担当者とじっくり議論を重ねても決定権者に必ず差し戻しをされると分かっていれば、ムダな議論にエネルギーを使ってはいけない。儀式と割り切って最小限のエネルギーで担当者との議論にお付き合いするしかない。

 このようにビジネスにおける対話では、「合意形成」とは必ずしも目の前の相手との合意とは限らない。目の前の相手と対話しながら、見えない相手と合意のための対話をしていくことも重要なのだ。


著者プロフィール
1986年、神戸大学経営学部卒業。株式会社リクルートを経て2003年ナレッジサイン設立。プロの仕切り屋(ファシリテーター)として、議論をしながらナレッジを共有する独自の手法、ナレッジワークショップを開発。IT業界を中心に、この手法を活用した販促セミナーの企画・運営やコミュニケーションスキルの研修などを提供している。著書に「会議でヒーローになれる人、バカに見られる人」(技術評論社刊)、「人見知りは案外うまくいく」(技術評論社刊)。ITコーディネータ。