ガートナー ジャパン リサーチ部門主席アナリスト 足立 祐子 氏 足立 祐子 氏

ガートナー ジャパン リサーチ部門主席アナリスト
グローバルソーシング,ネットワークインテグレーション,ITインフラを中心にITサービスの動向を分析・提言。国内格付け会社,メーカー財務企画室を経て現職

 ソフトウエア開発におけるインドの注目度が高まっている。メディアでは連日,ITベンダーのインド拠点拡充の話題が伝えられている。日本企業もいよいよインドに本腰を据えてかかる時期に来た。

 しかし少し待ってほしい。インドでのソフト開発は,組み込みソフト以外では,これまで散々痛い目に遭ってきたはず。今回は本当にうまくいくのだろうか。厳しい見方だが,筆者は,インドでのオフショアが北米ベンダーの二番煎じに終始するなら,失敗するリスクが高いと考えている。

 盲点は,コストの高さと日本企業の人気のなさだ。インドの地価やオフィス単価はここ半年で2倍に跳ね上がった。電気料金もタイのバンコクやマレーシアのクアラルンプールに比べて2倍近い。上級技術者の賃金は欧米と同水準,中級以下でも毎年2割程度上昇している。米アップルコンピュータはバンガロールのセンターを閉鎖したが,背景には予想以上のコスト上昇があった。

 しかも日本企業には,トップクラスの技術者が集まりにくい。一線級の技術者は欧米向けプロジェクトにアサインされる。「日本プロジェクトはコストが高く,採算性が低い。ゆえに欧米向けにリソースを充てる」。大手インド系企業の間では暗黙知である。

 たとえ現地に拠点を築いても,この傾向は変わらないだろう。日本企業の認知度が低すぎるのだ。日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査によると,2006年6月現在,インドに進出している日系企業276社のうちIT関連は5社。米国は100社を超える。インドに居住する米国人は20万人以上。日本人は3000人に届かない。

 実際,バンガロールの中堅企業100社に尋ねたところ,日本市場に明確な関心を示したのは5社にも満たなかった。こうした状況で優秀な技術者を集めたいと望むのは,無理というものだろう。

 では,どうすればよいのか。長期戦になるが,人を集めるのではなく,人を育てる方法が有効だ。チャンスは少なからずある。例えば「ナノ・シティ」。Hotmailの創立者として有名なサビア・バティア氏が率いるプロジェクトで,ハリヤナ州に高度なインフラを備えたR&D都市を作るという計画だ。

 企業誘致のほか,幼稚園から大学院まで世界最高水準の教育を提供し,頭脳の結集を図る。壮大な構想だが,州政府の支援を受けプロジェクトが始動した。既に米国企業・教育機関は熱い視線を送っている。しかし日本からはゼロ。日本企業としても,早期に参画し将来に向け橋頭堡を築くことが重要である。出遅れると,影の薄い存在のまま終わってしまう。

 NRI(Non-Residential Indians),いわゆる印僑とのネットワーク強化という手もある。米国のIT産業の発展を支えたのは米国に住むNRIだった。日本はNRIとの関係が薄かったが,ここへきてNRIの世界的なネットワーク組織であるTiE(The Indus Entrepreneurs)の日本支部設立構想も浮上している。TiEと密に連携できれば,優秀な技術者の獲得も少しは容易になるだろう。

 米国企業も最初から成功していたわけではない。長期の投資と努力によって,インドパワーを活用できるようになった。日本企業も“天竺”へ行けば救われるという甘い考えを捨て,地盤作りから取り掛かるべきである。