ダメシステム甦生に関わる人々として,前回と今回はトップと経営者を取り上げている。

 前回は現場にはトップや経営陣に対する不満が渦巻いており,トップや経営陣も本当の意味でITを理解している場合が少ないのが実態であることを,調査結果と実例で示した。

 システムのレイムダック化(弱体化)を防ぎ,ダメシステムを甦生させるには,トップや経営者のITに対する正しい理解と適切な関与が求められる。今回はそのあたりを検討したいが,その検討を具体的に展開するために,トップや経営者のITに対する関与について,前回の不適切な関与の実例に続いて,今回は適切な関与の実例を挙げながら検討を進めよう。

 トップのITに対する適切な関与として,前回に続いて,日経コンピュータの記事を引用させてもらう(日経コンピュータ2005年6月13日号特集1「IT Dosen't Matterは本当か?」のPart3「システムで会社に活力を!」)。

 1990年代,大塚商会では有利子負債が約900億円に達し,利益の大半を利払いに費やしていた。営業担当者は雑務に追われ,自分の担当商品以外に関心がなかった。大塚社長は会社のビジョンを考え抜いた結果,「ウソのない公明正大な会社にする」,「営業担当者は雑務などせず,本業に専念する」,「経営陣やマネージャが次の一手を考えられるよう,財務や業務の進捗状況をリアルタイムに把握する」とした。社長は「頑張れと社員にハッパをかけるだけではダメ。仕事の仕組みを見直さないとわが社の将来はない」と考えて,プロジェクトチームを設置。業務を見直し,システムを再構築した。

 その8年後の2000年,同社は東証に上場。有利子負債を約330億円まで減らし,経常利益も75億円まで回復した。その後も,営業情報を共有,人事評価制度を見直し,ソリューション販売で売り上げ・業績を伸ばした。

システムが定着するか否かはトップの姿勢にかかる

 もう1つ。今度は筆者の知る,トップ主導で社内の反対勢力を押さえ込んだ事例を紹介しよう。

 中堅情報機器メーカーC社は,新任CIO(最高情報責任者)をリーダーとしてインターネットを利用するSFA(セールス・フォース・オートメーション)を導入しようとした。このとき前任CIOの取締役経理部長は,インターネットをベースとしたシステムは社内情報の漏洩につながるとして猛反対した。

 しかし,トップがSFA導入を認めたことから,前任CIOは公然とは反対できなくなった。その代わり経理部長の立場を利用して,陰でSFA導入の足を引っ張った。前任CIOの経理部長は自尊心が高く,陰険な性格の持ち主だったのだ。そのような特殊事情もあり,システム導入プロジェクトは,あらゆる場面で経理部長との軋轢(あつれき)で悩んだ。稼働開始時期は遅れ,予算の制約からシステム機能を部分的に削らざるを得なかった。システムは当然,有効利用されなくなった。

 トップは地方営業に出張した際,稼働後のシステムが営業現場から敬遠されていることを察知した。そこで,レイムダック化を避けるため,営業現場の本音意見の再聴取,削除された機能の復活などを指示。追加予算を急きょ認め,システムの再構築を命じた。

 システムが有効に定着するか否かは,ひとえにトップや経営者の姿勢にかかる。システムで会社に活力を与えることができた企業は,トップ・経営者がリーダーシップを発揮し,長期的視点で取り組み,目標が未達成でもあきらめず,成果を得るまで粘り強く改善を続ける。

 システムを有効に定着化させるために,何故トップや経営者の適切な関与が必要か。それは,IT導入には経営改革が必要だからである。

 さらに具体的には,IT導入成功の条件を見ると明らかである。

  1. 適正な導入目標の設定
  2. 優秀なプロジェクト人材の確保
  3. 社内意識の改革
  4. 現場(ユーザー)の協力
  5. 業務改革など

 これらは,トップや経営者の率先なくしては実現できない。成功条件の形式的消化で失敗した企業が,いかに多いことか。

 こう見てくると,CEO(最高経営責任者)にCIOの素質が要求されることが分かってくる。あるいは,トップはITに対して適切な理解を深めるために学ばなければならない。CIOを便宜的に任命することをせず,真に能力ある役員を任命し,権限を委譲しなければならない。

 先に引用した大塚商会の社長は,トップのあるべき姿を示している一つの例であろう。システムのレイムダック化を防ぐ,あるいはダメシステムを甦生させるには,まずトップの考え方が問われることを示している。自社の問題を明確に把握し,自社の目指す方向を示すと共に目的を明示し,業務改革を断行する。その手段としてITがあると認識する。

 トップが考え方をしっかり持てば,システムがレイムダック化しつつあること,あるいはレイムダック化していることを,トップ自らが気づくはずである。気づく機会が社内にはゴロゴロしているが,考えが足りないトップの目には見えない。

状況によってはシステム凍結や再構築の決断も

 ダメシステムに気づいたトップは,じっとしていられないだろう。トップでなければできない手を打たなければならない。上記2社が好例である。

 トップはまず,あくまでもダメシステムを「動かす」という前提で考え,行動しなければならない。大塚商会・C社のトップの執念は,参考になる。そして,ダメシステム甦生の「方法論」を示す必要がある。大塚商会/C社のトップは,「仕事の仕組みの見直し」,「現場の本音意見の再聴取」,「システムの補充」など,適切な方法論を示した。

 ただ関係者を叱責したり,ハッパをかけたり,頑張れと気合を入れるだけでは無意味である。トップはCIOなど分身となるスタッフに相談しながらでも,ダメシステムから脱出する方法論を示さなければならない。そのとき,上記のIT導入成功の条件が基本となる。そして,それを逐一フォローアップしなければならない。

 さらにトップに求められる重要なことは,「決断」である。それは,方法論を実行するための条件整備の意味も持つ。C社社長の追加予算承認の即決は,好例である。ダメシステムを甦生させるためには,例えば,コンサルタントの投入,CIOの更迭,あるいは組織の抜本的変更,必要な組織の新設,資金の投入などなど,トップとして決断しなければならない。もちろん,状況によってはシステムの凍結や出直しによる再構築という,止むに止まれぬ決断も求められる。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp