ダメシステム甦生に関わる人々として,前回までユーザー部門,システム部門の人々,そしてCIO(最高情報責任者)を取り上げてきた。今回はいよいよトップ・経営陣を取り上げよう。

 以前このシリーズで,ダメシステムを甦生させるためにいかにトップを目覚めさせるかを,システム部門とCIOの立場から考察したことがある。今回は,ダメシステムを甦生させるためにトップの起こすべき行動について考察する。

トップの無理解が現場を悩ます

 システムが有効に稼働するためには,トップの適切な関与は絶対に欠かせない。それは,IT導入成功の条件として常識である。

しかし,現場にはトップや経営陣に対する,以下のような不満が渦巻く。

  1. システムは魔法でないのに,過剰な期待をかける。
  2. 費用や時間は削られる一方だ。
  3. 経営者の意向はコロコロ変わる。
  4. 要件が絞れないまま納期厳守のみ言明される。
  5. 社長の方針が幹部に徹底せず,根回しなどの社内政治にばかり時間がかかる。
  6. 経営層のメリットのみ追及し,現場が犠牲になっている。
  7. 役員間で話が合わず,方針に継続性がない(関連記事)。

 トップや経営陣のITに対する無理解,方針の不徹底,独断専行が現場を悩ましている。これらは,筆者が日頃経験していることと完全に一致する。このことは,システムを間違いなくレイムダック化(弱体化)させる。

 しかし一方で,現場の側にも問題はある。トップや経営陣の無理解を陰で嘆きながら,現場自ら積極的にトップに説明したり,説得したりする努力を欠いているという実態もある。ただこの点は本論から外れるので,ここでは指摘するに止める。

 ところでトップ・経営陣の問題は,上場企業及び主な未上場企業に対する経営者の意識調査にも表れている(日経コンピュータ2005年6月13日号特集1「IT Dosen't Matterは本当か?」のPart2「独自調査:経営者の情報化意識」)。

 トップ・経営者のITを重要視する意識,ITに戦略的価値があるという認識,あるいはITに対する関心という点で,いささか疑問を持たざるを得ない実態が調査結果から見えてくる。

 この調査の「経営戦略を遂行する上で,情報システムをどのように位置づけているか」という質問に対しては,「重要視していない」「わからない」と答えた経営者は,従業員1万人以上の企業では約4%,1~3千人で約26%,300人未満では約37%となっている。つまり,小規模な企業ほどITを重要視しない経営者が多くなる。

 「情報システムがどの程度役に立っているか」という質問に対する回答では,「業務の効率化」が最も多く約58%。戦略的テーマである「顧客サービスの向上」が約31%,「新しい製品/サービスの企画・開発力の強化」が約13%と総じて低い結果が出ている。

 さらにITに対する関心を問うと,「とても関心がある」が約37%,「まあまあ関心がある」が約55%,「関心がない」「どちらでもない」が約8%となっている。この結果は疑ってかかる必要がありそうだ。こういう類の質問に対して,トップや経営者は「関心がない」とは対面上なかなか答えない。「まあまあ関心がある」がどこまでの関心か,非常に疑問である。

効率一点張りではシステムの正しい運用を妨げる

 これほど世の中でITが話題になり,ITに関する多くの情報に触れることができる環境の中にいると,トップや経営者は多少ITを語ることができるようになっている。従ってトップや経営者は,「ITを知らない」とか「関心がない」と言うことを,恥ずかしくて言えない状況にある。大前研一も「私はあまりシステムには詳しくない…,などと公言する経営トップは,即座に辞めるべきだ」と言い切る(上記「日経コンピュータ」より)。

 しかし筆者の経験から,「即座に辞めるべき」トップが少なくないのが実態と見る。特に中小企業に多く見られる。こういうトップ・経営陣のもとでは,導入したITがレイムダック化してしまう可能性が極めて大きくなる。そこでトップ・経営陣はどのように考え,どのように行動すれば良いのか。それを見出すには,日頃のトップ・経営陣の実態にもう少し迫っておく必要がある。

 中堅スーパーマーケットのA社トップは,POS(販売時点情報管理)システムを導入するに当たって,トップ主導だと自負していた。だが,システムの内容よりもシステム完成の期限に最大の関心があり,あらゆる場面で期限のチェックを最優先した。トップの意思を受けて,経営陣や幹部もシステム導入スケジュールを守ることに最も関心を持ち,その結果を担当者の昇給・賞与の査定に反映した。当然のことながら関係者の間では期限優先となり,システム内容の吟味がおろそかになった。これでは,有効なシステムは期待できない。

 小規模機械メーカーB社のトップはITについて一家言を持っており,語り始めると止まるところを知らない。しかし,かたくなにITを業務効率化・合理化の手段と捉えているので,戦略的発想ができない。例えば,「ホームページの設置は自己満足だけで得るところがない」,「情報共有化は省力化にはならない」,いわんや「新規ビジネスの創出にITは何ら役に立たない」という持論をなかなか曲げようとしない。彼は,ホームページやERP(統合業務パッケージ)を多額の投資を費やして導入したが,効果が出ない例を見聞している。そのせいもあり,一概に彼の考え方を非難はできない。しかし,彼のことを「ITをよく知っているトップ」とは言い切れないし,彼自身やB社のレベルアップは望めない。効率一点張りの姿勢は,システムの正しい運用を妨げるだろう。

 ITについて「本当の意味」で「知っている」,「関心がある」経営者は少ない。トップ・経営者が本当の意味でITを理解していなければ,導入されたシステムのレイムダック化は避けられないし,それを甦生させることも難しい。

 今回はトップ・経営者の否定的な面の実例ばかりを示したが,実際には肯定的な例も少なくない。次回は肯定的な面の例を取り上げながら,ITに対するトップ・経営者の正しい関与の仕方,いったんレイムダック化したシステムの甦生に対するトップ・経営者の関わり方を検討する。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp