前回は,画面デザイン,ユーザー・インターフェースによる保護に関して,著作権でどのように保護されるのかを,判例の結論を中心に検討を加えました。

 その結論は,著作権による保護はデッドコピーないしそれに準ずるようなものに限られており,著作権による保護には限界があるということでした。ユーザー・インターフェースに限らないのですが,コンピュータ・プログラムやソフトウエアを著作権で保護することには限界がある,ということが徐々に認識されるようになり,その後,特許権による保護が模索されるようになってきました。

 著作権と特許権による保護対象の違いは,著作権が「表現」を保護するものであるのに対して,特許権が「発明」という自然法則を利用したアイデア(技術思想)を保護することです。

 プログラム,ソフトウエアといったものが「自然法則」を利用したものといえるのか,若干疑問に思われる方がいるかもしれません。しかし,プログラムは「コンピュータ」という自然法則を利用した機器で動くものです。このことから,プログラムも「自然法則」を利用したアイデアとなりうるもの,と理解されています。

 特許の保護という場合は,アイデアの保護ということが前面に出ます。従って,視覚を中心とする画面デザインと言うよりは,機能を中心とするユーザー・インターフェースの保護,といった方がぴったりと来るかもしれません。

出願時の公知情報で新規性・進歩性を判断

 ユーザー・インターフェースと特許に関する主な訴訟としては,カシオとソーテックの間でなされた「マルチウィンドウ表示制御装置」にかかわる判決(東京地裁平成平成15年4月16日判決)や松下電器とジャストシステムで争われたヘルプアイコンに関する特許に関わる判決(知財高裁平成17年9月30日)があります。

 カシオが取得した,マルチウィンドウ表示制御装置にかかわる特許(注1)というのは,「パソコンなどにおいて,複数のウインドウを開いている場合に,ウインドウを少しずつ一定間隔でずらすことで,個々のウインドウのタイトル表示領域が識別できるように制御する」という仕組みの特許です(どのような内容かについては,判決の添付資料1,19頁以下参照)。マイクロソフトのWindowsでも,タスクバーを右クリックして「重ねて表示」を選択すると同じような表示になります。

 カシオは,Windowsをインストールしたパソコンを販売していたソーテックを相手方として,訴訟を起こしたのです。

 この裁判では,マルチウィンドウ表示制御装置の出願前の公知文献(一般に知りうる状態になっている文献)として,Macintosh向けの「FULLPAINT」というソフトのマニュアルと,Macintosh Revealedという書籍が証拠として提出されました。裁判所は,この公知文献を前提に,カシオが出願した発明は当業者が容易に想到できる(思いつくことができる),すなわち進歩性がないと判断。特許権者であるカシオ計算機が敗訴しました。

 一方,ヘルプアイコン特許(注2)は,「ヘルプモードのアイコンをマウスでクリックしてから特定の機能を実行するためのアイコンをクリックすると,その機能についてのヘルプメッセージが表示される」という機能についての特許です(どのような内容かについては,添付資料1参照)。この特許を保有している松下電器が,同機能を使用したワープロ・ソフトの一太郎を販売していたジャストシステムを訴えました。

 この訴訟は,第1審の東京地裁では松下電器側勝訴の判決となり,一太郎の販売差し止めということで大きな話題となりました。しかし,控訴審である知財高裁では,ジャストシステム勝訴判決となりました。

 この訴訟においても,控訴審でジャストシステム側が「HPニューウェーブ環境ヘルプ・ファシリティ」というヘルプアイコン特許出願前の公知文献を提出しました。知財高裁は「松下電器が出願した発明はこの公知文献を前提にすると容易に想到できるものであり,進歩性がない」と判断したのです。

 結果的に,いずれも特許権者側が敗訴しています。しかし,ユーザー・インターフェースが特許にならないと言っているわけではありません。特許として認められるための要件(注3)の一つである「進歩性」という要件を満たさないので,特許として無効であるという判断が下されているだけなのです。その意味では,ユーザー・インターフェースを特許で保護する方法は,一定の意義があるものと言えるでしょう。ただし,上記の2判例を見ていただいても分かるかと思いますが,新規性,進歩性の要件の関係でありふれたユーザー・インターフェースについては,特許で保護されるわけではありません。

 一太郎判決のときも,ヘルプアイコンのようなありふれたものを特許で保護することがよいのか,という議論がありました。特許の新規性・進歩性は,今現在の情報を前提とするのではなく,あくまでも特許出願時の公知情報をもとに判断されます。その点は注意が必要ですが,それでも上記の2判例の特許は進歩性が無いという判断に至っています。「ありふれたものまで特許で保護されるおそれがある」という問題は,進歩性を適切に判断することにより解消できる問題ではないかと思います。

(注1)特許第2134277号,出願日は昭和61年2月15日
(注2)特許第2803236号,出願日は平成元年10月31日
(注3)特許として認められるためには,特許上の「発明」であるという要件以外に,新規性・進歩性の要件等が必要とされています


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。